後編 濁流に流され何とか這い上がり、堰を切ったのだろう忍と小競り合いをしながら、何とかこの小屋にたどり着いたのは数刻前。 ったく、オレだけ狙ってくれてるのはいいけどさ……みんなにいらねー心配させちまうじゃねェか。 サクラちゃん泣いてねェかな、サイなんて責任感じてんじゃねェか?カカシ先生は大丈夫かな……すぐ無理するからな、あの先生。 ヒナタ……待ってるかな……日記、どんだけ書いてないっけ? オレにつき合わせてんのにさ……アイツ、いま何してる? 部屋に突然訪問した時、風呂上りのアイツの姿にえらくビックリしてドキドキしたけど、柔らかく微笑む姿に嬉しくなったんだっけ。 すぐ帰るからな。 そしたら、食器まず買いに行こうぜ。 いや、その前に、まずはお前の声が聞きてーかな。 服はボロボロだけれども、傷口は綺麗に塞がった。 数は減らしたはずだし、もしかしたらさっきのヤツが最後の1人だったかもしれない。 冷えた体は熱を求めてはいるけれど、こんな小さな小屋がこの辺りには点在しているみてーで、全部当たってても時間はそれなりにかかるだろう。 それに、オレってば、ちゃんと気配消してんだから、そうそうバレやしねーさ。 そう思っていた瞬間、誰かの気配を感じた。 巧く消し去っている気配……一瞬だけ乱れたから感じ取れた程度。 へー……さっきの奴らよりやるじゃねーか 意識を研ぎ澄ませ、相手が扉に手をかけるのがわかる……そして、入ってきた月明かりと共に相手の姿が見える前に背後に回りこみ、首筋にクナイを押し当てた。 その瞬間、ふわりと覚えのある甘い香りがして手が震え、呆然と相手を見てしまう。 「え……」 蒼紫色の髪が月の光りを受けて煌き、思わず息を呑み……そして、知らず知らずの内にクナイをはずして思い切り抱きしめる。 「ひゃっ……あ、あの……ナルト……くん?だ、よね?」 会いたい、そう思った相手がそこにいた。 「ヒナ……タ……」 ぎゅぅっと抱きしめ、その熱と匂いにクラクラしながらも離す事が出来なくて、先ほどクナイをあてていた首筋に顔を寄せる。 「よかった……無事で……よか……った……」 震えるヒナタの声に、オレは万感の思いを籠めて抱きしめ、そして熱い吐息を吐き出す。 「ヒナタ……すまねェ……痛かったろ……」 首筋は少し切れ、血が滲んでいて、オレは知らず知らずのうちに舌を這わせ血を舐めとる。 「んっ」 鼻にかかったヒナタの声を聞きながら、流れ出る血が申し訳なくて、自分が傷つけてしまったことが許せなくて、オレは丁寧に舐めとっていく。 「っ……ナルトくんっ……い、いいから……その……気にしなくて……ぁっ」 クナイについた汚れが彼女の中へ入らないように、ちゅぅっと吸い上げると、小さく漏れた艶のある声……。 オレはハッとして目を瞬かせ、自分がしでかした事に気づき、口元を手で覆った。 な、なにやってんだっ!? 傷口のことしか考えてなかったけど、コレ……ま、拙くねーか!? 妙にドキドキしてヒナタの反応をうかがえば、彼女は小さく吐息をついて、体に回しているオレの手に手を重ねてくれた。 「あ、あの……ご、ごめんね……驚かせちゃって……あ、あと……傷は気にしないで」 「あー……ああ、で、でも……オレ……い、いま……」 「うん、ナルトくんの状態が普通じゃないのもわかっているもの……き、気にして……ないよ?」 「す……すまねェ……」 「な、ナルトくん……あの……顔……見せて」 「お、おう」 ヒナタの体に回した腕の力を緩めると、彼女はオレの腕の中でするりと反転し、オレを涙で濡れた目で見上げてきた。 その瞳に、息が止まりそうになる。 濁流に飲まれる瞬間、思い出したヒナタの微笑。 その微笑とは違うが、オレの胸を熱く焦がす。 心配してくれたんだ……オレを探しにきてくれたんだ……助けるために……。 そう思うと、自然にヒナタを腕に閉じ込める。 ヒナタも抗う事無く、オレの腕の中に納まり、背に腕を回してくれた。 「ヒナタ……」 切ない声色のオレの声に応えるように、ヒナタのオレの背の上着を握り締める手に力が篭る。 「ありがとな」 「ううん……無事で良かった……信じていたけど怖かった……怖かったの……ナルトくんがいなくなったらって考えるのは、とても怖かったの」 腕の中で震えるヒナタを感じながら、オレは熱い息を吐き、そしてその肢体を思い切り抱きしめる。 言葉にならない疼きと熱が胸を締め付け、互いに言葉にならないものを抱え、視線を合わせた。 「帰ったらさ……一緒に食器見に行こうぜ。ヒナタの使うやつさ……」 「うん……一緒に行こうね」 おでこをコツンとぶつけ、二人して笑い合いながらそう約束する。 「あー……オレ、体濡れてるのに、お前まで冷えちまったな」 「ううん……いいの、心はいっぱいあたたかくなったから」 「……オレも」 お互いに笑いながら、互いの熱を感じ、安堵した。 やっぱさ……ヒナタがいると、オレってすっげー嬉しいって感じるんだな。 名残惜しさを感じながらも、外にある気配に神経を集中させる。 どうやら、まだ残党がいたみてーだな。 「ヒナタ……」 「うん」 離す前に、思い切り抱きしめてから、名残惜しさを感じるくらいゆるやかに離す。 思い切り抱きしめた時に聞こえた、甘いヒナタの吐息に、ドキリとしたけど……まぁ、色々今回邪魔したり迷惑かけてくれたりした奴らの相手しなきゃなんねーからな。 ヒナタ泣かす要因作ってくれたんだ、しっかりお礼してやるよ。 テメーら、覚悟しやがれ! オレとヒナタは外の敵の気配向かって、素早く飛び出すと、得意の構えをとり睨み付けるのだった。 敵を蹴散らし、ヤマト隊長との合流地点へ向かって、ボロボロのオレを見た三人は、苦笑をしつつも安堵したような顔をしてくれ、やっぱ仲間っていいよなぁって思いつつ、カカシ先生たちのところへ戻ると……何でかサクラちゃんにしこたま殴られた。 いや、そっちのほうが痛いし! ボロッボロになったオレを、心優しいヒナタが心配してくれたけどさ……やっぱ、お前が一番オレに優しいよ、ホント。 カカシ先生も、サイも気にしているようだったけど、元気なオレの姿を見たら、安心してくれたみたいだった。 カカシ先生は、ヒナタがオレを見つけたと聞いて、「やっぱりな」と嬉しそうに笑い、ヒナタの頭を優しく撫でる。 そんな姿に、ちょっとムッとする……何でだ? ふわりと笑うヒナタが嬉しそうで、別にいいかって思っていたら、オレの額宛を懐から出してきて、渡してくれた。 大事そうに仕舞いこんでいたことが嬉しくて、笑顔で受け取ると、彼女は少し照れたように笑ってくれて、やっぱり心にぽぅっと明かりが灯ったような心持になる。 やっぱ、ヒナタって、オレにとって不思議な存在だ。 救援活動の阻止をしていた忍は、オレとヒナタが片付けた……奴らは雇い主のカジキグループっていう大きな商人グループの社長に雇われた、はぐれの忍だったみてーだ。 それと、シノが面白いことを発見してきてくれていた。 どうやら、この土地の地下に、大量の石炭が眠っているらしい。 もしかしたら、ソレを狙っていたのかも……という話。 そしたら、カカシ先生とヤマト隊長に心当たりがあったみたいで、オレたちには告げなかったけど、綱手のばあちゃんに報告しなくちゃなと呟いていた。 これ以上はオレたちの手に余るという事で、ここの土地の人たちに迷惑をかける連中はいなくなったのを確認した後、木ノ葉に向けて出発した。 災害救助って話しだったけど、人為的災害だったこともわかったし、それだけで十分だろう。 木ノ葉に戻り、報告を済ませたオレたちは、揃って一楽でラーメンを食べ解散、その後オレはヒナタから日記を受け取った。 久しぶりのそれに、思わず顔が綻ぶ。 ヒナタが何を書いているのか気になって仕方が無かったし、渡したあとのヒナタの頬の染め具合から、期待は高まるってな。 風呂に入り、ひと息ついてから、交換日記を開く。 オレが突然訪問したときからの日記が綴られ…… 「……やべー……オレすっげー会いたくなっちまった」 日記を読んでいて、オレは言いようのない熱を心に感じ、居ても立ってもいられなくなる。 日記に走り書きをして、それを届ける名目でも何でも良い、会う口実を作って走り出す。 今日も突然訪問になるけどさ、許してくれよな。 会いたいんだって……どうしようもなく! こんな日記読んだら、そう思っちまうだろっ ばっかヒナタ……すっげー切ねェじゃねーかよ。 明日の休みは、一緒に過ごそう。 約束の食器買いに行こうぜ。 んで、一日のんびりと二人で過ごすのもいい。 「ヒナタ、待ってろよ!」 自然と緩む口元を必死に隠しながら、ただ嬉しくって、日記を掴み里の中をひた走る。 いまはただ、あの柔らかな笑顔が見たかった。 キミがくれるぬくもりは いつもオレを癒してくれる それを未だ キミは知らない |