前編 黙々と木々を渡り、逸る気持ちを抑え、私は唇を噛みしめ走る。 緊急召集の内容は、濁流に呑まれたナルトくんの捜索。 氷雪の国と霜月の国の間にある寒い気候の小国である、渓流の国。 その国の災害救助が、今回の七班の任務。 堰き止められていたはずの水が、何かの拍子に堰を切り溢れ出し、人々を多重影分身で全て助け出し、救助活動に当たっていたサイくんとサクラちゃんを助けるために身代わりになるように流されたと報告されているのだけど…… ナルトくんらしい…… 「ヒナタ、あまり思いつめるなよ」 キバくんの言葉に、私は頷くと前だけを見据える。 今すべき事は、ナルトくんの探索。 その前に、七班と合流しなくてはならない。 ヤマト隊長も、無言で先を急いでいる。 きっと、みんな同じ……ナルトくんが心配なんだと思う。 心臓は物凄く早鐘を打っているし、平常心ではないかもしれないけれど……でも、やるべきことはちゃんと理解できている。 私だって、木ノ葉の忍なのだから、やるべきことはちゃんとやれるよ。 だから、シノくんもキバくんもそんなに心配しないで? だって、ナルトくんは、強い人だもの。 これくらいで死なない。 それに……約束しているのだもの。 いっぱいいっぱい、私と約束しているの。 だから、絶対に死んだりしない。 最後まで、私だけでも彼の生存を信じようと、心に固く誓った。 七班と合流したとき、その様子に私は言葉を失った。 泣きはらした目で、憔悴しきったサクラちゃん。 普段表情らしいものを見せるのが不得意なサイくんが、悔しそうな顔をしていて……。 カカシ先生に至っては、写輪眼の使いすぎで倒れそうになっていた。 きっと、三人で必死に探したんだと思う。 「カカシ先輩、ここからは八班が受け持ちます」 「すまない……必死に探したんだが……」 「ヒナタ……ごめんね……ごめんねっ」 泣き出したサクラちゃんを私は抱きしめて微笑む。 「大丈夫。ナルトくんはこれくらいじゃ死なないよ」 「っ……だって……っ」 声を詰まらせて泣いているサクラちゃん。 きっとずっと泣きたいのを必死に堪えて、いままで頑張ってきたんだろうって思った。 だから、そんな優しいサクラちゃんを励ましたくて、いつもの笑顔を取り戻したくて、私はサクラちゃんに笑顔を向ける。 「サクラちゃん、信じて」 笑顔の私から出たのは、思いの外力強い言葉と声。 「……え?」 「私は誰が絶望しようとも、誰が諦めようとも、最後まで信じる」 私の静かな声が響き、サクラちゃんが、サイくんが、カカシ先生が、私を見つめる。 「ナルトくんは絶対に生きている……そして、必ず助ける」 「ヒナ……タ……」 かすれたサクラちゃんの声、ボロボロ泣いているサクラちゃんの肩を優しく叩き、私は立ち上がった。 決意表明ではないけれども、サクラちゃんが少しでも安心できるように、多分、ナルトくんだったらこんなとき、こういうから…… そして、それは私の今の気持ちでもあったから。 「真っ直ぐ、自分の言葉は曲げない……それが私の忍道だから」 いつも困難なことに立ち向かうとき、彼は絶対に諦めず、己の言葉を曲げずに来た。 それは私も同じ、絶対に諦めたりしない。 絶対に諦めない。 それがどんなに可能性が薄くても、私は絶対に諦めてやらない。 キッと濁流を睨みつけ、そして唇を噛み締める。 ナルトくんが守ろうとした人たちは、みんな無事だった。 だから、今度はナルトくん、アナタが無事でいてください。 そうでないと、意味がないのだもの……。 ナルトくん、アナタが無事なのも含めて、全員無事って言えるんだよ? アナタの優しい笑みを、もう数日見ていません。 あの時、私の部屋に訪問し悪戯が成功したような、そんな……笑顔を見せてください。 一緒に花火見るんでしょう? 一緒に食器買いに行くんだよね? 一緒に修行するんだよね? ほら、コンビネーション技、練習しようって言ったじゃない。 だから、必ず無事でいて。 「全く……ナルトがそこにいるみたいだな……ヒナタ、コレ預けておくよ」 カカシ先生が私に渡してくれたのは、ナルトくんの額宛。 それを受け取り、私は無言で頷く。 「必ず見つけ出します」 「ああ、ヒナタなら大丈夫だ。必ずやれる……期待してるよ」 カカシ先生が目を細めそう言うと、グラリと体を傾がせ倒れた。 もう限界だったんだ……。 ナルトくんの額宛を懐に仕舞いこみ、私とキバくんとシノくんは顔を見合わせ頷く。 「それじゃぁ、八班は探索にあたるよ。カカシ先輩を頼むよ、サイ、サクラ」 「はいっ」 「了解です」 私たちは、サクラちゃんとサイくんの返事を背中で聞きながら、濁流の下流を目指して走り出す。 きっとその先にナルトくんがいることを信じて……。 シノくんは蟲、キバくんと赤丸くんは鼻、私は白眼を使ってナルトくんを探す。 轟音を立てて流れる濁流は、かなりの深さがあるようで、まだ下流へ行かなければ掴むところもないような気配だった。 ヤマト隊長が私たちの情報を分析しつつ、探すポイントを絞っていくのだけれど、逸る気持ちは誰もが同じだったようで、顔つきは険しい。 私だけじゃない……ナルトくんを心配しているのは……。 だから、最善を尽くさなければ。 白眼で辺りを見渡し、そしてナルトくんのチャクラを感じようと感覚を広げる。 太陽のような彼の笑顔が見たかった……。 弱気になってはダメと、自分で叱咤し白眼を使い続ける疲労を誤魔化し、ナルトくんだけを求めて彷徨う。 「もっと下流なのか……それとも、どこか違うところへ出ているか……」 ヤマト隊長も判断に困った様子で、地図と濁流を見比べる。 「この地点までは人の気配がありませんし、誰もいませんでした」 私はそう言い、印をつけると、ヤマト隊長は1つ頷く。 「よし、それじゃぁ、4つのエリアに別れよう。二時間後にここへ集合だ」 「おう!」 「了解した」 「はいっ」 返事をして割り当てられたエリアに向かう。 ヤマト隊長やキバくんやシノくんと別れ、私は1人濁流から少し離れた森の中を走りぬける。 白眼の連続使用はそろそろ限界……だけど、ここで諦めるなんてできない。 大好きなアナタを諦めるなんて出来ない。 太陽のような笑顔を、すごく見たいの。 いつも私にたくさんのものをくれるナルトくん……。 一緒にいられることすら奇跡だってわかっているの……でも、それでも彼を私たちの許へ帰してください。 既に日は落ち、闇に支配される中、チラリと何かが見えた。 霜に覆われた森の中で、狩人が使うような小さな小屋。 この森には沢山ある小屋の1つ……だけど、妙に気になって…… もしかしてと、心臓がひとつ大きな音を立てたのに気づき、漸く凝り固まっていた心が解けだすような、そんな不思議な感覚に囚われつつも、その小屋へと向かい走り出す。 何となく、そこにナルトくんがいてくれる気がして……。 |