露草の咲く夜に 1




 ぱらり……こつっ、からん……

 頭上から落ちてくる小さな石を横目に、一同は明かりの少ない石で覆われた通路をひた歩く。

 先頭に立って歩くヤマトが持つカンテラの明かりだけが便りという中、最後尾についたナルトは、自分の前を歩くヒナタの揺れる長い蒼紫色の髪を眺める。

 ヒナタの前にはサイがいて、その前には今回の任務で守らなくてはならない護衛対象である、露草の国のつき姫。

 そして、ヤマトとつき姫の間に、つき姫の護衛隊長である剣士が油断なく周囲に目を凝らしていた。

 本来ならばこの任務をカカシとサクラが、ヤマトとヒナタの代わりに受けているはずであったのだが、以前護衛任務を受けた際につき姫がナルトへの執着心を露に接してくるのを注意したところ、それが御気に召さなかったようで今回の任にはつけるなと護衛対象直々のクレームが来たのだ。

 ナルト自身もあまり関わりたくないので、いないということにしておいて欲しかったのだが、多額の依頼料と、そのつき姫の父にどうやら綱手が世話になったことがあるだけに断りきれず、今回の任務受諾という運びになり溜息しか出てこない。

 案の定、つき姫は大喜びしてナルトに抱きつこうとしたのだが、それを露草の国の剣士オウセキが割って入り事なきを得た。

 申し訳無さそうに主から言付かっているから、あまり酷い接触にはならないように対応するといってくれてはいるのだが……、いかんせん、立場上つき姫のほうが上なのだから、中々思うようにことは運んでくれない。

 それどころか、つき姫は、ヒナタに何かを感じたのか、それとも気の弱いヒナタを侮ったのか、ことあるごとにわがままを言って困らせ、顎で使うようなマネをしたのだ。

 女同士ということもあり、男には話せない頼みごとなのかと思いきや、やれあれが食べたい、あれが欲しい、あれが読みたい、あれが見たい。

 およそ護衛の忍に頼むような頼みごとではない上に、ヒナタばかりに言いつけるのだ。

 コレにはナルトの方が腹を立て文句を言おうとしたのだが、『ナルトが言うと、余計にこじれる』とヤマトに言われ、何かあるごとにサイかオウセキがヒナタに付き添い手伝っている状況はどんどんナルトの機嫌を損ねていく結果となり、ヤマトは密かに頭を抱えてしまう。

 そして、今回の目的は露草の国で5年に一度催される祭で、その日のみ、朝に咲くはずの露草が月光の明るい夜に咲き誇り、山頂の祠を抜けた先にある露草の原に群生する露草の中で、一輪だけ深い青をしたその花弁に七色の雫を宿すという。

 露草の雫をその国の姫が定められた器へ移し、城下町の中央にある神社の神器へ収める。

 それが祭の一連の流れということであった。

 つき姫を守り、露草の雫を採る。

 ただそれだけなのだが、その雫に不老長寿の秘薬たる神秘の力があるという伝説があるが故に、つき姫の手にした雫を奪おうとする輩が出没し、その輩を捕らえる任務まで追加されてしまったのだ。

 今はその祭の最中。

 城から見える山の頂にある祠を潜り、その先にある露草の原へ行かなくてはならず、空から向かえば早いとは思うのだが、これも祭の中にある習わしの一つで変更することが出来ないとのことで、与えられた明かりを頼りに一行は先へ進むしかなかった。

 暗い道のりを誰もが口を開くことなく、ただ黙々と歩き、石畳の上を歩く足音が響くだけ……

(最近、ヒナタと話……してねェな……)

 一緒の任務についていながら、話をしていないというのは、つき姫がヒナタをすぐに下がらせるのもあるし、用事を言いつけて走り回らせているからでもあった。

 少し疲れたヒナタの顔を見ては声をかけようとするのだが、それより早くつき姫の声が飛び、彼女は何も言うことなく大人しく下がってしまう。

 胸の内に渦巻く荒れ狂う波のような感情は、今にも爆発しそうなのだが、彼女が必死に耐えている状況で自分がことを起こしてしまうのは違う気がして、何も出来ずにいるのだ。



 触れたい──



 不意に心に浮かんだ言葉に、ナルトは困惑しながらも抗う術を知らないかのように、その長い髪へ手を伸ばす。

 まるで、吸い寄せられるかのように伸ばした手は、次の瞬間かけられたヤマトの声で止まってしまった。

「そろそろ出るよ」

 伸ばされた手はそのまま固く拳を作り、悔しげに奥歯を噛みしめる。

(傍にいるのに……こんなに遠い……こんなに……くそっ!)

 後姿からもわかるほど疲れが溜まっているヒナタの様子に、何も出来ない自分が悔しかった。

 そして、ヒナタに接触すればするほど、つき姫のあたりがキツくなり、反対にヒナタを苦しめる現状も納得行かない上に腹立たしい。

「外に出たらオウセキさんとナルトはつき姫をお願いします。ボクとサイとヒナタさんは散って辺りを警戒」

「はいっ」

 サイとヒナタの声が飛ぶと同時に二人は左右に散り、ナルトは険しい顔のまま付き従う。

「何だか最近のナルトは笑わぬのぅ」

(誰がその原因を作ってると思ってやがるっ!)

 カッとして言葉を放とうとしたナルトは、心配そうにこちらを見ているヒナタの視線に気づいて、何も言わずにただ目の前の様子を見つめ続ける。

 そう、この祭さえ終われば、こんな理不尽な扱いからヒナタを開放できると思えば、この場さえ凌げばいいとでも言うように怒りを腹の底へと沈めた。

「返事もせんようになったか……つまらん。そんなにあのくノ一が気になるのか……」

「何で……ヒナタにあんな無茶なことばかり言うんだってばよ」

「ナルトがあのくノ一ばかり気にしておるからじゃ。明らかにこの間のくノ一と扱いが違うではないか」

「……」

 ナルトはその言葉を聞いて眉を潜め、本当にお喋りでムードメイカーな彼にしてみれば珍しいほどの寡黙さを持ってその場に留まる。

「何故、あんな目であのくノ一を……まあいい。今は祭の成功が重要じゃ」

 そういうと、つき姫は崖の近くに咲いている一際青の色が鮮やかな露草の前に跪いた。

 何か判別できぬ言葉を朗々と述べたあと、その露草に湧き出るように浮かんだ虹色に光る露を、胸に下げていたガラスの器の中に収めた瞬間……それを待っていたかのように周囲に悪意が満ち、ナルトはハッと顔を上げる。

 四方八方から投げられるクナイの雨に、悲鳴を上げる姫に腰に抱きつかれ一瞬反応が遅れるナルトの目の前に、ヒナタが走りこみ、ひゅぅっという呼吸音と共に放たれた守護八卦六十四掌がそのクナイの雨を凌ぎきった。

「大丈夫ですかっ」

「やっぱり日向一族の子だー……でも、噂に聞くいなし技が使えないんだー?あそこはソレじゃないのー?」

 ニヤニヤと笑い現われた男と女の二人組。

 人数はコチラのほうが上ではあるが、守りながらの戦いとなると分が悪い。

 しかも、相手はどうやら鋼糸使いのようで、瞬く間に二人で張り巡らせた後、障害物の無い中空を走り間合いを詰めてくる。

「あー!呪印が無いよこの子―!」

「ヤケに詳しいですね……」

 振り下ろされたクナイを体捌きで避けたヒナタは、眉を潜めて相手を見るのだが、長い舌をペロリと出して己の唇を舐める仕草をするその動きに大蛇丸のような奇妙なモノを感じ、ゾクリと背筋を震わせた。

「前にねー、白眼が欲しいなーって思って、二人で襲ってみたんだよね……そしたら、白眼が使い物にならなくなっててぇ、折角殺したのに意味ないじゃん」

「後で調べたら、日向一族は呪印なるもので己の死と共に瞳術の効力を無くすんだっテ?でも……宗家の者だけは、それから除外されル……つまりは、アンタは宗家のお嬢さんというワケだよネ」

「露草の雫と、白眼かー、ついてるーっ!」

「そうはいかないよっ!」

 露草の原の地面を大きく傷つけることをタブーとされているだけに、大きな術は使えないヤマトは、周囲から木の根を延ばすのだが、それも鋼糸に阻まれて、中々届かない。

 サイの超獣偽画も鋼糸を越える前に墨へと戻っていく。

「二人だけではありませんっ!森の中にあと二人っ!!その二人からこの鋼糸は張られていますっ!」

 ヒナタの白眼が捉えた二人の影を、ヤマトとサイに告げると、二人は頷きすぐさま森へと消えていった。

 これで、この二人の足場は崩されるのも時間の問題だろうと、ヒナタは背後の姫と戦闘態勢に入ったナルトとオウセキを意識しながら、相手との間合いをとる。

「ナルトくんは、二人を連れて……行ってください」

「馬鹿言うなっ!オレも戦うに決まってんだろっ!」

「最優先任務は、姫様を送り届けることです。露草の雫を届けて祭を完遂させれば、この人たちの狙いは阻まれますっ!」

「お前に二人の相手は無理だってばよ!」

「ナルトくんの強過ぎるチャクラでの戦闘は、ここの露草の原を傷つけてしまいます。だから……」

「お喋りしてるヒマなんてないよー」

「そうだネ。オレたちはヒマじゃないからとっとと終わらせるヨ」

 見えないほど細く柔軟性の高い鋼糸が空を滑る音がしたかと思えば、オウセキの剣を弾き落とし、それと共に姫の着物の袖を軽々と引き裂いた。

「影分身の術!」

 ナルトの影分身が狭い露草の原に数体現われ、すぐさま一組の男女に向かって飛び掛るが、見えない鋼糸によって軽快な音を立ててすぐさま消えてしまう。

 闇雲に攻撃しても無駄だと理解したナルトは、九尾チャクラモードになろうとして思いとどまる。

 強いチャクラ反応が傍にあれば、露草の雫は変質してしまう上に、露草の原は大きく傷つくといわれていたのを思い出したからだ。

 先ほどヒナタにも言われたばかりであるというのに……と、悔しそうに歯を噛みしめ鳴らすと、二人の鋼糸を完全に視覚として捉えたヒナタはそれを避けつつ、掌打を叩き込む。

 大きく吹き飛ぶ女性を男性の方が支え、口元を歪めて笑った。

「へえ……やるもんだネ」

「やっぱり白眼欲しいー」

「いい目だネ……」

「だよねー」

「……欲しいといわれて渡せるものではありませんし……渡す気もありません」

 ヒナタにしては低い声でそう言い放つと、男と女が動くと同時に何もない空間に掌打を放ち、それと同時に鋼糸が勢いを失って地に落ちる。

「器用―っ!私たちの鋼糸にチャクラ流し込んだよ、この子ーっ!」

「ナルトくん、早くっ!」

「ねね、今思ったんだけど、この子の目とったら、片方ずつー?」

「だろウ?二つしかないんだヨ?」

「両目のほうが良くないー?」

「……そりゃそっちのほうが良いとは思うけどネ」

「日向一族って言っても人間なんだから……子供……産めるよねー?」

「なるほど……量産だネ」

「そういうことー、私頭良いー♪」

 ゾッとする言葉の羅列に、ヒナタはぶるりと体を震わせ、その言葉をナルトに守られながら聞いていたつき姫も思わず顔を顰めてしまった。

 人を人として見ない、嫌悪感溢れる考え……

「それに、日向宗家の娘って出来損ないとか言われてる子でしょー?何かあっても探すことないんじゃないー?生まれてこなきゃ良かったとか言われてるって噂だもんねーっ」

 キャハハハッと品の無い声で笑う女の言葉に、ヒナタは悲痛な顔をして歯を食いしばるが、今はその言葉に傷ついているヒマはないとばかりに、ゆっくりと視線を上げて気丈に敵から視線を逸らさず、背後の姫やナルトたちを庇うように立ち位置を変える。

「ねー、アンタの目、ソレで役にたつのー?あ、そっか、私たちがアンタよりうまく使ってあげるよーっ!」

「確かに、オレたちのほうが上手く使えそうだネ」

「でっしょーっ」

 今口を開けば、今下を向けば、悲しみに心が支配されてしまうと、ヒナタは歯を噛みしめ心が受けた衝撃を耐え忍ぶ。

 一度だけぎゅっと瞳を閉じ、キッと睨みすえる瞳。

 薄紫色の瞳は、戦う意思に溢れ、心折れては居ない。

(あんな言葉は……いつものことだもの……いつも……)

「その背後に守ってる奴ら、大切なのー?顎で使われてたみたいだけどー?」

「わからないネ。そこまでして守る理由が……ここ数日睡眠時間もろくに取れていないキミが、オレたち二人相手に敵うとでモ?」

「……やっぱりアナタたちだったのですね。誰かがずっと伺っていると思っていました」

「案外冷静―、ちょっとくらい心乱されれば良いのにさー。そんなヤツラ守るのに必死になっちゃってー、ねーねー、そこのアンタも忍ならその子の目欲しくないー?手を組むならあげるよー?それとも、子供欲しいー?そしたら、目が二つ手に入るよーっ」

 そういって高笑いを再度した女は、本当におかしいと言うように体を曲げて笑い転げる。

 彼女の言葉を聞いたと同時にギリッと歯を噛みしめる音が聞こえ、その発生源につき姫とオウセキは視線を向けた。

 音の発生源たるナルトの様子を伺えば、彼の体から陽炎が揺らめき立つかのような熱が立ち上っているのに気づき、手を伸ばそうとしていたつき姫は思わず身を引いてしまう。

 見えた横顔は見たことがない程怒りに満ちていて、味方だとわかっていても鳥肌が立つほどの何かを感じてしまったつき姫は、自分の付き人であるオウセキの腕にしがみついた。





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