露草の咲く夜に 13




「全く……もうちょっと他人に気を遣え。お主は顔が正直過ぎるわっ」

 つき姫に苦笑しながら言われたナルトは、ハッと我に返り、緩む口元を引き上げて恥ずかしさを誤魔化すように頬を掻き視線を彷徨わせる。

 紛れも無くヒナタが作ったクッキーであることを感じ取ったナルトは、そのクッキーに愛情がたっぷり篭められている気がして、嬉しくて仕方が無いのだ。

 ヒナタの作るもの全てが愛しい──

「全く……ヒナタが愚かな者であってくれれば良かった」

「は?」

 ナルトはその言葉に顔を上げてつき姫を見れば、彼女は複雑そうな顔をして口元を歪めてから、呟くように言葉を紡ぐ。

「私がいう無理難題を全てプロレベルで凌ぎおって!可愛げが無いっ!もっと、誰かを頼ることを知らぬのかと思うぞっ」

 口は憎まれ口を叩いているのだが、前のような棘は無く、本当にしょうがないヤツもいたものだというような、どこか優しげな声色に、ナルトたち一同揃って目を丸くしてしまう。

 数日前の彼女であるならば、絶対にあり得なかったことであるというのに──

「精神的にも肉体的にもかなりの苦痛を感じていたであろうから、いつナルトに泣きつくかと待っておれば、全く泣きつく気配も無いではないか。これでは、文句のつけようがない」

 そんな彼女のいいようであったからこそ、ナルトは自然と疑問を口に出来た。

 そう、ここ数日聞きたくても聞けなかったことを……

「何であんなことしたんだってばよ」

「一つでも感情のままに行動してくれれば、こちらはそれの揚げ足をとってヒナタを里へ返すことが出来る。そうすれば邪魔者はいなくなるではないか。ナルトと一緒にいたいのに、お主はいつもヒナタばかり目で追っておる。それが……羨ましかった」

「…………」

 嫉妬から来る行動であり、彼女自身それを止めることが出来なかったのだろうと思えば、その原因は彼女だけではなく自分にもあるように思えたナルトは苦い想いを抱き、結果どうであれ自分が関与したが為に彼女が苦しんだのだと知る。

 そして、何故自分が関われば余計にこじれるとヤマトが言ったのかを理解した。

「ヒナタは、忍としても女としてもよく出来た者じゃな。ナルト、お主のことを思って、全て耐え抜いて……堪えて見せた。どんな窮地に立たされようとも、どれほど心が痛んでいようとも、お主が後悔せぬように必死に道を指し示しておった。その為に、自らが傷つこうともお構いナシに……」

 一緒にお茶を飲みながら、会話した内容を色々と思い出す。

「のう、ナルト。露の原で敵に襲われたとき、何故ヒナタがお主に私を守れと言うたかわかるか?忍と女との心のせめぎあいがあったのはわかる……が、全部お主のためだったのじゃぞ?」

「……え?」

「ヒナタはこう言うておった。お主はいずれ火影にならなければならない人だからこそ判断を誤ってほしくなかった。あの時、ヒナタを選んでいたらお主はきっと後悔したはずだと。お主は……優しい人じゃからと」

 一時の感情に流されて本質を見失ってはいけない。

 相手の好き嫌いで相手を守る守らないを決めることがあってはならない。

 そこに企てなどがある場合は別として、それ以上のモノが無い限りは、冷静でなくてはならないと──

 ガリガリと頭を掻いたナルトは一つ溜息をついてから、搾り出すように言葉を紡ぐ。

「だからこそ、アイツをもっと信じてやらなきゃなんねーよな。今回だって、凌ぎきった……違うアプローチの仕方で援護ってのもアリだし……あー、今回は色々考えさせられたってばよ」

「本当に出来た者じゃな。じゃが……少しは他の力を借りることを知らねばなるまいな。一人で何でも頑張り過ぎじゃ」

「……アイツはそーいう奴だってばよ。だからこそ……守ってやりてーって思う。だけど、いっつもオレが守れてばっかでさ……あんなスゲーヤツは他にいねェ」

「そうじゃな」

 二人は顔を見合わせ、この時初めての笑みを見せる。

 何もわだかまりの無い、本当に心から滲み出た笑顔であった。

「つき。色々と今回は勉強になったようだな」

 月草の言葉につきは恥ずかしそうに目を伏せてから、こくりと頷く。

「お前のしたことは、いずれ上に立つ者として、決してしてはならぬものだ。もしコレが我が民であったのならば、姫よ……そなたの言葉を誰も聞かなくなってしまうだろう。そなたの身勝手さに、誰もがついてこなくなるだろう」

「……父上」

「今回、火影殿に頼んだことが一つある。ナルト殿が心寄せる女性に心当たりがあるならば、その方を是非任につけていただきたい……とな」

「はあっ!?え、あ、えぇっ!?そ、そんなこと、い、言った覚えないってばよ!?」

「何を言う。露草の原の伝説を一つ聞かせた時、そなたは確実に誰かを思い出していた顔をしたではないか」

「そ、そこで……わ、わかった……ってば?」

「うむ。わかり安過ぎるゆえに、反対に笑いを堪えるのが大変であった。そして、興味があった。そなた程の男がどんな女性に心奪われてしまったか……見て納得した。そして、我が娘にも多大な影響を与えてくれたようだ。ナルト殿が寵愛するのも道理」

 月草の言葉にナルトは恥ずかしさを隠し切れず赤くなって自らの頬の火照りを冷ますようにペシペシと叩きながら、突き刺さる視線を3つばかり感じて、慌てて視線を合わせないように下を見つめる。

 が、それくらいで許してくれるようなメンツではない。

「ナルト?どういうことかしら〜?」

「ウスラトンカチ、テメー、何やってんだ」

「あれれ?ナルト……もしかして」

 サクラ、サスケ、カカシの声がかかり、ナルトはプイッと顔を背けてそちらを見ないようにしてしまったのだが、ズリズリと近寄ってきたサスケとサクラに左右を固められ、思わず顔を引きつらせる。

「ナルト、アンタ……ヒナタに何したのかしらねー?」

「そういや、昨日一晩二人きりだったとか言うじゃねぇか」

「あー、だ、だから……その……」

「白状しなさいよねっ!アンタたちがもしそういう関係になったっていうなら、大喜びする連中多いんだからっ!」

「へ……?な、なんで??」

「テメーは、ヒナタの片想い暦ナメてやがんな……」

「は?里抜けしてたテメーが、何で知ってんだってばよ!!」

「アカデミー時代からそうだっただろうがっ!鈍感過ぎんだよっ!テメーはっ!!」

「うっせーっ!テメーにはサクラちゃんがいるんだから、ヒナタのこと見てんじゃねーよっ!」

「見たくて見てるワケじゃねぇ!テメーがハッキリしねーからだろうがっ!」

 ぎゃーぎゃー騒ぎ出した3人に、つき姫がころころと月草が豪快に笑い、これは困ったとばかりに、カカシとヤマトが止めに入ったのは良いが中々止まりそうにもない。

 そして、これは加勢が必要かと立ち上がったサイは、窓越しに何かを発見して、ポツリと呟く。

「あれ?ヒナタさんじゃないかな……」

 その言葉にいち早く反応したのは、ナルトで、すぐさま窓辺へやってくると、ひくりと口元を引きつらせた。

 サイの言葉とナルトの様子に興味を引かれた一同が窓辺にやってくると、下の方でなにやら会話をしているように見える彼女と、男の姿が見える。

「ああ、ヒナタは今、世話になった者たちに『くっきー』を配っておったな」

 ぽんっと手を叩き、思い出したように呟く姫に対し、ナルトはギリリッと歯を食いしばった。

 自分の彼女が遠くから見ても明らかにモーションかけている男に、無防備な様子を見せている事実が受け入れがたい。

 そう……彼女は、こういうことに関しての警戒心は限りなく0に近いのだったと思い出す。

 そして、全員が『アッ』と声を上げてしまう事態が起きた。

 ヒナタの両手を門番らしき男が包み込み、なにやら熱っぽく語っているのだ。

 コレにはさすがのナルトも我慢の限界が来たらしく、窓ガラスをガラリと開けて足をかける。

 今にも跳んでいきそうな勢いのナルトを、サスケ、カカシ、ヤマトの3人で止めるのだが、ナルトは無表情でどす黒いオーラを背に大きな声で吼えた。

「ヒナタから離れやがれーーっ!!ソイツはオレの女だっ!!勝手に触ってんじゃねェってばよ!!!」

 え?とばかりにその場にいた、サイとヤマト以外が驚いた瞳でナルトを見つめる中、彼はそんなもの知ったことかというように、更に大きな声で怒鳴る。

「ヒナタっ!!お前は誰の女だっ!そんな男に勝手に触れられてんじゃねーぞっ!!とっととオレんとこ帰って来いっ!!てか、テメーいつまで手ェ握ってやがる!!本気でぶっ飛ばすぞっ!!!」

 額に青筋立てて本気で怒鳴っているナルトを呆然と見つめていたつき姫は、ぷっと吹き出し、父である月草と顔を見合わせ笑い合う。

 本当にこんなに表情豊かな男が、ここ数日怒りの顔だけでよくもまあ過ごせたものだと思えた。

 ナルトの本気の怒りの篭った怒鳴り声に、ヒナタは慌てて戻ろうとするのだが、手は中々離してもらえず、これはマズイとばかりにスッと相手に華麗な足払いを決めて倒すと驚き力が弱まったところで手を引き抜き、ペコリと頭を下げてからナルトたちのほうへと視線を向けてから慌てて走り出す。

 転がった門番の男と、ぱたぱた走り出すヒナタを見ていた一同は、その華麗な体術とナルトに怒られるのを恐れて慌てて駆けている姿の愛らしさのギャップに吹き出すように笑い出し、その大きな笑い声に反応して、ヒナタが足を止めて上を見上げたままコテンと首を傾げているのが見え、更に笑いが大きくなる。

「いいからヒナターっ!早く来いってばよ!お前の可愛さ披露しなくていいからっ!」

「か、かわ、可愛くなんてありませんっ!」

 上から見てもわかるほど、真っ赤になって泣きそうな声で反論した彼女は、再び走り出す。

「良いなぁ……ヒナタがおってくれたら、退屈せずに済みそうじゃ」

「やらねーからな」

「うぅむ……そういわれると欲しくなる」

「ダメダメダメダメだってばよ!ヒナタはオレのモンで、一生誰にも譲る気ねーからなっ!!」

 軽口を叩きあうほど打ち解けたように見えるナルトとつき姫の様子に、オウセキは笑みを零し、サイとヤマトも顔を見合わせ苦笑を浮かべた。

 この状況を作り出したのは、他でもない彼女で……

 その彼女を、今度は二人で取り合いしているという、なんとも不思議な光景が広がっていた。

「料理も裁縫も掃除も全てプロ並じゃろ?何を頼んでも聞いてくれる……これほどの人材はそうおらんからなぁ」

「ダメだっつーのっ!」

「ナルト一人のモノにしておくには惜しいと言うておるのじゃが?」

「ばっか!オレ一人じゃねーよ。オレは火影になるんだから、アイツはオレと一緒にこれから里を守っていく母ちゃんになるんだっつーの!」

「ほぅ?」

「へ?」

「は?」

「え?」

 と、いたるところから声が上がり、ナルトは『あ、しまった』という顔をしてから口元を手で覆う。

「何々?ナルト、お前もうそこまで考えてるワケ?」

「ほー、そうか、そこまでの覚悟があっての言葉か、ナルホドな」

 カカシとサスケがニヤニヤ笑い、サクラは呆れ、サイとヤマトは苦笑し、やっぱりそうなるのかとつき姫は軽く溜息をつく。

 そして、ふと思ったことを口にした。

「ナルト、お主にとってのヒナタはなんじゃ?」

 つき姫の言葉に驚きナルトが動きを止めると、同時に他のメンバーも動きを止めて、つき姫を見てからナルトへと視線を移す。

 彼が何という言葉を返すのか興味が引かれたからである。

「オレにとってのヒナタ……か」

 そう呟いた次の瞬間、太陽のような笑みを浮かべたナルトはハッキリとした口調で言い切った。



「オレにとってのヒナタは、オレのどんな暗い場所だろうとあっためてくれるかけがえのねェ……大切な陽だまりなんだ。文字通り、名前の通りのひなたなんだってばよ」



 へへっと照れくさそうに笑いながらも言い切ったナルトに対して、つき姫はくすりと笑みを浮かべる。

「ふむ。『太陽』と『ひなた』か……全く、似たようなことを言いおって……」

 敵うはずが無い。

 敵うワケが無い。

 きっとコレが決定打になるだろうとわかっていても、ナルトに聞かずにはいられなかったことがあると、つき姫は苦笑を浮かべたまま言葉を重ねた。

「ナルト。もう一つ答えてくれ。最初、露草の原に父上たちと共に足を運んだとき、お主、物凄く良い笑顔をしたな。アレはなんだったのじゃ?」

 最初の露草の原……と、小さく呟いたナルトは、大名の月草がプロポーズ云々を話してくれたときだろうと思い出し、その露草の原を見たとき思ったことを思い出す。

「あー……ま、隠す意味もねーか。見せてやりてーなって思ったんだってばよ。アイツ……花好きだからさ。露草の咲き乱れるあの場所を見たら……きっと喜ぶんじゃねーかって……さ」

 誰とは明言していなくても、誰のことかすぐにわかる。

 彼女を想い、彼女の笑顔を思い、浮かべた笑顔──

 そして、その時の笑顔に心奪われたつき姫は、『そうか』と呟き目を閉じる。

(最初から……勝ち目など無いではないか。ヒナタを思い、その思いの篭った笑みに惹かれていたなどと……)

 残酷なヤツ……と、心で呟き、だけど、だからこそ諦めもつくものだと、初めての恋の終りを悟ったつき姫は、姫として最後まで姫らしくあろうと、涙を堪えてすっくと立つ。

 つき姫の心中を察したオウセキと父である月草は、ひと回り大人になったであろう彼女に笑みを浮かべ、これからもっと素敵な恋をするだろうと願う。

 軽口を叩き、ナルトと笑い合うつき姫たちの姿を見つめながら、月草は眩しそうに目を細めたあと、オウセキにだけ聞こえるように呟く。

「アレはまだまだ育つぞ」

「はい。きっと隣国一の姫になりますでしょう」

「うむ。その時、隣におっても恥ずかしくない男になれ」

「え──」

「私の目は節穴ではない。そして、どうでも良い男を、つきに付けはせぬよ」

「……は、はいっ」

「小国ゆえ、そこまで厳しくはないからな」

 フッと笑った月草に頭を垂れ、オウセキはナルトを見つめて口元を緩める。

 大事な人の為ならば、どんな困難にだって立ち向かう姿勢を持った男──

 あの切なくも熱く燃える瞳を、忘れはしないだろうとオウセキは記憶に焼き付ける。



 背中合わせで互いの熱い想いを持ちながらも、それでもその時に最善である行動を選び、互いを信じたあの二人の姿を──



 守りたい、そばにいて欲しい……そう語っていた心をねじ伏せた互いの切ない表情を互いに見せないようにして……

 守れと言い切った彼女の強い想いを

 信じると言い切ったナルトの強い想いを



(決して忘れたりしない──)






 後に、露草の国の姫がその国随一の剣士と結ばれたという知らせが同盟国である火の国に届くこととなる



 そして、それから程なくして、木ノ葉の里の火影が七代目に引き継がれ、その七代目の隣には白百合の如く美しい妻が寄り添い、後々まで最強と語られる七代目火影の物語が綴られることとなるのであった──









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