ファーストキス 後編




「んんむーっ……もご……んぅ?」

「だ、だめ……ダメです……お、お願い……言わない……で」

 真っ赤な顔をして目尻に涙まで溜めている愛しい人の姿に、ナルトは驚き勢い良く振り返ると目を丸くしてヒナタをみつめた。

「ヒナタ?え?ど、どうしてここに?……って、いつからっ!?」

「あーあ、折角いいネタ提供してもらえると思ったのにー、もうちょっとだったわねー」

「ヒナタってば、私たちが押さえ込んでたのに、完全に振り切るくらい力強くなっちゃって……アンタの修業の賜物じゃない?」

「いのと、サクラちゃんまでっ!?……って、アレ?テンテンと綱手のばあちゃん、シズネの姉ちゃんまでいるのかってばよ」

「ったく……もうちょっと押さえてろよな」

「無理言わないでよねー。これでも必死にやった結果なんだからっ!」

 いつものように軽口の応酬をしていたシカマルといのは、どうやら計画は失敗だとばかりに、溜息をつき、男性陣の席に乱入するようにいのはサイの隣へと座る。

「良いんですか?女子会だって言ってたのに」

「良いの良いのっ!そろそろ切り上げようって話しになってたところだしねー」

「呑み足りないから、こっちに合流だっ!」

 と、今度は綱手がドカリとナルトが座っていた席に座り、ヒナタの肩に手をやったまま立ち上がっていたナルトは、どうするかという顔をしたが、このまま呑む気にもなれず、視線だけで帰るかと彼女に問いかけ、了承を得られたのでこのまま帰ろうと荷物をとる。

「ナルトくん、では、本当に相手はヒナタさんなんですよね?」

「あったりめーだろうがっ!!ったく……つまんねーこと言うんじゃねーってばよ」

「じゃあ、何故言えないんですか?」

「わ、私が恥ずかしいからそれ以上はもう聞かないで……ください……」

 真っ赤になって互いの顔を見れない状況になっている二人ではあるが、手はシッカリと繋がれていて、仲の良さを感じさせた。

 冷めているどころか、夫婦のような……未熟と言う気配など微塵も感じさせない関係。

 どこかしっとりとした色気のようなものすら感じられた。

 それなのに……

(どこか、まだ初々しいカンジがして……何だかこういう関係って……良いですね……)

 そろそろと帰るメンバーがまばらに会計をして外へ出て行くのを見ながら、リーはナルトとヒナタの二人の後姿をジッと見送る。

 一定の距離を保っているのに、その間に入れるものは居ない。

 二人だけの空間なのだと感じられる、確かな関係。

 それは、取り繕った関係では無理だろうと思い、リーは静かに息を吐いた。

「リー、アンタ、無理して彼女なんて作らなくてもいいんじゃないの?彼女がいるだけがステータスじゃないわよ。ソレに、そんな心配される余裕なんてそのうちその子たちにもなくなるわよ」

「どうしてですか、テンテン」

「簡単よー。自分たちの恋愛でいっぱいいっぱいになるに決まってるからよっ!」

「……そういう……ものですか?」

「そういうもんよ」

「そうですか」

 何となく納得したのか、納得出来なかったのか微妙なカンジではあるが、仲が良さそうに酒をサクラに注がれて呑んでいるサスケを見てから、再びもういなくなったナルトとヒナタの後姿を思い出す。

「……ああいうの……良いですよね」

「え?」

「ナルトくんとヒナタさんです。何だか……良いなって思ったんです」

「まー、アレはレアよ、レアっ!だけど、アレだからあの二人は結婚するだろうって誰からも言われるワケだし、しっとりとした落ち着いた色気みたいなものが出ているから、他の男が欲しがるってワケ。まー、ナルトも随分人気出てるけど、ヒナタが相手だから諦めている子も多いみたいだし」

「そうなんですか……でも、他人が入れるスキなんて、あの二人にはありませんよ」

「そうね。あるワケないじゃない。ソレがわかるようになっただけ、リーも進歩したんじゃない?」

「そうでしょうか」

「そうよ」

 テンテンにバンッと背中を叩かれ、持っていたグラスの中からウーロン茶が零れそうになったが、それを零さず衝撃を逃したリーは、どこかスッキリとした顔つきのまま、グラスの中の液体を口に含んだ。

「さーて、夜は長いよっ!!今日はお前たちに朝まで付き合ってもらうからねっ!!」

 と、高らかに宣言した綱手を唖然としてみていた一同は、先に帰ったナルトとヒナタとチョウジとシノが悪いワケではないだろうに恨まずにはいられず、この酒場のマスターが一番泣き崩れそうな顔をしていたのを見なかったことにして、大きな溜息をつくのであった。






「しかし……懐かしい話になっちまったなー」

「もう……あ、あれは……言わない約束ですっ」

「んー?」

 アパートの扉を開き招き入れた彼女は、付き合いだしてから何度も訪れているだけに慣れた様子で中へ入ると、グラスに水を入れてナルトへと手渡す。

 そして、グラスの水を一気に呷ったナルトは、彼女も飲み干しそのまま持っていたグラスを受け取りテーブルに置くと同時に、ヒナタの体を抱き寄せて耳に唇を寄せた。

「へへっ、懐かしいけど……すっげー大切な思い出だってばよ」

「……うん」

 甘く柔らかな肢体を抱きしめ、ナルトはうっとりと目を細めて耳朶に口付けて熱い吐息を流し込む。

 すると、すぐさま素直に反応する体が愛しくて、腰を引き寄せさらに互いの体を密着させてしまう。

「初ちゅーは、アレだよな……オレが折角唇避けてたのにさ……」

「あ、アレは……ず、ずるい……もん」

「へへっ……でも、嬉しかったんだぜ?……思い出しても……照れちまうくらい、嬉しくてくすぐったくて……愛しい」

「んっ……」

 耳朶を含まれたヒナタは思わず体を震わせて、熱い吐息を零してしまった。

 そして、そんな可愛い彼女の耳朶を離し、何を思ったのかジッとヒナタを見つめ、おでこに口付ける。

 徐々に降りてくる口付けを、くすぐったそうに受けていたヒナタは、何か記憶に引っかかる行為に目を数回瞬かせてから、頬をかあっと赤く染めてしまった。

「ヒナタ……大好きだ……」

 記憶に残るその時の声色のままの言葉に、くらりと眩暈を覚え、頬から顎先、そして……一瞬の間を置いて見つめあい、目を閉じて……

(記憶のまま……思い出のまま……)

 左の唇の端、ギリギリ触れるか触れないかの位置に口付けられ、ぴくりと体が震える。

(そう、この時、はじめての私が震えたから、ナルトくんは寸前で唇を避けてくれた……だから……)

 だからこそ……

 と、心で呟いたヒナタは、うっすらと瞼を開き、あの時の記憶のまま、どこか寂しげに微笑んでいるナルトの表情を見て、胸がぎゅぅっと締め付けられる苦しさに喘ぎ、再び瞳を閉じて、自らナルトの唇に軽く触れるだけの口付けを贈った。

 かすかに、触れるか触れないかの口付けは、互いの熱を少しだけ伝えただけであったにも関わらず、とても大切で、とても愛しい記憶である。

「ヒナタ……」

「ナルトくん……」

 手を握り合い、今度は互いに目を閉じて、優しく重ね合わせ、ちゃんと唇の感触を確かめるように、先ほどより長く押し当てた。

 あの時は、その口付けだけで互いに満足できていたのに……

 もう、甘く溶けるような口付けを知っている。

 互いの熱も、何もかもを感じて貪るような、そんな激しい行為も知っていた。

(足りない……)

 共にそんな想いを胸に抱きつつ、上着のジッパーに手がかかる。

 それと同時に唇を割り、激しく求めるように吸い絡め求め合う口付けの合間に、熱い吐息が漏れ、上着がばさりと落ちた音がしたと同時に抱き上げられてしまう。

「我慢できねーっつーの」

「……しなくて……い、いいかな……って」

「おー、今日はいつになく積極的だな」

「た、たまには……です」

「可愛いぜ、ヒナタ」

 ちゅっと音を立てておでこに口付けたナルトは、酒場の地獄とは異なり、この世の幸せを全て手にしたような幸せな顔をして、愛しい彼女を腕に抱きながら寝室の闇へと消えていった。



 その後、リーとその紹介された女性のデートそのものが無くなってしまったのだが、どこか吹っ切れた顔をしている彼を見て、彼らしい表情に仲間たちが安堵の吐息をついていたのは本人には内緒のお話である。








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