ファーストキス 前編





「突然なのですがっ!」

「本当に突然だってばよっ!!!」

 そんな二人の会話からはじまった今回の騒動。

 こんなことなら、こんな飲み会に出ず、とっとと帰ればよかったというのが、後々の彼らの意見であるが、今は誰も知る由もなかった。

 本日、男ばかりで珍しく飲み会なんぞ開いたのは良いのだが、酔っていないだろうに目が据わっているリーがナルトとサスケの間にヌッと顔を突き出し、大きく緊迫した声を出す。

「うるせー。何だ急に……」

 ウーロン茶片手に酔っ払いのごとく絡んできたリーに対し、どっちがより飲めるのか勝負していたナルトとサスケは、勝負は中断とばかりにリーのほうを見た。

 こういう手合いは相手にしたくは無いのだが、相手にしなければしないで面倒なことになるとわかっていただけに、はぁと深い溜息が零れ落ちてしまう。

「で?何が突然なんだってばよ」

「ナルトくん、ヒナタさんとお付き合いしてもうどれくらいになりますか?」

「……は?」

「サスケくん、サクラさんとお付き合いしてもうどれくらいになりますか?」

「……それに何の関係があるんだ」

「実はですね、ボクは……自分の教え子たちに、この歳まで彼女が居ないなんて可哀想だと哀れみを受けてしまったのですっ!!」

 あー、なるほどーと、ナルトだけではなく、サスケや他の面々たちもリーの言葉から大体予想がつき、小さく溜息をつくとそれぞれ酒を呑もうとグラスを持ったりボトルを持ったりしていたのだが、こういう時、面倒見が良いというか、人が良いナルトはとりあえず話を聞くだけ聞いてやろうと先を促す。

「で?」

「それでですね、ボクの教え子の一人がお姉さんを紹介してくれるということで、週末デートの予定なんですよっ!!」

「ほー、おめでとうってばよ」

「よくありませんっ!そ、そんな……あ、あまり知らない女性と何を話したら良いかなんてわかるわけないじゃないですかっ!!」

「……あー、まー、そうか」

「そこでっ!ナルトくん、いつもヒナタさんとデートのときどうしていたりするんですか?会話や、お店や、こう……デートの流れというか……ボクはその辺全くわからないので、教えてくれるとありがたいのですがっ」

「デートの流れ……な」

 困ったような顔をしていたナルトはチラリとサスケを見るのだが、サスケのほうは我関せずであり、他にこんな話をふれる相手などいない。

 あと彼女持ちなのは、シカマルとサイなのだが、こちらは参考になるとは思えなかった。

 シカマルは遠距離恋愛中であり、サイはいのがリードしている様子である。

 自らリードしてデートを成し遂げようとしているリーに対しての回答として適切なものが出てくるとは思えない。

 まず、まともな回答という時点でサイはアウトだ。

「そういや、お前らのデートってどんなんなんだよ」

 興味津々といった具合にキバがニヤニヤと聞いてきたのを、ナルトは困ったようにうーむと唸り返せば、きっと意気揚々と答えてくれるだろうと思っていた仲間たちは意外な反応を見て、反対に興味をそそられてしまった。

「どうって言われてもな……プランがあるワケでもねーし、その時々によって違うからな……」

「そ、そうなんですか?」

「そりゃそーだろ?天気の良い日は外へ出たり、買い物したりとか……天気の悪い日は家でまったりしたり……何するわけでもなく、ただ互いに巻物読んでるときもあるしなー」

「え……、お、お互い一緒にいるのに……ですか?」

「ああ」

「……冷めてませんか?」

 恐る恐る聞いてきたリーに対して、ナルトは驚き目を丸くすると、くくくっといかにも楽しげに笑いだし、リーを見て口の端を上げて見せる。

「ばっかだな。自然体で互いにいられるってのはすげーことだぞ?気合いれて取り繕ってずっと一緒にいられるかよ。ありのままの自分を受け入れてもらえねェで、共に過ごせるワケねーよ」

「で、ですが……しょ、初対面の人に……」

「初対面のときよく見せて、段々ボロ出して『こんな人だと思わなかった』って思われていくのがオチか?まー、そりゃお互い様ってところもあるんだろうけどさ。でも、将来考えたらそんなことできねーってばよ」

「将来……ですか」

「ゲジマユの良さをわかってくれねー人が傍にいてくれても、寂しくなるだけだぜ?」

「それは言えてるな」

 サスケもそれには同意したのか、コクリと頷き、再び杯を傾ける。

 ナルトはウィスキーを口に含んでから、一度思考を巡らせたあと少し間を置いてからしょうがないとばかりに笑ってみせた。

「ま、ふつーのコースだったら、まずは迎えに行くか、待ち合わせの場所には最低15分前には着いておいて、待つくらいが良い。でから、その辺を散策して甘味処にでも寄って休憩。そこで、どこへ行きたいとか、何が食べたいのかのリサーチだな。そのあとのプランは一緒に考えればいいんじゃねーか?相手の趣味も何もわかんねーんだからさ。話しこんだって問題ねーワケだし」

「……ナルトくん。意外とマジメにデートしてたんですね」

「あったりめーだろ?ヒナタ狙いの上忍虫除け対策だってばよ。シカマルのリストだけじゃ足りねーでやんの」

「おー?まーた人気出たか、お前の嫁」

「まだ嫁さんじゃねーよ」

「めんどくせーな。『まだ』だろ?どーせそうなるんだから、今から言ってもいいじゃねーかよ」

「……ヒナタが真っ赤になってオレから離れちまうからやめてくれってばよ」

「りょーかい。ったく、お前の一番のダメージはソレかよ」

「うっせーなっ!ヒナタがオレの傍離れちまうほどのダメージなんてこの世に存在しねーっ!」

 言い切りやがった……と、誰もがそんなことを思っていたのだが、密かにサスケが頷いているのに気づくものは居なかった。

(サクラが離れたら……やっぱりダメージだな)

 と、胸中で呟くサスケを理解しているのは、この中ではナルト以外に居ないだろうと思える。

 表面上わかりづらいのだが、サクラをとても大事にしているサスケもナルト並にパートナーに甘いということを知らない。

 飲み屋の8人掛けのテーブル席で飲んでいた一行は、最初は静かに飲んでいたのだが、徐々に賑やかになってきて、飲み屋のマスターも、ああ、やっぱりこの一行は歳をとっても変わらないのだとしみじみと思う。

 最初はカカシやヤマトやガイに連れられてきていたものだが、今では自分たちで来れるまでになってしまうほど馴染みである。

 大きな仕事が片付いたときや、何か事件が起こったあとなどは男同士でこうして呑みに来ることが多かった。

 オレンジ色の薄明かりの中、思い思いの酒を手にとり呑んでいる一同。

 まあ、一人は酒乱の気があるから、絶対に飲ませるなと言われているので、いつものようにウーロン茶をだしておいたマスターは、その酒を呑めない人物が一番酔っ払っているように騒いでいる事実に頭が痛くなる思いである。

「しかし、ナルトくん、サスケくん」

「ん?」

「?」

「あ、あの……ぼ、ボクは経験が無いので……お、お聞きしたいのですが」

 何の話だろうと、二人が耳だけ傾けたまま酒を口に含んだ瞬間であった。

「き、キスって……あ、あの……よ、良いものなんでしょうかっ」

「ぶーーーーっ」

「ぐっ、げほっ、がほっ、ごほっ!!!」

 ナルトが酒を思いっきり噴出し、サスケは誤って気管に入ってしまったのかむせこみ、二人が悶絶している様子にリーは首を傾げ、恐る恐る声をかける。

「えっと……け、経験……勿論ありますよね?ファースト……」

「それ以上言うなってばよーーーーーっ!!!」

「それ以上言ったら……」

 二人同時に剣呑な色の瞳を向けてくるので、リーは余計にわからなくなり、目を瞬かせたあと周囲のメンバーに視線を向けるのだが、何を思い出したのか、周りのメンバーも微妙な顔をして視線を逸らしていた。

「え……ナルトくん、ヒナタさんと……」

「そ、そうだってばよ。アレがファーストキスだよな。うん、アレ以外にねェっ!!そうじゃねーと、オレが辛い……」

「忘れた、全部忘れた……アレはノーカウントだ。ていうか、ありえねーだろ……」

 何故か打ちひしがれている二人の様子と、周囲の微妙な反応に困惑していたリーは、これ以上聞いていいのかどうか判断に困ったのだが、ひとつだけ聞いてみたいことがあったので、恐る恐ると尋ねてみる。

「あの……ナルトくん。どういう状況で……ファーストキス……しました?」

「どういう状況……どういう……あ、いや……その……あー……サスケ先生、教えてやってくれってばよ」

「お前のは知らねーよ」

「違うっ!お前とサクラちゃんのでいいじゃねーかよっ」

「お前が聞かれてるんだから、答えてやれよ」

「いや、だ、だから……い、色々あんだってばよ!」

「お前、人に言えない状況でしたのかよ……」

 サスケが呆れた顔をしてナルトを見るが、ナルトの方は珍しく顔を赤らめて、明後日の方向を見たまま視線を合わせようともしない。

 何を思い出したのか、真っ赤になったまま顔を両手で覆ってしまい俯く、どこかその仕草は昔のヒナタのようであった。

「ナルト、お前……ヒナタにひでーことしてんじゃねーだろうなっ!」

「してねーよっ!!た……ただ……いや……そ、その……ちょ、ちょっと……な」

 これほど照れているナルトなど見れないと一同が珍しいものでも見るかのように視線を集めれば、その視線から逃れようと必死になるナルトの様子から、どうやら何かあるらしいと感じ取ったシカマルとキバはニヤリと笑い合い、ナルトの方を示し合わせたように見る。

「お前がヒナタにそんなひでーことしてるなんてな……」

「いや、ち、違うってばよっ!」

「ナルト……見損なったぜっ!」

「だ、だから違うんだってばよっ!!……あー、いや……だから……い、言えねー……」

 何度か言おうと努力はしているらしいのだが、何を思い出しているのか、再び真っ赤になって俯くという……

 本当にナルトらしくない行動に、一同が興味津々に絶対に聞き出してやろうと策を練り始め、アイコンタクトで作戦を練り始めた中、一人過去の思い出に翻弄されたように赤くなって戻ってくれない頬をぺちぺち叩いて、何とかやり過ごそうとしていたナルトは、不穏な空気にも気づいていない様子であった。

「そうか……ナルト、そりゃ言えねーよな」

 シカマルがしみじみそんな言葉を述べたのを聞いて、うん?と首を傾げれば、シカマルはふぅと溜息をついて信じられない言葉を呟く。

「まさか、ヒナタじゃない女としたなんて言えるはずねーわな」

「……は?」

「本当ですかナルトくんっ!!それは、何という裏切り行為っ!!」

「え?いや……何でそーなんだよっ!違うっ!!相手はヒナタだってっ!!」

「じゃー、その時の状況、言えるだろーが。言えねーってことは、やましいことがあるってことじゃねーかよ」

 シカマルに続き、キバにまでそう言われてしまい、ナルトは驚き目を見開いて違うとばかりに首を必死に左右に振るのだが、3人は聞いても居ない。

「ナルト……まさか、お前……」

 サスケにまでそんな言葉を言われる始末。

 こうなっては恥ずかしがってはいられないとばかりに、ナルトは口を開き状況を説明しようとした瞬間。

 大きく開いた口に、白くて細い指先が後ろから覆って、必死にナルトの言葉を押さえていた。







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