惹かれあう魂 1




 息さえも凍りつくような極寒に包まれ、視界を覆うような冷たい雪が降り続き、常に見えていた雪景色が新緑の木々へと変化したのは三日前。

 鉄の国から木ノ葉へ向かい走り続けて、もう随分日数が経っていた。

 途中、猛吹雪に合い、足止めを食らったのが痛かったね……と、カカシ先生が苦笑したのも頷ける。

 そんなカカシ先生が、見慣れた光景を目にして、漸くひと心地ついたのか、その柔らかな声を出す。

「ふぅ、今回の任務は少しハードだったね」

 そう言って私の前を走っているカカシ先生は、後方にいる私たちへ視線をチラリと走らせると苦笑して見せてくれた。

 確かにそうかもしれない。

 最初は鉄の国で3日程の簡単な探索であったはずなのに、途中から霧隠れの里の抜け忍が関わってきて、霧隠れの里の抜け忍狩りの人たちと共に、連携をとった捕縛作戦を決行。

 当初3日の予定が3週間となってしまった。

 白眼の乱用で大分疲れが溜まってはいるのだけれども、霧隠れの長十郎さんと鉄の国のミフネさんが随分と気を遣ってくださったので任務内容と期間の割には、軽度で済んでいると思われ、ホッと息をつく。

 今回の収穫は、カカシ先生の写輪眼と私の白眼をフル活用すれば、相手の幻術を広範囲打破できるということ。

 そして、こちらからも高確率で低レベルな幻術でも高等幻術のようにを仕掛けられる……人間の脳へ流れるチャクラを変質させて幻術にかかりやすくしてしまうことが出来たということ。

 やはり、人体に詳しくならないといけない。

 人体構造とチャクラの流れは切っても切れないモノがあり、もっと沢山の知識を得られたのならば、点穴を用いてサクラちゃんやいのちゃんの医療忍術をより効果的に発揮させることも可能かもしれなかった。

 自らの点穴を衝いて毒を遅行させたり、出血を止めたり、白眼で骨や間接のゆがみを治す……それは日向一族では普通なのだけれども、一般的に知られているワケではない。

 以前、ナルトくんと修行しているときに、怪我が完治したのにも関わらず、チャクラの流れが滞っている場所があり、それをマッサージと共に点穴を衝く事で改善して見せたのだけれども、その時とても感謝してくれて、『綱手のばあちゃんに弟子入りして医療忍術習ったら、ヒナタってば、もっと凄くなんじゃねーか!?』と、我が事のように考え喜んでくれた。

 あの時の満面の笑みを思い出せば、私の頬が自然と緩んでしまう。

 綱手様に弟子入り……それは、難しいことかもしれない。

 日向一族宗家嫡子という名が、それを許しはしないだろうと、簡単にいかない現実に頭痛すら覚えてしまう。

 そんな思考に捕らわれていた私は、改めて周囲を見渡して久しぶりに見る木ノ葉の木々にホッと息をついた。

 たった三週間離れていただけなのに、懐かしさすらこみ上げてくるのはどうしてだろう。

 やっぱり、生きて帰ってこれた充足感を感じているのかもしれない。

 今回は、そんな厳しい状況だった。

 本来なら、増援を……と、思ったのだけれど、霧隠れの増援が早ったために、木ノ葉からの増援は必要ないと判断。

 もし、増援がきていたのなら……

 ナルトくん、だったかな?

 そんなとりとめも無い事を考えながら大門を潜れば、活気ある里の様子にホッと力が抜けた。

 ダメだよ私、報告が終わるまでが任務なんだから、気を抜いちゃダメ。

 きゅっと唇を結びなおし、足早に里の中を歩いて火影執務室へと向かう。

 もう、随分と通いなれた道であるように思えるのだけれども、あのペインとの戦いのときより様変わりしてしまった里に慣れてきたのは最近の話。

 随分と沢山の店や家が壊滅的ダメージを受けて、里の中にクレーターが出来た。

 あの信じられない広さを一瞬にして作り上げた相手に立ち向かっていった己の気持ちを、未だに忘れる事はできない。

 その時の噂は、どうやら他国にも広がっているようで、長十郎さんにもミフネさんにも尋ねられて、私は真っ赤になって話せなくなってしまっていると、まるで我が事のように自慢げにキバくんとシノくんが話し始めてしまい、カカシ先生がニコニコ笑いながらフォローを入れてくれていた。

 お二人は物凄く感心した顔をして褒めてくださったし、ミフネさんに至っては、あの大戦でナルトくんの頬を叩いた私という人物に興味はあったのだと仰ってくださって、益々真っ赤になって縮こまってしまうしかなくて、そんな私を周囲の皆さんが別人のようだと明るく笑う。

 そして、私は里の土を踏みしめながら、あの時の会話を何気なく思い出す。



「ヒナタは、ナルトのことになると、いつも必死でしょ?アイツもソレを知ってるから甘えてるんだよ」

「あ、甘えているなんて、そ、そんなっ」

「覚え、あるでしょ?」

「え、あ、あの……き、気のせい……だと」

 真っ赤になって頬を両手で覆い隠すと、ミフネさんはとても良い話を聞いたとでも言う様に私に笑いかけてくださった。

 それは……どこか、三代目を思い出すようなあたたかいモノで、ホッと息をついてしまう。

「軽く頬を叩いて添えられた手と共に紡がれた言葉。あの言葉はそれがしたちにも心に強い芯を通して下されたような……そんな心持を感じたでござる。霧散しようとしていた烏合の衆の核となる言葉であったと、それがしは考えているでござるよ」

 当時を思い出すように目を細めて仰ってくださるミフネさんに、私はとんでもないとでも言う様に首を左右に振って言葉を紡ごうとするのだけど、うまくいかない。

 喉の奥で何かが引っかかったように言葉は出てこず、焦ってしまい、やっと搾り出せた言葉は、細かく震えていた。

「そ、そんなことは……」

「事実、ナルトはアレで持ち直したワケだしね」

「か、カカシ先生までっ」

 ミフネさんと共に笑うカカシ先生に、どうしていいのかわからなくなって助けを求めるようにキバくんとシノくんを見るけれども、キバくんはニヤニヤしているし、シノくんは助ける気配すら感じられない。

 本当にどうしてナルトくんの話しになると、こう……あ、あの……全身が燃えるように真っ赤になっちゃうんだろう。

 好き……大好き……だ、だけど……それを皆さんが知っているようで、見透かされているようで恥かしい。

「全くもって、ヒナタ殿は我が国で言うところの大和撫子のような方でござるな。うずまきナルト殿も良い細君をお持ちだ」

 ぽやんとその言葉を聞いた私は、次の瞬間全身真っ赤に染め上げてミフネさんに向かい、首を勢い良く左右に振って否定する。

 だって、否定しておかないと、とんでもないこと言われてしまってるし、誤解されてるものっ!

 ナルトくんが聞いたら……ここで否定しておかなければ、どんな噂になって広がり、木ノ葉に噂が回ってくる頃にはとんでもない話しになっているに違いない。

 ここは、全力で否定しないとっ!

 確かに胸は少し痛むけど、でも、迷惑だけはかけたくない。

「わ、私、ち、違いますっ!!」

「は?サイクンて何だ?」

「妻という意味だな」

 問うキバくんに対し、冷静な声で答えているシノくん……せ、説明しなくていいからっ!

「違わないんじゃねーの?お前ら、いつかそーなるだろうよ」

「な、なるはずないものっ、な、ナルトくんが、わ、私なんて選ぶはずがっ」

「そうかなぁ」

 必死に否定している私の声に対し、間延びしたようなカカシ先生の声が響き、一斉にカカシ先生に視線を向けると、カカシ先生はニッコリと笑って私を優しい視線で見つめていた。

「オレはそうは思わないけどね。最近のナルトを見ていると、そう思えるけど……」

「さ、最近?」

「ヒナタはトータルで見てるでしょ?過去からずーっと、ナルトを見てきた。そう見ているから見えていないモノもあるんじゃないかなって、オレは思うんだけどね」

「か、カカシ……先生?」

「最近のナルトだけを見てごらん。そしたら、おのずとわかるから」

 ふわりと私の頭を大きな手が撫でて、そして少し寂しげに微笑む。

 その笑みの意味がわからず、カカシ先生が何を憂いているのかが理解できずに、私はただただ見つめ返した。

「ヒナタはもう少し甘えてもいいと思うよ?もっと欲しがっても良いんじゃないかな」

「え……?」

「もう少しワガママ言ってくれた方が、男は嬉しいもんだしね」

「え?ええ?」

 どこか意味深に笑うカカシ先生を、目を瞬かせて見つめ返した。



 その日は休む事になり、翌日は戦闘に入ってしまい、そんな言葉も忘れてしまって……

 帰ってきたからこそ、ホッとして思い出したのかもしれない。

 ミフネさんも長十郎さんも笑いながら真っ赤になってしまった私を見ていて、からかっているワケでもないその視線が余計に恥かしいと感じた。







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