bitter & sweet 4 ナルトの甘い視線と、普段のお喋りな彼はなりを潜めて行われる、口で話すよりも雄弁な愛の言葉である行動と眼差し。 それを全身で感じているヒナタは、体内の甘い熱を吐き出すように吐息をつこうとして、かすかに聞こえた音に首を傾げる。 誰かの話し声のようにも聞こえて、思わずナルトの袖をツンツンと引っ張れば、彼も気づいたのか耳を澄ます。 「だから言ったじゃねぇか、明日にしろと……」 「だ、だって」 「中々濃厚ですね」 「いいわよねー」 「私のチョコをああ使うか……やるな」 「いや、感心していいのか?」 どこかで聞いた声ばかりであるのに気付いた二人はヤレヤレと吐息をつき、膝の上のヒナタをそろりと降ろしてからツカツカと、最近また身長が伸びて長くなったコンパスを生かして窓辺に寄ると、ナルトは徐に窓を開いてジロリと下をねめつける。 窓の開いた音に気付き、ハッとした顔をして恐る恐るナルトの方に視線を向ける一同。 この寒い最中、調理室の窓下にある打ちっぱなしのコンクリートにしゃがみ込み頭をつき合わせている一団は、ハタから見れば怪しい限りであった。 そんな一団とナルト、二つの視線がかち合って彼が上機嫌の時ようにニカッと笑うのだが、全然目が笑っていないのに気付いている一同は、シマッタと内心舌打ちしたり冷や汗を流したりと急がしそうである。 「邪魔すんじゃねーよ」 満面の笑顔から放たれた声は絶対零度。 外気が生ぬるく感じてしまうほどの極寒の冷たさを持って放たれた一言は、突き刺さるように降り注ぎ、絶対零度の言葉に一同はこのまま凍りつくのではないかと言う錯覚に見舞われる。 「あ、あの……ナルトくん、そこまで怒らなくても……」 その極寒の冷たさに射し込む春告げの陽光のようなあたたかさに、一瞬金縛りにあったような状態であった彼らは、漸くホッと息をついた。 こうなることがわかっていて止めたかったサスケとシカマルなどは、良いとばっちりである。 「で?何で来たんだよ」 ここにいるのわかってたろ?うん?という恐ろしくも意思の篭った視線に晒された彼らは、頬を引きつらせて、何とか言葉を紡いだ。 「サクラやいのが礼を……言いたいんだとよ」 「テマリがヒナタに一言挨拶して帰るっつーから……」 「止めろよ」 「「止めたっつーの!!」」 普段からは考えられないほどに不機嫌で目つきの悪いナルトと、困ったように微笑むヒナタ。 いつもならこれくらいになったら必死にナルトを止めようとしている彼女が動かないのは、もしかしたら、邪魔されたと彼女も感じているからかもしれない。 そうなれば、かなり旗色が悪いな……と、シカマルは眉根を寄せて、とりあえず、テマリにこそりと耳打ちする。 「とっとと挨拶を済ませて退散だ」 「ああ、しかし、あれほど不機嫌になるとはな」 「……めんどくせーことに、よっぽどいい雰囲気だったんだろうぜ」 「ナルホドな……ヒナタ、それじゃ顔も見たことだし、私たちは帰る。シッカリ甘えてやれ」 「え、あ、て、テマリさんっ!」 ニヤリと笑って片手を上げて颯爽と踵を返しシカマルの背中をポンッと叩く。 「待たせたな。つき合わせて悪かった。さあ、帰ろうか」 「……ったく、めんどくせーことにつき合わせやがって」 「その分の礼は、タップリしてやるさ」 艶やかに微笑んで見せるテマリに、シカマルは思わずたじろぎ真っ赤になった顔を見られないようにふいっと顔を逸らしてしまうが、テマリはその顔を追うように回り込みフッと笑う。 「可愛い奴」 「男にそういうこと言うんじゃねーよっ!」 「可愛いから可愛いといって何が悪い」 「だ・か・ら・なっ!」 ふるふると肩を震わせたシカマルの頬に唇を寄せて軽く口付けると、ニッと形の良い唇の端を吊り上げて笑う。 それはもう艶やかに…… シカマルの方はと言うと、頬に触れた一瞬のぬくもりと柔らかさがなんだったのか、いつもの回転の速い頭がついてこず、ほぼ止まっている思考で何とか目だけを動かしテマリを見つめた。 「手付けだ、遠慮なくとっておけ」 「な、な……なにをっ」 完全にテマリに翻弄されているシカマルを見ながら、やっぱりアイツはテマリに弱すぎるよな……と、一同がそんな言葉を同時に思い浮かべている中、彼女は手袋をはずしてシカマルの方へと手を出す。 一体なにを……と思っている間に、ぶらりと垂れ下がったままの手に手を絡めて歩き出した。 その見事な一連の流れに、誰もがおぉと唸り、思わず拍手しているという状況に、シカマルは反論してもめんどくせーし、反論しなくてもめんどくせーし……と、悶々とした考えに捕らわれ、そんなことは知らないとばかりにテマリは顔だけ振り返ると、シカマルと手を繋いだ方とは反対の手を軽やかに上げて、一同に挨拶を済ませてしまう。 その後姿のなんと凛々しい事か。 「男前だな」 「相変わらずの男前だってばよ」 「ああいうのが、男前って言うのだよね」 サスケ、ナルト、サイにそう評価されたテマリと、女性陣に『可愛い』とか思われてしまったシカマルの後姿を暫く見送り、今度は自分たちの番だというように、サイがいのの背中をポンッと叩いた。 「あ、うん」 それに促されたいのは、ヒナタにぺこりと頭を下げてから、えへへっと照れ笑いを浮かべて見せる。 どうやらうまくいったらしいということは、ソレだけで十分伝わり、ヒナタは嬉しそうに微笑んだ。 「良かったね、いのちゃん」 「うん、ヒナタのおかげよ。ありがとう」 「ううん、いのちゃんにはいっぱい心配もかけたし、してもらったこともあるから、少しでもお返しできたかなって」 「十分よ!また何かあったらいつでも相談にきなさいっ」 「うん、ありがとう、いのちゃん」 「それじゃ、また明日ねっ!ナルト、邪魔して悪かったわねっ」 そういわれてしまえば仕方ないとばかりにナルトも頷き笑みを零すと、サイがフッといのに向かって手を出す。 「え……と?」 「こういう時、手を握って帰るものなんでしょう?ボクもやってみたかったんですよ」 「え、あ、う、うん、そ、そうね、そうよねー」 最初は戸惑い、その戸惑いから段々喜びへと変わり、真っ赤に頬を染めているのに、その目は嬉しそうに煌き、表情はとても可愛らしく光りでも満ちているかのように輝いていた。 そんないのの笑みにつられて、自然の笑みを零したサイは、いのの重たそうな荷物を反対の手に持つと、二人揃って少しだけ振り向き、会釈して岐路につく。 少しずつ少しずつ近づいて来て付き合い始めた二人ではあるが、今日はいちだんと恋人らしい感じがして、微笑ましくなってしまう。 いのと一緒にいるようになって、大分人間くさくなってきたな……と、ナルトもどこか嬉しそうに口元に笑みを浮かべ、ヒナタもそんな二人の後姿を優しく見守る。 「じゃ、最後は私たちね」 「さっさと済ませろ」 その声に引き戻されるように視線を落としたナルトとヒナタを見上げる、サクラとサスケ。 サスケはとりあえず、オレは関係ないとばかりに腕を組んでしまいそっぽ向く。 どうもこう、改まった挨拶など、仲間同士では恥かしいようだと感じたヒナタはくすりと笑い、ナルトは『やっぱ、どこ行ってもサスケはサスケだってばよ』と胸中で呟いた。 「ヒナタのおかげで、今年はやっと食べてもらえるチョコを贈れたわ、ありがとう」 「ううん、サクラちゃんの努力の結果だと思う」 「ただ、チョコ刻んで溶かして流し込んだだけなのにね」 「……えっと、そ、そこで無闇に色々と足そうとするから問題が……」 「え?そういうもんなの?」 サクラの言葉に、サスケとナルトは昔のチョコたちがどうしてああいう味になったのかが理解出来たような気がして、少し青ざめ口元を覆う。 辛かったり酸っぱかったりしょっぱかったり、言葉に出来ない奇妙な味だったり…… 「え、えっと……とりあえず、お菓子はレシピ通りに作れば大丈夫だから。んと……あ、アレンジしないで、まずは、そこからしてみたら良いんじゃないかなって……お、思ったり」 「ふーん、そういうもんなのね。うん、わかった、やってみるわっ」 「う、うんっ」 しきりにコクコク頷くヒナタの視野に入っているサスケとナルトの青い顔は、サクラの前歴を垣間見たような心持で、必死にそれだけは阻止しないと、そのうちサスケくん倒れるかもしれない……そしたら、イタチさんも悲しむよね……と、どんどん、知っているうちはの人々の顔を思い浮かべてしまい、ぶるりと体を震わせる。 「トマト入れてみようと思ってたのになぁ」 ぼそりと呟いた言葉を聞いた3人は、ぎょっとしてサクラを恐る恐る見ると、彼女は『なぁに?』とばかりに首を傾げて見せ、それに一同はなんでもないと必死に首を振った後、何も聞かなかったことにしたほうが良いかもしれないと背中に流れる嫌な汗を感じながらも平静を装う。 「そ、それじゃ、サスケ、そろそろ帰れってばよ」 「おう……そうしたほうがいい……な」 「う、うん、それがいいと思う……お、お気をつけて……」 「ああ、邪魔したな」 どこか平静さを装えていない挨拶をしあいながら、1人どうしたんだろうと可愛らしく首を傾げているサクラに誰も言葉を返せるはずも無く、サスケは仕方ないとばかりに頬を少し赤らめながら手を差し出した。 「え、さ、サスケくん!?」 「他の二組がしてて、オレがしねぇってのも……な」 「いい口実だな、サスケちゃんっ」 「うるせぇよ、ウスラトンカチっ!」 サスケとナルトがいつもの軽口の応酬をやっている中、サクラははにかむように微笑むと、差し出されたサスケの大きな手の上に自らの手を乗せて、こみ上げてくる幸せを噛み締める。 その光景に、昔は1人置いていかれるような気持ちで見ていたな……と思い出したナルトは、もうそんなことを思うこともないと、自らに笑ってやった。 (だってさ、二人は変わらねェし、オレの傍には……こんなに最高の奴がいるじゃねーか) ソッと寄り添い、陰となり日当となりて自らを支えてくれる存在。 誰よりも優しい彼女の手をソッと取り、重ね合わせて指を絡ませれば、彼女の方からも軽く握り返されて、ナルトは胸に広がる喜びに口元をほころばせた。 「じゃあ、また明日な」 「またねっ!」 「また、明日だってばよ」 「気をつけて帰ってね」 やはり付き合っている期間が3組の中で一番長いサスケとサクラは、慣れたように寄り添い、だけど、互いの持つ一定の間隔を持って歩き出す。 そんな二人らしい付き合い方をナルトは苦笑して見送ってから調理室の窓を閉める。 「さて、オレらも帰るか」 「うん、あまり遅くなると父上も心配するものね」 「あー、今日は遅くて良いってさ」 「……え?」 ナルトから出た意外な言葉に、ヒナタは目を瞬かせて、どうして?という顔をすれば、彼はポケットから携帯を取り出して、ポチポチ操作した後、なにやらメールを見せてくれる。 そこに書かれていた文章は…… 『今日はハナビをバレンタインデーの為の食事に招待しようと思う。ヒナタはキミが接待してやってくれ。夕食の心配はいらん。ただし、明日も学校故、あまり遅くならんようにな』 「……えっと……え?ち、父上とメール……?」 「ああ、時々やってんだ」 へへっと笑ってみせるナルトに対し、ヒナタも苦笑を浮かべると、携帯電話を取り出して操作し、メールの受信ボックスを見せた。 その受信ボックスはナルトと同じように仕分けされていて、まず一番上に『ナルトくん』という項目があり、次いで『家族』その次に『お父さん・お母さん』という項目がある。 「うん?お父さん、お母さん?」 「えっと……そ、そう……呼んで欲しいって……」 「まさか……」 そんなことを注文する相手などあの夫婦しかいないとばかりにナルトは顔を引きつらせてしまい、何だかお互い同じような事をしている事実に苦笑さえ浮かんでしまう。 互いの親と仲がいいのは良いことだと思うし、今後のことを思うと、それも必要かもしれないと互いに顔を見合わせて笑ってしまった。 「うちの親が変なこと言ったら相談してくれよ?」 「ナルトくんもね?」 「約束……だな」 「うんっ」 二人して小指を突き出してから絡め、堪えきれない笑いを口元に見せて肩を震わせて笑う。 今頃ハナビとヒアシは親子仲良く食事へ行く準備をしているだろうし、ナルトの両親であるミナトとクシナも仲睦まじくしているに違いない。 「じゃあ、夕飯、ナルトくん、何が食べたい?」 「んー、そうだなー、何がいいかな」 「一緒に献立考えながら買い物しよう?」 「ああ、ソレがいいな。きっとまた商店街のおっちゃんやおばちゃんたちが、何か良いもの入ったって声かけてきてくれるだろうしさっ」 「うんっ」 「よし、それじゃ、ここ片付けて商店街へ繰り出すってばよっ!」 「はいっ」 二人して腕まくりをして、忙しく動き出す中、辛うじて見える影が重なっては離れ、離れては重なる。 離れるといってもほんの一瞬の事で、すぐにどちらともなく寄り添う様は、この先の二人を示唆しているようであり、微笑ましくも感じられた。 最後は邪魔されてしまったが、バレンタインデーはこれからかもしれないと、ナルトはニヤリと笑い、いまだ残っているテマリから貰ったチョコをチラリと見やる。 (あとでのお楽しみだってばよ) 残っているマフィンをラッピングしているヒナタに気付かれないようにこっそりと笑ったナルトは、ヒナタに頼まれた道具を入れた箱を高い棚の上に仕舞いこみ手をパンパン叩いて埃を払いながら彼女の後姿を愛しげに見つめた。 「ヒナタ」 「なにかな」 「サンキューな」 「……え?」 不思議そうに振り返る彼女にナルトは笑みを深め、その笑みに篭められている色々な想いに気付いたヒナタは首をゆるやかに左右に振ると、瑞々しい唇で笑みの形をつくりナルトを愛しげに見る。 彼女から溢れ出すような愛情と優しさに、ナルトは眩暈がするようでいて、苦しくて甘い感情を噛み締めながら近づいていく。 「私こそありがとう」 そのありがとうに篭められた、様々な想いを受けとめ、ナルトはへへっと笑うと彼女の体を力いっぱい抱きしめる。 むせ返るような幸せを運んでくれる彼女の存在のおかげで、寂しさは感じられない。 仕事で忙しい両親の愛情だって感じられるのに、時折襲ってくる寂しさ。 それを、見事に拭い去ってくれた存在は、腕の中で赤くなりながらも柔らかく微笑んでくれていた。 (やっぱ……ヒナタが一番甘ェってばよ) 知りうる限り触れた彼女の存在は、全てがチョコや砂糖菓子より甘くて、後に引く。 時々ほろ苦く感じるときもあるが、それすらも愛しい存在。 全てを味わいつくすのに、これからどれだけの時間をかけなくてはならないのか想像すらできないし、味わい尽くしたからといって手を離すつもりもない。 いや……きっと生涯かけたとしても、彼女の全てを知り得ることはないだろう。 そんな、とりとめもないことを考えながら、ヒナタという愛しい存在を全身で感じたナルトは、何よりも甘い甘い彼女の香りを胸いっぱいに吸い込むのであった。 〜 Happy Valentine 〜 |