はじめてのクリスマス番外編 艶宴 前編





「私の酒が飲めないっていうのかいっ!?」

「……あー、もー、オレ、どーすりゃいいんだってばよ」

 クリスマスパーティーをうずまき家ですると宣言された後、申し渡された時間に遅れず集まった一同は、飲み物や食べ物を持参し、賑やかなひと時を過ごしていた。

 夜も更け、眠たくなったーと瞼を擦っている煌を寝かしつけに二階へ行ったヒナタを見送ったナルトは、一瞬無防備になり、その瞬間を見逃さず背後から近づいた綱手に捕まってしまい、現在に至る。

「大体、お前はもう一家の大黒柱なんだから、酒くらい飲めないと、格好がつかないだろ?」

「でもさ、オレ飲んだことないんだぜ?」

「大丈夫だっ!ホラ見ろ、そういう連中がその辺にゴロゴロしてるじゃないか」

 何故かとても素敵な笑みを浮かべて指し示す先には、同期メンバーが何故か苦悶の表情を浮かべて転がっていた。

 中でも、サスケは青い顔をしているし、反対に黙々と平然とした顔をして呑んでいるのはシカマルである。

 チョウジは酒より料理だし、リーなどは暴れて大変だったので、皆が総出で落としたばかりだ。

(ゲジマユの酒乱、ありゃ大迷惑だっつーの。オレがもし暴れたら……どーすんだ?綱手のばあちゃん)

 暴れないという保証は無い。

 しかも、己が暴れ出したら各方面に被害大なのは自覚しているし、何よりヒナタを泣かせたくは無い思いが強かった。

 不安げなナルトの様子をよそに、呆れてうつらうつらと眠っている赤丸の横でビールをあおるキバと、その隣で黙々と酒をかたむけるシノの対照的な様子がとても気になりはしたが、果たして自分がどういうことになるのか、未知なる領域である酒という飲み物は、とても危機感を覚えさせただけで呑みたいとは思えない。

 これが、ヒナタと二人、少しだけ呑んでみようかという状況であったならば、ここまで警戒もしなかっただろうと思えた。

 それほど、同期メンバーの酒に呑まれた姿は凄すぎるの一言に尽き、先ほどまでは煌がいたから遠慮していた綱手も、今を逃して機会はないと万全の準備で挑んできている。

 つまりは、逃げる事は叶わないのだ。

 どうすべきかとカカシとヤマトに視線を走らせれば、さすがは大人と言うべきか、自分に合った呑み方や酒の量を理解していて、暴れたり正体をなくしたりはしていない。

「オレにも、あの醜態を晒せと……」

「どうなるかは、お前次第さ」

 同期メンバーのぐったりした様子を見ていれば、とても呑む気にはなれないが、そんなことを言って納得してくれる綱手ではないのは理解しているだけに、次の手が思い浮かばず、ナルトは内心ヒナタに謝りながら、注がれた酒に口をつける。

 意外とサラリとはいっていく口当たりに首を傾げ、一瞬だけ喉の奥に強いアルコールの感覚を覚えるが、それほど不味いワケでもない。

(今度ヒナタと一緒に、少しだけ呑んでみるか……少し酔った加減のヒナタは、すっげー色っぽいだろうな)

 そんな事を考えれば、口元が緩み、脳裏に昨夜の出来事が思い出されてナルトは目を細めてしまう。

 上気した頬と潤んだ瞳から零れ落ちる涙と、半ば開かれた唇から零れ落ちる甘い吐息と声。

 ひとつになった時のあの瞬間に見せる、充足感に満ちながらも女の色気を全開に零す甘い嬌声は理性なんて簡単に突き崩してくれた。

(くそっ!今日もヒナタとイチャイチャする予定だったのに、邪魔しやがってっ!)

 ぐいっと杯に残った酒を一気にあおったナルトは、ふぅと息をつく。

「おー、結構イケル口じゃないか」

 お銚子に入っている酒を再び杯に注がれたナルトは、それに口をつけて、くいっと呑むが、先ほど不味いと大騒ぎしていたいのや、顔を顰めたサスケほどでもなく、抵抗無く呑めた。

「ふふ……まさか、お前と酒を呑める日が来るとはねぇ……嬉しいねぇ」

 酒で酔って、顔を赤くしながらも、どこか嬉しそうに頬を綻ばせ、ナルトの盛った杯になみなみと酒を注ぐ綱手は、目をゆるりと細める。

 出会った頃は少年だった。

 しかし、今では立派な青年へと成長し、愛を知り、擬似とは言え家庭を持ち、立派に父親としての貫禄を最近は漂わせ始めている。

「お前の傍に、ヒナタがいてくれて良かった。煌がお前たちのところへきてくれて良かった。……心からそう思うよ」

「ああ……オレもそう思うってばよ。ヒナタがいてくれたから、オレは……揺るがねェ、大事な心を知ることができた。煌がいたから、父ちゃんが言ってくれた言葉を本当の意味で理解することができた」

 くいっと杯を傾け、ナルトはほぅと息をつく。

 心の奥底に眠っている、普段は口にできないような、そんな言葉がスラスラと出てきて、ナルトは自然と浮かぶ口元の笑みを隠す事も無く口を開く。

「オレは、煌を信じてるってばよ。アイツをどこまでも信じてやるのが親の務めだ。んでもって……ヒナタにすっげー感謝してる。オレが無茶すりゃ、ちゃんと叱ってくれて、自分を大事にするってことを教えてくれる。オレってば、少しわかるようになったんだぜ?……だから、すげー愛しい。今は擬似夫婦だけど、オレはぜってーアイツを嫁さんにして煌に弟か妹をって思うんだってばよ」

 饒舌に語るナルトの言葉を、目を細めて嬉しそうに聞きながら、綱手はうんうんと何度も頷き、その光景が見えるようだと、ツンッと鼻の奥が痛んでじんわりと涙が浮かぶ。

 きっと、煌も実の子も分け隔て無く育み、絶対に手を離すことの無い両親の元で、元気に子供たちはすくすくと育っていくのだろうと思えば嬉しくてしょうがない。

 テンテンの『アタシの酒が呑めないっていう〜の〜!?』という攻撃を避けながらナルトの言葉を聞いていたネジは、漸く自分の膝の上で眠りはじめた彼女の解けた髪を撫でつつ、反対の膝に眠るリーの頭も撫でて苦笑する。

 壁にもたれ座り込んでいるサスケと、心配して水を運んでいるサクラ。

 さしつさされつ酒を酌み交わしているカカシとヤマト。

 少し酔いが回ったのか、サイにしがみつき甘えているいのと、それを呆れた様子で見つめているシカマルとチョウジ。

 抱きつかれているサイは、少しだけ困ったような顔をしていたけれども、仕方ないかと苦笑を浮かべていた。

「ま、そう思いながらも避妊してたら、子供はできないと思うけどねぇ」

「あー、すぐってワケじゃねーし。まだ早いってばよ。煌の育児だけでもまだ大変だしさ、もう1人ってなったら、オレは良くてもヒナタの体がもたねーって」

「なんだ、ちゃんと避妊しるのかい」

「そりゃ今出来たらマズイってばよ」

「確かに、婚姻を結んでいないだけに、まだ無理か……それにお前は体力バカだから、色々と苦労しそうだねぇ、ヒナタのヤツは」

 ふっと笑われて言われた言葉がなにを指しているのか感じ取ったナルトは、淡々と綱手の言葉に言葉を返す。

 二人が瞬く間にお銚子を開けてしまい、お銚子では間に合わぬと四合瓶の酒に手をかけ、迷う事無く杯に注いだ。

「一応オレだってセーブしてるってばよ」

「お前のセーブは人並みじゃないだろうが」

「回数はセーブしてるってば」

「二桁」

「いってねーよ」

「半日」

「煌あずかってくれたら出きるけど、そんなことしたことねーし」

「ほお、お前にしちゃと考えて行動してるんだねぇ」

「あったりまえだっつーの。オレは良くても、アイツ絶対我慢しちまうだろ?辛くなってやっても意味ねーじゃん」

 ぽんぽん交わされているあまりにも赤裸々な会話に、周囲が固まっているのに気づかない二人は、テンポ良く酒を酌み交わし、どこか赤らんだ顔のまま会話を続ける。

 地べたに敷かれた座布団の上に座り、とうとう一升瓶を出してきた綱手の酌を受けながら、ナルトはぐいっとそれをあおった。

「大体、煌がいるのに、そうそうできねーよ」

「そうだねぇ、じゃあ、夫婦の定番、子供が寝た後で……か」

「寝てキッカリ二時間後に目を覚ますから、ソレが済んでからだってばよ」

「ふーむ、中々に時間制限があるのか」

「まー、ソレがわかるまでは、色々……すげー……大変だったっつーか……オレ泣きそうになったときもあるってばよ」

「子供は無邪気だからねぇ」

「良い雰囲気だったのに、ぶっ潰されたのは数えるのも嫌になるってば」

 どこかとろんとした顔をしているナルトは、完全に酔っている様子で、綱手も同じような雰囲気のまま言葉を紡いでいるのだが、同期の夜の夫婦生活について暴露されても……と、他の面々はどうしていいかわからず、顔を見合わせる。

 しかも、あのヒナタが相手なのだ。

 帰ってきて聞いてしまったら、部屋にこもって出てこなくなる可能性もある。

 寧ろ、その場で夫婦喧嘩など、もっと遠慮したい。

 満場一致で、ナルトから酒を取り上げようと決意した一同は、まずは綱手から一升瓶を引き剥がし、ナルトの杯を奪う。

「呑みすぎだ、ウスラトンカチ」

「サスケ、もう大丈夫なのか?」

「あ、ああ……お前の方がヤバイだろ」

「そうか?何か……いい気分だってばよ」

「ソレ、酔ってるんだよ」

 困ったようにサイがそう言って苦笑すれば、サクラが水を差し出し、ナルトはそれをぐいっとあおる。

 別段、会話が妖しい方向へ向かっていただけで、ふわりと笑うナルトにあまり劇的な変化は見られない。

 どうやら少し酔いが回った程度らしいと全員がホッと息をついた時であった。

「どうしたの?みんな集まって……」

 煌を寝かしつけたヒナタが階段を下りてきて不思議そうに一同を見渡す。

「あー、綱手のばあちゃんに勧められて、ちーとばっかし酒を呑みすぎたみてーだ」

 酔いで頬を赤くしているナルトが心配になって駆け寄ってきたヒナタは、ソッと覗き込み声をかける。

「大丈夫?」

「ああ」

 添えられた手の冷たさに目を細めて頷いたナルトは、うっとりとその手を握ろうかどうしようかと思案しているのに対し、ヒナタは具合が悪くなったのかと思い、まずは酔いを冷まさねばと、よく日向の大人たちが水を飲んで静かに縁側で涼んでいたのを思い出し、ナルトにもそうしてもらおうと、まずは水が必要かと問いかけた。

「お水……いる?」

「もう一杯くれるか」

「うん、待っててね」

 ナルトが手に持っているグラスを受け取ると、キッチンの方へと歩いていくヒナタを見送り、そんな普通のナルトの様子に、案外コイツ酒強いんじゃねーか?サスケとシカマルが胸を撫で下ろし、嫁が来たなら任せても大丈夫だろうと、それぞれ先ほど自分がいた場所へと戻り、再び酒を酌み交わしはじめる。

 カカシとヤマトはジーッとナルトの様子を見ていたが、ひそひそと声を潜め、二人で話し始めた。

「酔ってると思う?」

「十中八九そうでしょうね」

「あ、やっぱり?」

「大丈夫ですかね」

「うーん……ま、どうしようもなくなれば、どうにかしましょ」

「ですね」

 二人して気軽に考えてそう呟き頷きあうのだが、コレが間違いだったと後で深く後悔することになるのだった。








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