はじめてのクリスマス 前編




 青く透き通るような空は、雲も塵もひとつもないような、そんな澄み切った青をしており、ぬくもりよりも寒々しさを感じさせ、現に里を吹き抜ける風は冷たく、地面にある小さな水溜りは薄氷を貼り、踏みしめればパキリと小さな音がする。

 そんな冷たい風の中、寒いこの時期でもあたたかな光であるように思える金色の髪を靡かせ、空の青よりも深く、大きく包んでくれそうな柔らかさを持った蒼い瞳は木ノ葉の里の商店街の方角を見つめており、その視線の先には、青紫色の長い髪を揺らめかせながら、優しく微笑み、品物を見つめて店主と交渉をしていた女性がいた。

 白い肌は雪のようで、その唇は桃の花びらを思い浮かべさせる。

 何よりも綺麗だと思える薄紫色の瞳は、朝焼けの空のようであった。

 可憐な彼女を優しく見つめていた金色の髪の青年……この里で知らぬ者などいないほど有名である『うずまきナルト』は、蒼い瞳を細めながらどうやら交渉が成立した様子の品物を受け取り、御代を払おうと財布を開く彼女を視野におさめながら、滑らかな動きで店主に近づく。

「おっちゃん、ほい、コレ」

「はいよ、まいどありー」

「ナルトくんっ!」

 青紫色の髪の彼女が財布からお金を出す前に、自分の財布からお金を取り出し、店主に渡し終えたナルトは、ニッと笑って抗議の声を上げる彼女に優しく微笑みかけた。

「いいじゃん」

「よ、よくないです……あ、あまり、私を甘やかしちゃ……ダメだよ」

 と、困ったような顔をしている彼女が抱えていた大きな荷物をひょいと受け取り、ナルトは彼女に顔を近づけ悪戯っぽく微笑む。

「んー?こんなもんで甘やかしたことになんのかってばよ」

 ヒナタはナルトの悪戯っぽい笑みにドキリと心臓を高鳴らせながらも、何とか口を開いた。

「な、なりますっ」

「ならねーよ……ヒナタはもっと、オレに甘えろって」

 日向一族独特の瞳を煌かせ、それでいながら、眉尻を下げて困った顔をしている彼女を片腕で引き寄せたナルトは、軽く額にちゅっと口付けしたあと、おつりを持って出てきた店主から受け取り財布の中へとしまいこむ。

 その間、口付けられた額を両手で押さえていたヒナタは、『もうっ』と小さく唇を尖らせて抗議の声を控えめに上げる。

 甘やかしてくれるのが嫌ではないし、額の口付けだって嬉しい。

 ただ、素直になれないというか……気恥ずかしいし、もっとダメなことはダメだって言って欲しいという気持ちがあるのにも関わらず、際限なく甘くしそうな彼に、どうしたものかと頭を抱えた。

 印を結び出現した影分身に荷物を預けたナルトは、振り返り眉尻を下げたままのヒナタを見る。

「そんな顔すんなよ。それよりも、笑顔やキスのひとつでもくれたほうが嬉しいぜ?」

「……う、うぅ……」

 完全に困った顔をしてしまったヒナタに、ナルトはくくくっと低く笑い頭にぽんっとその大きな手を載せれば、彼女は反撃とばかりに、ナルトに聞こえる程度の小さな声で呟く。

「家……に、帰ったら……ね?」

「お、おう……」

 自分から言ったくせに、いざ、そう返されると真っ赤になってしまうナルトを、密かに可愛いなぁ……と、ヒナタは思いながら、二人は冷たい手をあたためるように自然と繋ぎ合わせる。

 指と指を絡めて、俗にいう恋人つなぎという繋ぎ方をしてから、顔を見合わせ同じように笑った。

 どこからどう見ても幸せそうな二人の様子に、自然と商店街の店先に出ていた店員たちも口元に笑みを浮かべてしまうほど、初々しくも可愛らしい二人。

 その二人がこの商店街に揃って姿を見せ始めた頃は、興味津々と言った風情であったが、今では見慣れてしまった光景であったとしても、どれほど時間が経とうとも、互いへの心遣い溢れるやり取りに頬を緩めてしまう。

「荷物は影分身に任せたから、オレたちは今晩の飯とか考えながら、もう少しブラブラしようぜ」

「う、うん」

 ぎゅっとこめられた手の力に頬をほんのり染めたヒナタは、嬉しそうにそぅっとナルトに寄り添い、仲睦まじく歩き始めた。

 そんな時である。

 今までどこかで何かを物色しているのだろうと思っていた白い物体が、ぴゅーんっと飛んできて、かなりの速度でナルトの鳩尾辺りにぶち当たったのだ。

「とーちゃっ!」

 どごっと、鈍い音がしたと同時に走る痛みを堪えながら、ナルトは震える声を出す。

「ぐぉ……お、お前……なぁ……」

 自分の腹部にしがみついている白い毛玉を見つめて、ナルトは低く呻くと、心配そうにヒナタはナルトと煌を交互に見つめて、オロオロし始める。

 かなり痛かったのか、ナルトの目尻に涙が浮かんでいたのだが、次に飛び出した煌の言葉に、二人は『うん?』と首を傾げることとなった。

「くり、す、ます、ってなーに?」

「は?」

 可愛らしい声で紡がれた言葉。

 時々自分の息子は、本当にワケのわからんことを言ってくれると、ナルトは眉根を寄せてうーむと唸り、隣で同じようにキョトンとしている妻(予定)の日向宗家嫡子ではあるが、いまや廃嫡し、うずまき姓を名乗る予約を快諾してくれた彼女を見つめた。

「クリ……栗?酢?鱒?……何かの料理の材料か?」

 料理ならばヒナタの出番だとばかりに、ナルトはこの難問を解決してくれるだろうという期待を篭めた視線をヒナタに向ければ、彼女は苦笑を浮かべて、小さく首を振ると、その小さな唇を動かして音を紡ぐ。

「違うよ、ナルトくん。多分、クリスマスだよ」

 聞きなれた言葉に、ナルトも目を数回瞬かせてから、納得したように大きく頷いた。

「あー、もうそんな時期かってばよ」

「そろそろ、私たち全員が借り出されるね」

「だなー。毎年この時期は夜中まで走らされるってばよ」

 ウンザリとした顔をしたナルトに対し、クスクス笑うヒナタ。

 そして、そんな両親の対照的な様子に、いったい何事かと煌は首を傾げてタシタシと尻尾をナルトの腕へと打ちつける。

「あー、クリスマスっていうのはな、いい子にしていると、サンタさんって人からプレゼントを貰えるんだ」

「きらも、もらえるー?」

 その無邪気な返答に、ヒナタもナルトも顔を見合わせ、『あっ』という顔をしたかと思うと、示し合わせたようにコクコクと頷き、ナルトの大きな手が煌の頭を優しく撫でた。

「勿論、煌はいい子だから、ちゃーんと貰えるってばよ」

「きら、いい子っ!」

「うん、煌は良い子だものね」

「とーちゃ、かーちゃ、サンちゃ、いつ、くるーっ」

「えーと、24日の夜、良い子で早く寝てたらちゃーんと来てくれるってばよ」

「きら、いいこで、ねるーっ」

 ぱたぱた羽をばたつかせて言う煌の様子に、ナルトもヒナタもこれは失念だったという顔をして視線だけを交わすと、小さく頷きあう。

 アイコンタクトで、ある程度の意思疎通を行ったナルトとヒナタは、とりあえず、本日の買い物を済ませてしまおうと商店街の中を親子三人で歩き出すのであった。






 その夜、煌が眠ったのを確認したナルトは、まだ居間にいるヒナタと話をすべく、寝室を出て下へと降りていく。

 案の定、彼女は一生懸命煌の為にマフラーを編んでいるところであった。

 ナルトはそのままキッチンへと向かい、ホットココアを淹れたマグカップを二つ持って再び居間へと戻る。

 ピッタリと寄り添うように座ろうかと考えたのだが、彼女の背中が寒そうだな……と感じたナルトは、ニヤリと笑ったあと、テーブルにマグカップを置いてから、ヒナタの体を包み込むように後ろから抱きしめ座った。

「ひゃっ……あ、あの……ナルトくん?」

「背中、すげー冷てェ」

「そ、そう……かな?うわぁ……ナルトくんってすっごくあたたかいね」

 後ろから抱きしめて座っていれば、彼女はほぅと息をついてゆったりと身を預けると、再び手を動かし始めた。

「ソレ、ヒナタからのプレゼントだろ?」

「うん、煌のマフラーでお終い」

「でさ、今日言ってた、サンタさんのプレゼント、どーする?」

 ヒナタのおなかに両腕を回して抱きついたナルトは、彼女の右肩に顎を乗せて、甘えるように少しだけ体重をかける。

 すると、彼女はそれを感じてか、くすくすと楽しそうに笑ってから、肩に顎を乗せているナルトのほうへと頬を少しだけ寄せてすり合わせ、目を細めた。

「そうだね……何がいいかなぁ」

「ヒナタは、そのマフラーがプレゼントなんだろ?」

「うん……ナルトくんは?」

「んー……実は、まだ迷ってんだよな。ヒナタのはもう決まったんだけどさ、煌のは何がいいのかイマイチわかんなくってなー」

「……え?」

 キョトンとしてナルトを見つめるヒナタの様子に、ナルトのほうは、煌のプレゼントが思い浮かばないことが意外だと思われたと思い、唇を尖らせる。

「だってさ、子供が何を喜ぶかなんて、オレわかんねーよ」

「え、あ、そ、そうじゃなくて……あの……わ、私?」

「は?あー、ヒナタのプレゼント?そりゃあるだろ?……もしかして、ヒナタ……オレの……無い……とか?」

「ううん、ナルトくんのは準備してるよ?」

「だったら、おかしくねーじゃん。何でお前は自分のだけないなんて思うんだよ」

 更にぎゅぅっと抱きしめて耳元で囁けば、ぴくんっと反応した後、ぽろりと手元から編み物が落ちて、思った以上に好い反応を返してくれるものだとナルトはほくそ笑んだ。

 煌が寝てから一度起きるまで、約2時間。

 この間が二人きりの気兼ねのない、恋人としての時間だと、ナルトは思いっきり甘えたいし甘えて欲しいとスキンシップもシッカリと取る努力をしていた。

 どうも自分のこととなるとどこか遠いところへ置いてきてしまうヒナタである。

 一緒に住み始めてからソレを痛いほど理解したナルトは、彼女が日常という生活の中では言い辛い望みや言葉を、自分だけに伝えて欲しいと何度言っても中々実行出来ないことも理解した上で、日常とは違う、二人だけの時間を持つようにしたのだ。

 それが、この限定2時間である。

 時折、その2時間と煌が再度寝た後の1時間前後……あまり遅く寝ると、翌日に響くこともあるので、あまり長い時間はとれないのが残念ではあるのだが、それでも毎日きっちりと、恋人同士としての時間を持ち、彼女の言葉に耳を傾け、そしてナルト自身も伝えたいこと話したいことを、その時間にあてるようにしていた。

 煌の話しになることも多かったが、そういう場合でも、こうしてスキンシップを忘れない徹底振りである。

 最初は恥ずかしがり、真っ赤になって腕の中に納まっているという状況を繰り返し、何とかいまの状況まで漕ぎ着けたのは、ひとえにナルトの努力の成果であった。

「だ、だって……そ、その……クリスマスプレゼントなんて……は、はじめて……だから……」

「……そっか」

 ぎゅぅっと力を篭めて抱きしめれば、どうしたの?という顔をしてナルトを見つめるヒナタの目と目があったが、ナルトは何も言わずに更に力を篭める。

「ナルトくん?」

「……嬉しいってばよ。ヒナタのはじめて、オレが出来んだな」

 熱い吐息と共に吐き出された言葉に、ヒナタはぴくんっと反応して先ほどから作業が出来なくなっている手元をジッと見つめて首筋に感じる熱い吐息がかかる感触に体を震わせた。

「ヒナタ……」

 そのナルトの声の微妙な違いでナルトの意図を感じ取ったヒナタは、目を閉じて首筋に触れるだろう唇に意識を向ける。

 ナルトの行動は、ヒナタが予測したとおりであり、首筋にまずは唇を寄せ、ちゅぅ……と口付けそのあと感触を確かめるように這っていく。

「んっ……」

「この時間……オレ、大好きだ」

「わ、私……も……あ、も……ナルトくん、相談……途中だよ」

「あー、そうだった」

 甘い吐息と共に吐き出された言葉に、ナルトは残念……と、内心呟きながら、うーむと低く唸る。

 悩んでいるのは事実。

 子供の欲しい物と言われても、ナルト自身の過去の記憶を掘り起こしても、やはりクリスマスプレゼントなるものを貰ったためしがない。

 そして、考えたこともないが故に、思い浮かばないのだ。

 うーんと唸るナルトの声を聞きながら、手元の赤いマフラーを見て、ヒナタはくすりと微笑むと、何気なく口を開く。

「ねぇ、ナルトくん」

「ん?」

「私のプレゼントを用意したときって、何を考えてた?」

「んー?あー……コレ、ヒナタに似合うだろうなって、一目見て気に入ったんだってばよ」

「それでいいんだと思う。きっと、煌のプレゼントも、そういうものが見つかるんじゃないかな?」

「……ヒナタのを見つけた時みてーにか」

「うん」

「んー……じゃあさ、もう少し粘ってみるってばよ」

「ナルトくんだったら、大丈夫。きっと見つけられるよ」

「ヒナタの煌のプレゼントが真っ赤なマフラー……か……いいよなあ……手作り」

 むすっと口を尖らせて言うナルトに対し、ヒナタは目をぱちくりさせて苦笑すると、首筋に顔を埋めてしまっているナルトに聞こえるように小さな声で呟いた。

「ナルトくんのプレゼントも、私の手作りなんだけど……」

 ぴくり……と、反応したナルトは、ガバッと勢い良く顔を上げてヒナタを見つめる。

 その横顔はとても優しく、柔らかく、愛しさに満ち溢れていた。

 全身を震わせるような感動を覚えたナルトは、愛しさの余りに力加減を忘れたようにむぎゅぅっと抱きしめ、ヒナタは驚いて声を上げてしまうがそれも関係ないとでも言うように、ナルトは愛しい彼女を全身で感じる。

「ヒナタ、大好きだってばよっ」

「あ、あり……がとう……」

 赤くなりながら礼を言ったヒナタは、ぎゅーと抱きしめたまま嬉しそうに笑うナルトに、胸をいっぱいにしながら、こんな優しい時間がずっと続けばいいと微笑む。

 そして、無邪気に笑う彼が心穏やかにいてくれればいいと願わずにはいられないヒナタであった。







  index