意味の意味 6




 体が思うように動かず、ただ熱に浮かされるようなだるさを感じながら重い瞼を何とかこじ開け意識を取り戻したヒナタは、見たことのある天井に首をかしげた。

「あ……れ?」

(ナルトくんの……家?)

 自分の意志が全く反映しないような違和感に満ちた苦しさを感じつつもあたりを見渡せば、確かに記憶にあるナルトの寝室。

 ナルトの性格から乱雑に物が置かれているだろうイメージの強い彼の部屋は、実はそうではなく、必要最低限の物しか置かれておらず、特に寝室などは、どこか無機質さを感じさせる。

 そう、そう感想を持ったのは二回目だとヒナタは思う。

 そして、その無機質な空間の中に、唯一色を放っているのが、旧7班の写真。

 それと……第四次忍界大戦が終わってから、同期メンバーで集まって撮った大きく賑やかな写真。

 コレは、自分の部屋にもあるものだと、視線を向けてジッと見つめる。

 そう……いのが気を遣ってくれて、ナルトの隣になるように配置してくれた写真。

 今でも覚えている……とヒナタは目を細めた。

『ヒナタ、下じゃねーって、アッチ、カメラ見ろよ、ほらっ!』

 脳裏に蘇る声と、自然な仕草で肩にまわされた腕、そして反対側の手でカメラを指差すその仕草。

 えっと驚き見た写真のレンズ。

 その瞬間にバッチリ合わせて撮られた写真は、ナルトの手がヒナタの肩を抱いたままで、後から皆に冷やかされたものだと思い出し苦笑する。

 ふと昔懐かしい記憶から我に返ったヒナタは、数度目を瞬かせ、何故ここにいるのだろうと首をかしげた。

「え……ど、どうして……」

 ワケがわからず呆然と呟いた言葉に反応したのか、それともヒナタの気配に気づいたのか、ナルトが割とゆっくりとした動作で寝室に入ってくる。

 その動作が何故かいつものナルトではないような気がして、ヒナタは注意深く様子を見守れば、ナルトは口元に笑みを浮かべて傍へと近づいてきた。

 どこか何かを含んでいるような雰囲気を感じ、ヒナタは緊張の息を吐く。

「目が覚めたみてェだな」

 普段の通りの笑顔を見ながら、ヒナタは控えめに声をかける。

「な、ナルトくん、こ、ここって……」

「そう、オレの部屋」

「え、えっと……ど、どうして?わ、私、どうしたの?」

「あー、それも説明しなくちゃならねーってばよ」

 蛇香一族と水の国からの合同捜査の件、ヒナタの身体に残っている毒の効能などをザッと説明したナルトは小瓶をポーチから出してサイドボードに置いた。

「で、ここからが本題だ」

「う……うん……」

 真剣な顔をして言うナルトに、同じように真剣な顔をして頷くヒナタ。

「綱手のばあちゃんが言うには、まだ毒が残留していて、チャクラを練ろうとすると激痛が走るらしい」

「チャクラ…………んっくぅっ!!」

「ば、バカ!何やってんだ!!激痛が走るって言ったばっかじゃねーかっ!」

 ベッドに上半身を起こしたまま、前のめりに身体を抱きしめて耐えるヒナタを支えるように抱えると、ナルトは眉を吊り上げ叱りつけた。

 時折こうして予想外の行動に出るヒナタに、ナルトは深い溜息をついてしまう。

 本当に目が離せない。

「ん……ご……ごめんなさい……でも……試してみたくて……」

「本当に、無茶するヤツだってばよ」

「話の途中で……ご、ごめんなさい」

「いいってばよ、それより今みたいなこともうすんじゃねーぞ……オレの心臓いくつあっても足りねーってばよ」

 ヒナタの背中をさすり落ち着くのを見計らってから、話の続きを開始しようとするが、うっすらと浮かんだ汗を手で拭い、張り付いた髪を横へと流してやる。

 すると、ヒナタは少し上気した潤んだ目でナルトを見つめ、体に篭る熱を吐き出すように息をついた。

「具合……悪そうだな」

「うん……熱が篭ったような……自分の体じゃないみたい……」

 それを聞きながらナルトはスイッと何気なくヒナタの首筋に指を滑らせれば、ヒナタ体が大げさなほど跳ね、わけもわからずヒナタは撫でられた首筋を押さえて真っ赤になりながらナルトから身を離す。

「症状はシッカリ出てるってことか……」

「え、あ……症状……コレ……が?」

「わかるように説明するより、こっちのほうがわかりやすいだろ」

 ジロリと不機嫌そうにナルトはヒナタの首筋を見つめ、それからゆっくりとした動作でヒナタの肩を捕まえる。

 それだけでも体の熱が上がった気がして、ヒナタは脅えたように逃げようとするが、体に力が入らず、くたりとナルトの方へと倒れてしまった。

「な……んで……力が……」

「みんなこうやって、あの男たちに良い様にされたんだな……」

「その方々は……どう……なったの……」

「皆死んだ。殺されたんだ……」

「……酷い」

「お前もその一人になるところだったんだ……」

 低いナルトの声が耳朶を打ち、ヒナタは我知らず息を詰めて何かを耐えるように目を閉じる。

 どんどん上がっていく体温を感じながらも戸惑い、助けを求めるようにナルトへとしがみつく。

「や……変……体が……」

「ああ……すげー熱くなってる……マズイな、オレの精神力が持つか?」

 ナルトは呻くように言うが、視線はヒナタに釘付けである。

 ほんのり紅に染まった頬や、熱く潤んだ瞳、悩ましい吐息を漏らすいつもより色づいた唇。

(くそ……こんな姿、他の奴に見せられるかよっ)

 普段のヒナタからは考えられないほど、女を感じさせる。

 恋焦がれる女が腕の中で見せる姿に、グラグラと揺れる理性を何とか奮い立たせ、ナルトは力の完全に抜けているヒナタの体を支えつつ、説明をしなくてはとカラカラに乾いて張り付きそうな喉を動かし、掠れた声を出した。

「ナルトく……ん?」

 甘い声で呼ばれてしまえば、誘われているのではないかと勘違いしてしまいそうだと、息を詰めて拳を握った。

「その症状は、自然浄化も抽出もできねーってさっき言ったよな」

「……うん」

「水の国で聞いた蛇香一族のねーちゃんの説明では、男の声や匂いに反応すると共に、体の感覚が鋭敏になって痛みすらも快楽に変じるって代物らしいってばよ」

 腕の中であれば、その状況など全て揃っているものだと、ヒナタは泣きそうになりながら、それでももう自分ではどうすることも出来ない体を恨めしく感じながらナルトを見つめる。

「他の連中がいる時に目が覚めねーで良かった……こんな姿、他の奴に見せたくねェな」

 頬に手を伸ばし撫でれば、ヒナタの唇から熱い吐息が漏れて、切なげに眉根を寄せた。

(すげェ……可愛い……てか、すっげー色っぽくねーか?)

 ドキドキするようなヒナタの姿にゴクリと喉を鳴らせて、一生懸命説明をしようと息を整える。

「秘薬は手に入ってるから解毒は出来る」

「そ、そうなんだ……よ、良かった」

「本当に良かったかどうか、まだわかんねーぞ」

「え?」

 小首を傾げてナルトを見ると、先ほどの真剣な顔のナルトの目に、うっすらと熱を帯びたものを感じて、ヒナタは慌てて視線を逸らす。

(な……なんだろう……す、すごく……ドキドキ……する……)

「解毒方法は1つしかねェ。大きなチャクラを有する者が、秘薬を口に含んで唾液で薬を溶かした後、液体化した秘薬とチャクラを練り合わせてヒナタの口に注ぎ込む」

「……え……?」

 意図することが判ったヒナタは、思わず目を見開きナルトを見つめる。

 そして自然とナルトの唇に視線がいって、ナルトの視線もヒナタの唇を見ているのを感じ赤くなった。

「チャクラ量が多い者であれば、誰でもいいらしい……ソレで一応オレが選ばれたってワケだ」

「……な、ナルト……くん……が?」

 ジッと見つめられ、思わずナルトは視線を逸らす。

 これから言わなくてはならない言葉に対するヒナタの反応を見たくはなかったから故の行動である。

 本当は言いたくないという気持ちがそうさせてしまい、こうなってしまえば今度はヒナタの表情を見るのが怖くて視線を合わせることすら難しくなるとわかっていたのに……と、内心己を叱咤しつつも綱手からの伝言を述べた。

「オレが嫌なら他の人でもいいって、綱手のばあちゃんからの伝言だってばよ」

「ほ、他の……人……」

 二人の間に、長い沈黙が訪れる。

 顔も視線も合わせることが出来ず、どうしていいかわからず、相手が何を考えているかもわかるわけもなく、二人はジッと動かない。

 盗み見るヒナタの唇は、相変わらず柔らかそうで、以前触れた指が疼く。

 正直、自分を選んで欲しい。

 自分以外が彼女に触れるなんて、どう考えても許せることではなかった。







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