意味の意味 5




 綱手に呼び出されたナルトは、火影執務室が妙に静かなのを訝しく思いながらも室内へと入る。

 いつもならいるはずの暗部の気配すらない執務室は、秘書であるシズネの姿すらない。

 何かあると思いながらも、ナルトは静かに歩を進めて綱手の前まで来て、小さく溜息をついた。

 ヒナタの事が気になるが、きっとこの場での話はそのヒナタに関する重要な事柄が話し合われるのだろうと、直感で感じていたからこそ黙っているのであって、本当ならば少しでも離れたくはない。

 彼女の状態が、もしも水の国で聞いたような状態であるのならば、目を覚ましたときどうなるかわかったものではなかったからである。

「ヒナタの症状についてだが……」

「ああ、サクラちゃんたちの前で言ったのは極秘事項だったからだろ」

「そういうことだ。簡単に言えば、ヒナタは最期の犠牲者と言うことになる」

「……くっ……そ……やっぱりかよっ」

 相手の口ぶりで理解してはいたが、診断した綱手の言葉となると、やはり重みが違い、ナルトは呻くように呟くと踵を返して病室へと戻ろうとするが、それをいち早く綱手の声が止めた。

「待て、話は終わっていない」

「ヒナタが目を覚ましたとき……どうなるかわかんねーだろ」

「大丈夫だ、あと3時間は眠っている」

「……で、話って……」

 先ほどの解毒剤だと言って打った注射が実は麻酔だったのだと知ったナルトは、綱手のほうへと向き直り、搾り出すように声を出す。

 怒り、不安、哀しみ……様々な感情が複雑に入り混じった顔をしているナルトを見て、綱手は少しだけ驚いたような顔をするが、小さく溜息をついたあと、詳しい話をしなければならないだろうと一度唇を結び、それから静かに語り出した。

「ヒナタの毒の症状だが……お前も聞いていたように、チャクラを練ると激痛が走る。これは、動きを封じるためのものであって、奴らの目的はその後だっていうのは知っているね」

「……ああ」

「女にとっちゃ、許しがたい行為だよ。力ずくで奪われるなんぞ、嫌悪以外の何ものでもない。そして、嫌がる女を従順にするような成分がその秘薬の中にはタップリと含まれている。秘薬を悪用した愚か者さ……蛇香一族の血継限界は、自らのチャクラと体液、そして特定の薬草の3つを用いて使用する秘薬だ。一般的に唾液を使うらしいが……捕まえた奴もそうだったようだね」

「……そうみてーだな」

 感情の篭らない返事を聞きながら、綱手はこれ以上とない程の怒りを内包したナルトを目の前にして、背筋が寒くなるような悪寒を感じ、少しばかり首を竦める。

 このナルトと話をしていたら、命がいくつあっても足りそうに無いと、綱手は内心溜息をついた。

(なるほど、コレがシカマルの言っていた、ナルトの逆鱗……ね)

 瞳は青なのに、九尾化した時の様な威圧感を感じ、そして、滲み出す怒りと殺気。

(これは、早くなんとしてもヒナタに元気になってもらわないと……こっちの寿命が縮まっちまうよ)

 困ったもんだ……と内心呟いたあと、綱手は口を開いた。

「一度取り込まれた秘薬の成分は、摘出も自然浄化もまず無理だ。ハッキリいって医療忍術ではどうしようもない」

「じゃぁヒナタは、チャクラを練る度に身を切り裂くような激痛に苛まれるっていうのかっ」

 ギリリッと歯を噛みしめる音を聞きながら、綱手はナルトの様子をジックリと観察していく。

 目の前のナルトの様子は、まるで大事な女を傷つけられた男そのもののように見えてならない。

 ただの仲間というには、怒りが深過ぎる。

 いや、ナルトの目がそれだけではないのだと告げている気がしてならなかった。

「話はまだ終わっちゃいないよ。まぁ、コレは互いの確認をとってからって思ったんだが……ナルト、お前は了承しそうで安心した」

「は?」

「対処法がある」

「何だ、それだったら先に言ってくれってばよ。オレに出来ることなら何でもするってばよ!」

「その言葉、忘れるんじゃないよ」

 ニヤリと人の悪い笑みを浮かべる綱手に、思わずナルトは頬が引きつりそうになるが、二言はねぇと呟き腹をくくる。

「まず、その秘薬となるものは同じ一族の者から手に入れる事が出来た」

「ならそれを……」

「聴け」

 火影の机の引き出しから取り出された小さな瓶の中には、黄緑色の結晶のようなものが数個。

 色を見るからに身体に悪そうではあるが、秘薬なのだと言われたらそう見えなくもない。

「先ほども言ったとおり、これにチャクラと体液が必要なんだって言ったばかりだろう?この秘薬となる結晶は、蛇香一族の唾液に反応し液体化するように出来ている。」

「てことはあの変態に、またヒナタを触れさせるってのか?冗談じゃねぇぞっ!」

 ナルトが怒りを露に叫ぶのを聞きながら、綱手は小さく溜息をつく。

 全く、怒りで状況が見えなくなる、熱くなる性格なのは変わりようがないのだろうか……と、頭痛すら覚えてしまう。

「あぁ、誰もそんなことは言わないさ。この小瓶に入っている物は一般人の唾液でも液体化できるように調整されたものだ。効果は薄いが膨大なチャクラがその補助をすれば大して差異はないだろう。」

「そうか、良かったってばよ」

「問題はチャクラだ、あの男より大きいチャクラを有する者がチャクラを練り、この薬を口移しでヒナタに飲ませなければならない。それが出来れば、万事解決だ」

「……………………へ?」

 サラリと言われた言葉にナルトは思わず目を点にして、綱手を見つめるが、綱手はフンッと鼻を鳴らして先ほどまでの怒りなどはどこへいったのかと思えるほど、少年らしい驚きに満ちた顔をしているナルトの目の前に小瓶をちらつかせて口元に笑みを浮かべた。

「物分りの悪いヤツだねぇ。唾液で溶かした秘薬使って大きなチャクラで薬の強化をしつつ、ヤツの残存チャクラごと効能を掻き消しゃいいっていってんだよ」

「大きなチャクラ……」

「お前以外に誰がいるって言うんだい」

「……え……ええぇぇぇっ!?オレかってばよ!!」

「日向ヒナタがお前を好きなのは、周知の事実だ。問題はナルト、お前だったんだけどねぇ」

 視線を投げかけられて、ナルトはゴクリと息を呑む。

 悪いことをしているワケではないのだが、知られたくはない事実である。

 ヒナタと自分だけの秘密であり宝物のような気がして、ナルトとしては、できれば口にして欲しくないのだが、ここでは無理だと観念した。

「人払いしていたのは、オレを説得するためだったってことか」

「そういうことだ。できれば好きな相手と……って思うのが女心ってやつだよ」

「オレの意思はどこにあるんだってばよ」

「嫌なのかい?なら、カカシにでも……」

「冗談じゃない!!!ヒナタが穢れるってばよ!!!」

 机をバンッ!と思い切り叩いて異を唱えるナルト。

 自分の担当上忍に対して、あまりの言い様だがイチャパラ命の男であることは周知の事実であるだけに否定もできない。

 そんなナルトの様子に、綱手は勝ち誇ったような顔をした。

「じゃぁ、お前がやるしかないねぇ」

「……オレで……いいのかってばよ」

「今のお前の様子を見ていれば、嫌でもわかる……好きなんだろう?」

「っ!……それはっ」

「サスケやサクラの事を考えてやるのはいい事だ。だが、本当に大事なものを無くす結果になるぞ。お前にとって、ヒナタは失っていい者か?」

 観念したように溜息をひとつついて無言で首を横に振るナルトに、綱手は苦笑を浮かべた。

「じゃぁ、人生の先輩として言っておいてやる。『いつか』なんてあやふやなものに縋るんじゃないよ。忍の世界に生きていたら、明日はどうとも知れないんだ……今を大事にしな。失ってから気づいても遅いんだよ」

 自然と下を向いていた視線を綱手に戻すと、彼女は外を見ていた。

 その視線はどこか遠くて、彼女自身が失ってきた者を思い出しているようであった。

「綱手のばあちゃん……わかった、この件、うずまきナルトが引き受けるってばよ」

「あぁ、はじめての相手に無茶はするんじゃないよっ」

「な、何言ってるんだってばよ!」

「それと、病室だと見舞い客が来る可能性がある。人目につかない……まぁ、お前の家にでも連れて行ってヤレ」

「すっげー卑猥なことするように聴こえるってばよ」

 顔を赤くしながらも何とか反論するナルトに、綱手はフンと鼻を鳴らした。

「合意の上なら私は関与せんから、好きにやりな。ただ、避妊はちゃんとするんだよ?人手不足なんだ、ヒナタに抜けられるのは正直痛いからね」

「なっ!そ、そんなこと出来るわけねーってばよ!!」

 コレでもかというほど真っ赤に顔を染めながら、ナルトは一歩下がり口元を押さえてバクバクと煩い心臓を落ち着けようと努力する。

 その初々しい反応に、綱手はニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。

「なんだい、自来也の弟子の癖にそっちはからっきしなんだねぇ」

「べ、別にいいじゃねーかっ、エロ仙人みてーに手当たりしだいってのも褒められたもんじゃねーってばよ」

「ま、精々相手の歯に歯をぶつけないようにやるんだね」

「……ウッス」

 もう何と言っていいか判らず、ナルトは薬を受け取りポーチの中に入れると、火影の執務室を出た。

 火照った頬の赤みはなかなか引いてくれないし、心臓は妙に騒ぎ出す。

 これから自分がすることを思えば当然なのだが、何となく後ろめたい。

(任務とか何も関係なく、ヒナタにキスしたかったよな……)

 思い出すのは数週間前の自室での事、無意識に唇を求めた自らの行動。

 未だにその時の衝動と、認識した後の衝撃を忘れてはいない。

(柔らかそうな唇に、オレが触れてもいいのか?オレってば、人柱力だってばよ?)

 そう言ってしまっては、自分の両親が浮かばれないとはわかっていたのだが、それでも首をもたげる不安。

 わかってはいるのだが、何よりヒナタに拒絶されるのが怖かったのかもしれない。

 先ほどかららしくもなく、否定的な言葉ばかり出てくる。

 そうこうしている内に、ヒナタの病室まで来てしまい、ゆっくりと扉を開くと、もうそこには誰も居なかった。

 各々任務や医療班やらで多忙を極めている面子なのだから、ヒナタが目を覚ますまで付きっ切りというワケにもいかなかったのだろう。

 ヒナタが眠っているベッドの脇のテーブルにメモが残されていた。

『早く良くなってね。暇を見つけて来るからね。サクラ&いの』

「二人らしいってばよ」

 多分、今回の件は医療班である二人にも知らされていない。

 火影とあろう人が、人払いしてまでもナルトだけを呼んだのが何よりの証拠だ。

「ヒナタ……お前は起きて今回の件聴いたら、どう思うんだろうな」

 頬にかかった髪を撫で付けて払いながら、まだ手が覚えている柔らかな感触を感じて、フッと表情を緩める。

 辺りはすでに薄暗くなってきて、今なら人目につくことなく自分の部屋に彼女を運ぶことが出来るだろう。

 メモをズボンのポケットに仕舞うと、ヒナタを腕で抱き上げる。

「何か最近、ヒナタをこうやって運ぶの多いってばよ」

 苦笑を浮かべつつも、ナルトは窓に足をかけ重力に逆らうように地を蹴り、闇夜の迫る里へと溶け込んでいった。








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