こんなときは……3





「あんま無理すんじゃねーぞ。体冷やさないようにな、あー、あとはー」

 と、ナルトの注意を聞きながらコクコク頷いているヒナタを同じ作業を行っているシカマルは呆れた視線で見やり、流石に面倒になったのか、サクラがゴンッ!とナルトの頭を殴ってから首根っこを掴み引きずっていく。

「いいかっ!無理は絶対にすんじゃねーぞっ!!」

「アンタもいい加減しつこいっ!!」

 遠くなるナルトとサクラとサイとカカシを見送りながら手を振り、ヒナタは苦笑を浮かべる。

「心配性なんだね、ナルトくん」

「お前限定な」

「え?」

「何でもねーよ。とりあえず、あとはこっちを片しちまう、ヒナタはそっちを頼む」

「はい」

 午前中よりは幾分顔色のいいヒナタは、作業のスピードを上げてどんどんと書類を分別していく。

 確かにナルト効果はあったかもしれないと、シカマルも安堵の息を漏らした。

 作業もはかどり、あとは一山とそれを見上げたシカマルは、見慣れた人物が部屋の出入り口から入ってきたのを見て、思わず低く呻いた。

「ああ、いたいた!ヒナタちゃん、ナルトから頼まれたものを持ってきたんだけどね」

「あ、す、すみません、ご迷惑をおかけしてしまいまして……」

「いいのよ。大事にされてていいわねぇ、男はああいう優しいところがないとダメよ。どっかのバカとかバカ息子みたいなのは絶対にダメ」

「え、えっと……あ、あの……」

「悪かったな、バカ息子で」

 小さくぼやくシカマルにチラリと視線を同時に向けてからくすくす笑いあうと、ヨシノはメモと子袋をヒナタに渡した。

「その葛は美味しいから試してみて。奈良家特製葛湯は体をあっためてくれるから、試してみる価値アリよ」

「先ほども、美味しくいただきました。ありがとうございます」

「本当に礼儀のなった子だこと。シカマル、アンタちゃんと見ててあげなさいよ?」

「言われなくてもわかってる、ヒナタは無理すんじゃねぇぞ」

「言葉だけじゃなく、ちゃんとフォローすんのよ!バカ息子!本当にこんなバカでごめんなさいね。でも、あまり無理するんじゃないのよ?こういう時は頼る人に頼らないとね」

「はい、ありがとうございます」

 と、そこまで言って、ヒナタは戸口に人の気配があるのを感じ、中に入ってくる気配もなく踵を返す気配に誰だろうと気になり白眼を発動させ、あっという顔をしてからシカマルを見る。

「シカマルくん、追いかけたほうがいいかも」

「は?」

「た、多分だけど……あの……誤解したから」

「誤解?誰が」

「テマリさん……」

「はっ!?」

 シカマルはギョッとしてヒナタを見れば、まだ白眼を発動させている様子で、行き先までちゃんとフォローしてくれるようだと、そのまま指示を待つ。

「このコースだと、ここから最短距離で一楽を目指せば店の前で追いつくよ」

「し、しかし……まだ任務が……」

「私のせいでもあるし、ちゃんと誤解は解くべきだよ。あとはこの一山でしょう?私がするから、行って来て。私のほうはもう終わったから」

「……す、すまねぇ」

「ううん、奈良家特製の葛湯を頂いたんだもの、これくらいなんでもないよ」

 ふふと笑うヒナタに礼を言ってから、シカマルは慌てたように走り出す。

 その珍しい息子の様子に目を瞬かせていたヨシノは、ヒナタを見つめて首をかしげた。

「あのバカ息子も、あんなところがあるのね」

「シカマルくんは優しいですよ」

 柔らかく微笑んで言うヒナタに、ヨシノはそうかしらねぇと言いながらため息をついたところで、再び扉を開き、今度はナルトとカカシの両名が入ってくる。

「あ、シカマルの母ちゃん!すまねーってばよ!」

「いいのよ。彼女想いの誰かさんのためだものねぇ」

「か、かの……彼女!?」

 真っ赤になって一歩後ずさったナルトと、ぽふんっとわかりやすいほど真っ赤になったヒナタを見てヨシノは違うの?とカカシに視線で問えば、まだですとジェスチャーで返してくる。

「ナルト、アンタにひとついいことを教えてあげるわ」

「え?」

「こんないい子は、さっさと売れちゃうの!シッカリ捕まえていないと、横から掻っ攫われるわよ」

「え、あ……ええっ!?か、掻っ攫う?え?ひ、ヒナタを?てか、掻っ攫うのは阻止するけど、誰かに狙われてんのか?どこの忍だっ」

「……ナルト、ちょっと違うよ」

 カカシが慌ててヒナタに駆け寄り肩を掴み問いただす姿を見ながらヤレヤレと溜息をつき、ヨシノもこういうのが原因なのねと肩を落とす。

「だ、大丈夫だよ」

「大丈夫なことあるかよっ!今日フラフラしててこんなところで狙われたらマズイだろうがっ!……そっか、オレが送ればいいじゃん。つーワケだから、帰りは待ってろよ。一人で帰るんじゃねーぞ」

「え、あ……あの……」

「いいなっ!」

「は、はいっ」

「シカマルの母ちゃんサンキュー、そうだよな、あぶねーよな。うんうん、オレがシッカリガードしてやんねーとっ」

「……そういう意味じゃなかったんだけど、まあいいわ。いい方向へ転がったみたいだし」

 と、苦笑を浮かべつつも納得したように出て行くヨシノを見送り、カカシはもう一人いるはずの人物がいないのに気づいておや?と声を出した。

「シカマルはどうしたんだい」

「え、えっと……ぷ、プライベートで絶体絶命というか……崩壊危機というか」

「は?」

 同時にナルトとカカシがそういって顔を見合わせれば、先ほどのヨシノが持ってきた奈良家特製の葛湯の件から、どうやらシカマルとの仲を誤解されたのだと告げれば、ナルトは憮然とした顔をし、カカシは呆れて笑ってしまった。

「ナルホド、それでシカマルは慌てて追いかけていったワケね」

「私がそうしたほうがいいって言ったんです。誤解は早めに解いた方がいいですから」

「でもさ、シカマルとヒナタって組み合わせがまずあり得ねェだろ」

「そうかねぇ、案外いいコンビだとは思うよ」

 カカシがニヤニヤしつつそういえば、ナルトは余計に不機嫌な顔になり、ムッと眉間に皺を寄せる。

 何故そこまで不機嫌になる必要があるのよと、カカシは苦笑を浮かべながらもヒナタを見れば、彼女は白眼でシカマルがテマリを捕まえられたのか確認しているらしかった。

「どうやら大丈夫みたい……ふふ、良かった」

「テマリもヒナタが相手だと勝ち目がないと思ったのかもしれないね」

「テマリさんは、とてもステキな方ですよ。私のほうが勝ち目なんてありません」

「ヒナタ、その言い方だとシカマルが好きだけどテマリ相手だから勝てないので諦めたという風に聞こえるよ」

 カカシが狙って言わせたようなものなのだが、ソレを聞いたナルトは心中穏やかではない。

 何でシカマルとヒナタなんだよと、胸中で呟き、それから胸の奥にしこりが出来たように違和感を覚えた。

 それが何だか収まりが悪く、どんどん不機嫌になっていく。

「ナルト、どうしたの」

「何でもねーよ」

 ぷいっとわかりやすく視線を逸らしたナルトを見て、カカシはやり過ぎたと肩を竦めさっさと次の書類を届けるかと、ヒナタにどれを持っていけばいいかと問えば、ヒナタは慌てて立ち上がり、ふらりと体を傾がせた。

「あ……」

「危ねェっ!」

 すぐさまナルトがヒナタの体を支え事なきを得たが、その体の冷たさにナルトは眉根を寄せる。

 手も体も信じられないほど冷たい。

「ヒナタ、すげー冷てェ」

「そ、そうかな」

「カイロ効いてねーんじゃねェか!?」

 そろりと腰の辺りに手を這わせ、うーむとナルトは首を傾げる。

「あったかいよな……」

「お前ね……普通女の子の腰触る?セクハラだよ?ソレ」

「ん?カイロを確認しただけだってばよ。カカシ先生でもあるまいし、んなことすっかよ」

 シレっと言い返され、カカシは泣きそうになりながら、ナルトがいぢめるんだよーと、扉を開き入ってきたいのとサイに泣き言を言えば、はいはいと流され、顔色の悪いヒナタの様子にいのは心配そうに覗き込む。

「うーん、ナルト効果は切れたかー。アンタの熱、もう一回分けてあげたらー?」

「そうだね、ナルトの無駄に高い体温、こういう時に役に立つだろうね」

「そっか!そうすりゃいいのかっ!いの、サイ、サンキュー!」

 と、再びヒナタを抱え出すナルトに、冗談で言ったのにといえなくなったいのは、まあいいかと呟き、サイも楽しそうに笑う。

 カカシとしては先ほどの不機嫌なナルトよりはいいかと、放置を決め込み、人が足りなくなると困ると、影分身を出してくれと頼み、サポートに3人ほど出せば、十分とカカシは笑った。

 つまりは、本体がヒナタの警護および体調管理、他影分身たちが書類の分配とカカシとの任務という形に落ち着いたらしく、ヒナタは再びナルトに抱えられどうしていいかわからずいのに助けを求めるような視線を送るが、笑って返される。

「たまには、ナルトに甘えておきなさい。こういう日は、女の子が最強なんだから」

 くすくす笑いながら言ったいのに対し、ナルトも頷いて見せる。

「そうだぜ。これからも辛かったら言ってくれってばよ。こうやってあっためるのくらい、いくらでも出来んだからな」

「え、えっと……その……で、でも」

「それとも、嫌か?」

「い、嫌じゃないですっ」

「んじゃ、決定」

 ニカッと笑い即決してしまったナルトに、ヒナタが勝てるワケもなく、はふぅと両手で頬を覆って少し涙目で真っ赤になりながら俯いてしまう。

 そんな様子に3人は顔を見合わせ笑い、テマリと話をつけて一緒に帰って来たシカマルは、何故こうなった……と、物憂げな顔でナルトとヒナタを見つめながらも、後ろに居たテマリに顎でしゃくってナルトとヒナタを示しつつ小さく呟いた。

「コレでもまだ疑うのかよ」

「……あ、ああ、見事な誤解だったな。スマン」

「は?」

「な、なんだか色々と……すみません」

 額を押さえて呻くシカマルに、呆然とナルトとヒナタを見つめるテマリ、そして居た堪れなくなって謝罪するヒナタに、一人理解していないナルト。

 そんな4人の恋模様を笑ってみている、いのとサイとカカシ。

 昼下がりの書類整理の部屋は、摩訶不思議な空気を漂わせながらも、どことなく笑みを誘う。

 真っ赤になって俯くヒナタに、満足げに笑うナルトはいつものことなれど、それを仕方ないなと笑ってしまう自分たちの毒されっぷりを改めて認識した一同は、顔を見合わせ笑い出すのであった。



「そうだヒナタ、毎月でもこうやってあっためてやるから、遠慮なく言うんだぜ」



 と、いう言葉と共に一同が声を失うまであと1分──









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