こんなときは……2




「ナルトの奴遅いねぇ」

 既に昼食を終えたカカシは木の上で寝転びながら、休息時間に割り当てられた時間いっぱいいっぱいを昼寝と決め込んでいたのだが、なかなか帰って来ないナルトを心配して、昼寝も出来る様子ではない。

 子供ではないのだからとは思っているのだが、コレはもうクセのようなものだと諦めているようであった。

「そうですね」

 サイも弁当を待っていたのだが、いつになるかわからないぞと他の同期メンバーと食べ始め、今しがた終わったばかりである。

 配られた弁当をゴミとして処理しながら、サクラといのも軽く溜息をついていた。

「ヒナタ、アンタ本当に大丈夫なの?」

 いのが心配そうに声をかければ、弁当にほとんど手をつけていないヒナタは顔を上げて、うっすらと微笑む。

 青い顔は誰からも見て取れて、調子が悪いのは明白である。

 しかし、今回の書類の整理で、シカマルとヒナタの二人がほとんどを捌いていて、抜けられない状況なのだ。

「すまねーな、お前に頑張ってもらわねーと、さすがのオレでもアレは無理だ」

「ううん、シカマルくん、気にしないで……大丈夫だから」

「大丈夫そうに見えないよ」

 チョウジも心配そうにヒナタを見つめるが、こればかりは仕方が無いのと苦笑を浮かべ、いつものことだとキバもシノも溜息をつくしか方法が見つからない。

「女にしかわかんねぇ厄介な奴らしいぜ」

 キバの一言で、ああナルホドと、大体察しが付いた男連中も黙るしかなく、言われたヒナタは真っ赤な顔をして小さく『ご、ごめんね』と呟く。

「女でも、ヒナタほどになるとわからないわー」

「そうね……辛そう。里外任務のときとかどうしているの」

「えっと……薬で……」

 と、ヒナタが呟けば、サクラは渋面を作る。

 あまり良いことではないと注意をするが、それ以外に対処のしようがないというのも理解できて、更に難しい顔をした。

「だから、普段はそういうものに頼らないようにしていたら……コレで……ご、ごめんね」

「それはいい判断だと思うわよ。体にあまり負担をかけないほうがいいわ」

「う、うん……」

 青い顔で微笑まれても、安心できはしないのだが、何よりも時折痛みを感じるのか顰められる眉が気になって仕方が無い。

「遅くなっちまったってばよっ!」

 と、休憩時間残り30分というところで、ナルトが袋を提げて走ってくるのを見て、カカシは首を傾げる。

「お前、弁当は支給だって聞いてなかったの?」

「あー、コレはオレのじゃねーし」

 ニカッと笑ってからフーッと一息ついて、視線を巡らせヒナタを見つけると、ツカツカと傍に寄ってきてドカリと座り、袋の中身を空け始める。

「まずはっと……どーせ、弁当食ってねーんだろ」

「……え?」

 チラリと視線を向けられ、ビックリした面持ちでヒナタはナルトを見ると、袋の中から出した容器をヒナタの前に置く。

「一楽のおっちゃんに頼んで作って貰ったんだ。野菜スープ」

「……え、あの……え?」

「綱手のばあちゃんから聞いたんだ。お前、青い顔してフラフラ歩いてたろ、探して聞こうとしたんだけど会えずじまいだったからさ、綱手のばあちゃんを問い詰めたんだってばよ。んで、色々な」

 見る見る真っ赤になり俯いたヒナタを見ていて、ナルトは「あっ!」と大きな声を出すと慌てて立ち上がりヒナタの両脇に手を入れて半強制的に立たせる。

「ひゃあっ」

「お、お前なーっ!地面に座ってたら体冷えるだろうがっ!……んー、かといって他に……ああ、綱手のばあちゃんがオレがカイロになれって言ってたっけ」

 一同が「え?今なんて?」と同時に呟き、今までのくだりを呆然と見ていた同期メンバーたちは、綱手の言うことを素直に実行しようとするナルトを見つめてとりあえず止めるべきか、止めざるべきかと思案した。

 一応ナルトのいっていることはもっともであり、止めるのも躊躇われるのだが、何よりも方法が問題だろうと声を出す前に、ナルトは再び地面にドカリと胡坐をかいて座ると、どうしていいかわからずオロオロしているヒナタの腕を引っ張って自分の足の上に座らせる。

「うひゃ、お前なんつー冷たさだってばよっ!これじゃ余計に辛くなるだろうがっ」

「え、あ、あの……ご、ごめんなさい」

 自分の状況を把握するより早く、怒られたと理解したヒナタは素直に謝り、体にじんわりと染み込むようなあたたかさを感じてほぅと吐息をつく。

 驚くよりなによりも、そのぬくもりが奇妙な安堵感をもたらし、いつものヒナタにしては珍しく気絶することも、オロオロすることも、硬直することもなく自然にナルトの腕の足の上で座り収まっている。

「お、お前何やってんだよっ!」

 キバに怒鳴られ、ナルトは訝しげな顔をするとキバの顔を見ながら当たり前のことを告げるように、平然と言い放つ。

「地面に座らせるワケにはいかねーから、オレが椅子代わりになってんだよ。しかも、木とか石の椅子だと冷てェだろ?冷やさねェようにするには、コレが一番じゃねーかよ」

「は、はあ!?」

 呆れた顔をしてキバが言えば、ナルトは不思議そうな顔をしてヒナタを見て首を傾げる。

「あたたかくねーか?」

「え、あ……あたたかい……です」

 ヒナタの返答に、「ほらみろ」といわんばかりに笑うナルトと、見つめられ問われたことにより、現状を再確認して真っ赤になり硬直しているヒナタを見て、キバは何かを言おうと口を開きかけ、諦めたようにガックリと頭を垂れた。

「好きにしてくれ……」

 内心キバに謝りながら、ヒナタは嬉しそうなナルトの表情を崩したくない思いが強くて自然と目を細める。

 腰に回された腕や、ぴったりくっついた体から染み込む熱は、じんわりと体と心を満たしてくれるようで嬉しくなった。

 そして、ナルトから分け与えられるあたたかさは、ヒナタの体をあたため、今までに感じたことがないくらいの安堵感と共に痛みが和らぐカンジがして、少し楽かもしれないと自然にナルトに凭れてしまう。

 そんなヒナタから寄せられる信頼と安堵を感じ取ったナルトは、心が熱く満たされ、自然と口元に笑みが浮かぶ。

 ヒナタの冷たい体を背後から抱きすくめるようにしながら、袋の中身をガサガサと漁っていたナルトは、そういえば、コレが先だと水筒のようなものを出し、ヒナタに渡す。

「え、と……コレは……」

「奈良家特製、葛湯」

「何でそこでオレの家の葛湯が出てくるんだよ……」

 顔を引きつらせたシカマルに、ナルトは笑って見せる。

「さっきさ、買い物の途中でシカマルの母ちゃんに会ったんだよ。で、今日は弁当支給じゃなかったのかって聞かれてさ、ヒナタの状況話したら、コレが一番体があたたまるから飲ませてやりなって、わざわざ作ってくれたってば。レシピもあとでくれるって約束してきたから、ヒナタ、あとで受け取っておいてくれな」

「う、うん……あ、ありがとう……ナルトくん、シカマルくん」

「いや、オレは何もしてねぇけど……まぁ、ナルトにしては頑張ったんじゃねーか」

「あんな青い顔してフラフラされたら、そりゃビックリするっつーの」

 苦笑を浮かべつつ葛湯をこくりと少しずつ飲んでいるヒナタを満足そうに見つめて、ナルトは口元に笑みを浮かべた。

「はい、ナルト、キミの弁当だよ」

「お、サンキュー、サイ」

「やっぱり誰かを探していると思ったら、そういうことだったんですね」

「ああ、よくわかったな」

「さりげなくだったから、余計気になった……かな」

 笑い言うサイは胡散臭い笑みではなく、最近浮かべることの多くなった柔らかい笑みを浮かべて、ヒナタが手をつけたかつけてないかわからない弁当も指差す。

「どうする?ナルトが食べるかい」

「ああ、ソレも食う!腹減ったってばよー」

 物凄い勢いで食べ始めるナルトを見上げ、自分が口をつけたのに……と、呆然とした後、何気なく正面を見れば、ニヤニヤしているいのとサクラ。

 もう勝手にしてくれとばかりに寝転んでいるシカマルとカカシ。

 仲睦まじい様子に微笑を浮かべているチョウジとサイ。

 オレは知らんとばかりに赤丸の毛づくろいをしているキバ。

 良かったなと、あたたかい視線で見つめてくれるシノ。

(……な、なんか……い、居た堪れない……は、恥ずかしいっ)

 かといって、ヒナタの体を心配して色々考え手を尽くし、こうして抱きかかえてくれているナルトの気持ちを無碍にも出来ず、ヒナタは困ったような顔をしつつも頬を赤らめ、チラリとナルトを見上げれば、優しい目をして微笑まれ、これまた柔らかい口調でヒナタに気遣いある言葉をかけてくれる。

「熱いから、ゆっくり飲めよ」

「う、うん……」

(みんなごめんね……あ、あの……私にナルトくんを止めることはできません)

 ナルト以外がある意味居た堪れない状況という現状を打破できるものはおらず、ヒナタはナルトの優しさそのものであるような熱を分けてもらいながら、ほぅと幸福の溜息をつくのであった。






 ナルトが買って来たものは、本当に多種多様であった。

 一楽特製野菜スープ。

 こちらは、ラーメンの魚介だしと野菜を煮たもので、しょうゆ味が優しく、こってりしてはおらず、するりと入っていく。

 ねぎとチャーシューが細かく刻まれているのも、優しい心遣いを感じる一品だ。

 続いて葡萄。

 これならば、食べたいだけ食べられるだろうという配慮かららしい。

 種がなくて皮まで食べられるものらしく、八百屋の女将がわざわざ洗ってくれたのだとナルトは笑って教えてくれた。

 それから、最後にカイロ。

 これを最初に出して欲しかった……と、一同が思ったのは致し方がないことであろう。

 そうすれば、ナルトがヒナタをずっと抱っこという状況は回避できたような気がする。

 いや、もしかしたら確信犯かもしれないと、シカマルは思ったが口にはしない。

 そんなことをしても、現状変わりはしないし、寧ろ悪くなるコトだってありうる。

 カイロを貼るのもナルトの足の上であるから一苦労なヒナタを手伝うように上着の裾を持ってやる甲斐甲斐しさを見せる彼に、悪意や他意があるように見えない。

(気のせい……か、天然……か?もしかして、そうなのか?)

 嫌な予感を感じつつシカマルはナルトとヒナタを凝視するが、もしかしたらその線が一番濃厚かもしれないと、ガックリと頭を垂れた。

(だとすると、ソレが一番厄介だってことだよな……めんどくせー)

「ん、少しあったかくなったみてーだな」

 手を握り、体温を確認している……らしいが、どうみてもイチャイチャしているようにしか見えない。

 他意はない。

 だからこそ、厄介過ぎる。

「う、うん……あ、ありがとう」

「いいや、辛くなったら遠慮なく言えよ?コレくらいいつでもしてやっから」

 その言葉に一同が『え?』という顔をしてナルトを見るが、彼は真剣そのものの表情。

 心配でたまりませんという色合いを見せる顔に、ヒナタも申し訳無さそうに頷き微笑む。

(マテ……マテよ?アイツ本当はわかっててやってんじゃねーのかっ!?)

 キバの内心の叫びを聞いたようにシノがボソリと呟く。

「素だ。あの二人は、アレが素であり、他意はない。何故なら、表情を見ればわかるからだ」

 優しい瞳でようやく顔に赤みが戻ったヒナタを満足そうに見つめるナルトと、そんなナルトに感謝しつつも、嬉しそうに顔をほころばせ花のように微笑むヒナタ。

 傍から見れば、仲の良い恋人同士。

 ただ、そこで間違いがあるとするならば、彼らはそういう関係ではないということだ。

「アイツ……他の奴にもあんな親身になってやるのかな」

 キバの小さな呟きに、今後はいのが答える。

「するわけないでしょ。アイツのアレはヒナタ限定。ナルトにとってのヒナタは、一番心許せる仲間……ってところね、今のところ」

「何だよ、今のところって」

「どうみてもあの二人、相思相愛じゃない。すぐ、恋人同士になるわよー」

 いのの言葉に軽くショックを受けたのかキバがナルトを見てつぶやく。

「アレが同期一番最初の彼女持ちになるのか……」

「甘いわ、一番はシカマルよ。アイツ、砂のテマリさんと付き合ってるもの」

「……えええっ!?」

 キバが大きな声を出したので、ヒナタはビクリと体を震わせ思わずナルトに抱きつき、それを当たり前のように受けとめ、守るように体に腕を回し庇いながらナルトが怒鳴る。

「キバ!急にでっけー声出すんじゃねーよ!ヒナタがビックリしちまってんじゃねェかっ!」

「あ、す、すまねぇ」

 もうナルトとヒナタの様子よりもシカマルとテマリの情報のほうが気になるキバは、いのに情報提供を求め交渉に入るのを、シノが呆れつつ見つめ、いのはいいカモがきたっ!とばかりに情報料を吊り上げていく。

 自分のネタで稼いでいるいのを、半ば諦めの視線で一瞥したシカマルは、オレは何も聞いちゃいねぇとばかりにゴロリと寝返りを打ち、カカシは顔の上に置いていたイチャパラをソッと浮かせ、ナルトとヒナタの様子を見て笑う。

(ま、確かにアレは時間の問題かもね)

 木の上からの傍観者はそれだけ思うと、今度こそ昼寝を決め込み、残りの時間を睡眠へと費やすのであった。








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