ちいさな ちいさな うさぎさん 6





「待てって言ってるだろ!逃げんじゃねェ!ヒナタ!!」

 後ろを振り返りもせず必死に逃げるヒナタの後姿を追いかけながら、里の中を走り抜ける。

「ヒーナーターっ!待てって!!悪いのはオレだろうがっ!!」

「ち、違うよっ!わ、私だものっ!」

「オレだっつーのっ!!」

「わ、私だものーっ」

 段々大きく見えてくる背中。

 くそっ!

 なんでそんなに逃げるんだってばよっ!

 ヒナタの肩に手が届きそうで届かない。

 届かない……

 逃げてくれるな、頼むから。

 胸をかきむしりたいくらいの痛みを感じながら、ヒナタの後ろをただひたすら走る。

 すぐに追いつけそうで追いつけないのは何故かわからないけど、ただヒナタに逃げられている事実が辛くて立ち止まりそうになる足を叱咤して、必死に動かす。

 拒絶されている?

 ヒナタがオレを拒絶する?

 ズキリと胸が痛んで、息が止まりそうになる。

「謝るのは……オレの……オレのほうだろうがっ!!」

 里を突っ切り森へと逃げるヒナタをそのまま追いかけ声の限り叫べば、ヒナタから強い声が帰ってくる。

「謝らないでっ!」

「な……なんでっ」

「謝って欲しくないからっ!」

「何でだよっ!!」

「……謝って欲しいんじゃないっ……違うっ……そうじゃないのっ」

「だったら逃げるなっ!!」

 ワケわかんねーっ!

 ただ頭の中でヒナタの言葉が反芻して、でも意味がわからず、胸は痛むし、頭はぐちゃぐちゃだし、どうしていいかわからない。

 でも、泣いているヒナタを何とかしてやりたくて、ただ安心して欲しくて、声を張り上げるしか手が無くって情けないことこの上なかった。

「……ご、ごめんなさいっ……」

「謝るんじゃねェっ!」

 カッと怒りにも似た感情が湧き起こり、思わず怒鳴り返せばヒナタの肩がピクリと動いた。

 それでも振り向かない。

「オレだって、お前に謝って欲しいワケじゃねェ!!」

「私と……意味が違うよ……」

「どういう意味かわかんねーよ!でも、謝るなっ!くそっ……ヒナタっ!この……止まれって言ってんだろうがっ!!本気出して押さえつけんぞっ!」

 怒りとは違う苛立ちだろうか、形容しがたい感情が次から次へと浮かんできて、腹が立つというより苛立ちが募る。

 何に対する苛立ちかわからない。

 ただ、オレから逃げるヒナタを捕まえたくてしょうがなかった。

 離れていくヒナタを押さえつけてでも留めておきたくてしょうがない。

「ヒナタっ!!止まれ!!!……くそっ!!」

 さすがに埒が明かないと、オレは寝ているクラマを叩き起こして尾獣モードへと入る。

 単なる追いかけっこに、本気を出すオレもオレだけど、逃げまくってるヒナタもヒナタだ。

 格段と早くなったオレのスピードにヒナタは慌てたように直線に逃げるのではなく、ジグザグに逃げ始める。

 確かにソレはいい作戦だけど、今のオレにそんなもん通用しねーっつーの!

 自分の持てる最高速度でヒナタを追い抜くと、飛び込んでくるカタチでオレにぶつかったヒナタを問答無用で抱え込み、地面に転がった。

 結構な衝撃だったけど、ヒナタに怪我はさせてねーはずだ。

 さっきと同じようにオレが下になって転がれば、体の上で硬直したヒナタが慌てて逃げようと体を起こす。

 しかし、オレはその腕を掴み、今度は逃げられないように組み敷いた。

 どうだ、コレで逃げられねーだろっ!

「っ!!」

 見下ろした先にあったのは、涙で濡れたヒナタの瞳。

 両手で覆ってすぐに見えなくなったが、哀しそうなその表情に、オレは何もいえなくなる。

 重なった唇の感触は、未だ記憶に新しく。

 忘れることなどできない。

「ど……して……」

「……何が」

「どうして……放っておいてくれないの……」

「お前が泣いてるから」

 隙あらば逃げ出そうとするヒナタの往生際の悪さ……というより、諦めの悪さはオレとどっこいだな。

 逃げられないように完全に動きを封じてしまうと、やっと観念したようにヒナタは全身の力を抜いてただ声も無く泣き出した。

 その痛々しい姿は、オレがやっちまったこと……

「ごめん」

「謝らないでって……言った……よ」

「でも、ごめん」

「なんで……どうして……謝るのっ」

 悲痛な声が心に突き刺さって痛い。

 オレとキスしたから、そんなボロボロ泣くほど苦しい思いしてんのか?

 オレの顔見たくねーほど……もう顔も見てくれねェくらい、嫌だったのか?

「そんなに……嫌だったのかよ。泣くほど……嫌かよ」

「……え……?」

 自然と漏れた言葉は、オレの意思とは関係なく、どんどん零れ落ちていく。

 考えた言葉じゃなく、ただ溢れるように紡がれる言葉。

「オレじゃ……泣くほど嫌かよっ!こんな、ボロボロになって逃げて、泣き出して、放っておいてくれって言うほど、そんだけ嫌だったのかって聞いてんだってばよっ!」

「……ナルトく……ん?」

「事故だ……あんなの事故だ……わかってる、わかってるけど……オレはっ!」

 その後の言葉は続かなかった。

 苦しくて哀しくて痛くて、ヒナタが離れていくのが辛くて……

「オレは……」

 言葉がうまく声にならない、そして、いつの間にかヒナタの涙に濡れた顔がオレの前に曝け出されて、呆然と見つめてくる。

 綺麗な瞳がキラキラと潤んで輝き、自然と顔の位置を下げ目許の涙を唇で拭うと、ぴくりと反応しただけで拒絶は無い。

 瞼、鼻先、頬と唇の位置を下ろしていっても、微動だにしない。

「ナルトくん……」

 拒絶の言葉は聞きたくなかった。

 これ以上、オレを拒絶するな。

 そんな思考がオレを後押しし、先ほど一瞬だけ重なった唇に今度は自分から重ねた。

 夢中でその柔らかさを味わい、その甘い吐息を貪れば、びくりと震える体をオレの体で押さえ込み、思う存分その馨しい場所を味わいつくす。

 鼻にかかった声がヒナタから漏れて、いつの間にか背に回された腕はぎゅっと上着を握り締め、体が腕の中でぴくりと反応する。

 いつ離れたかわからなかった。

 ただ、荒い息のまま、オレたちはお互いの顔を見詰め合い、濡れた唇の赤さがいまの行為を物語っているようでぞくりと体を駆け巡る何かを感じたが、今はそれよりもヒナタの瞳をみつめていたい。

 さっきみたいに逃げるか?

 オレじゃ嫌だって、逃げて泣いて……もうオレの顔すら見たくないって……言うのか?

「ど……して……」

 ヒナタの唇が戦慄き、呟かれた言葉は小さく震えていた。

「さっきのは、事故だったろ……でも、嬉しかった……オレは嬉しいって思ったんだ」

「どうして……嬉しいの……なんで」

「しょーがねェだろ!可愛いって思うお前から事故でもキスされたら、嬉しいに決まってる!好きな女とキスして喜ばねェ男はいねーっ!」

 一気にまくし立ててオレはその内容に気づき、え?と内心首を傾げた。

 今、誰が誰を好きって言った?

 オレが……ヒナタを好き?

 だから……キスした?

 って、ちょ、ちょっと待て!

 オレさっき、ヒナタに無理矢理キスしてなかったか!?

 急に冷静になったオレは言葉もなく呆然とヒナタを見つめれば、ヒナタの瞳から、再び涙が転げ落ちる。

 ああ……やっぱ、嫌だよな……事故の後、嫌だって逃げてんのに更に無理矢理されて……しかも、こうやって押さえつけられて逃げ場なんて無くされて……オレってば、最低だ。

「ごめん……すまねェ……ヒナタ」

「謝らないで……って、何度も言ってるのに……ヤダよ……謝ったらヤダ」

「何で……」

「わ、私も……嬉しかったから……」

 え?

 思わず目を見開いてヒナタを見れば、頬を赤らめながら涙を流しているヒナタ。

 逃げる気配もなく、ただ嬉しそうに笑う。

 オレにキスされて……嬉しい?

「だ、だって……好きな人にキスされたら……嬉しい……よ。事故だってわかってても……嬉しかった……だから、そんな姿見られたくなくて……ナルトくんがショックを受けてる顔を見たくなくて……ごめんなさい……わ、私……」

「だったらさ、ヒナタ、お前も謝んじゃねーよ」

 ヒナタを抱き起こし、それから掻き抱けば、ヒナタも同じくらい必死にオレに抱きついてくる。

 ああ、すげー幸せ。

「好きだ……大好きだ、ヒナタ」

「ん……わ、私も……ナルトくんが、大好きです」

「へへっ、ヒナタに逃げられてすっげーショックだった。ヒナタがオレを拒絶してるみてーで辛かった……頼むからさ、オレから逃げるなよ。離れようとすんじゃねェよ」

「うん……ごめんね……も、もう……離れないから……」

 さっきまでの胸の痛みはどこへやら。

 すっげー胸いっぱいに甘いものが広がる。

 嬉しい……すっげー嬉しい。

 胸いっぱいの思い。

 小さなウサギが運んでくれたハプニングは、どうやら最高の幸せをプレゼントしてくれたようで、あの小さなウサギに感謝。

 無自覚で惹かれていたヒナタを腕の中に閉じ込めて、オレは叫び出したいくらいの思いを胸に抱いた。

「ヒナタ、大好きだぜっ!」

 いつかきっと、今度はオレたちだけの小さなウサギが現れるだろう。

 その時は、もっと沢山の幸福を持って会いにきてくれるに違いないと、オレは緩む頬をどうすることも出来ずに、ただ腕の中で最高に愛しい笑みを浮かべてくれている可愛い可愛い人に微笑み返すのだった。




〜 f i n 〜







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