ちいさな ちいさな うさぎさん 5 外を見ればもうかなりいい時間だ。 夕焼けが眩しいなと思い、オレは直接日が入って眩しそうにしている赤ん坊にかかる光だけを遮るようにカーテンを引けば、紅先生がそれに気づいて礼を言ってくれた。 そんな礼を言われるようなことしてねーのにな。 「意外と細かいところに気がつくんだね、ナルトは」 「いつもですよ」 紅先生の言葉に、ヒナタがぽつりとそう言って、オレを含めた全員がえ?とヒナタを見つめれば、ヒナタはビックリしたように俯いてしまったが、小さく呟く。 「い、いつも……細かく気を配ってくれますよ」 「そう、私が知らなかっただけなのね」 ふふっと紅先生が笑ってヒナタに微笑みかければ、ヒナタも恥ずかしそうに笑い返す。 オレ、そんな気遣いできる男じゃねーぞ? なのに、ヒナタはオレが気遣っているという。 どこが? オレが不思議そうにヒナタを見つめていれば、ヒナタは余計に恥ずかしそうに俯いた。 サラリと流れる髪から覗く耳が赤い。 指を突き合わせて、それでも必死に言葉を紡いでくれたヒナタ。 きっと恥ずかしかったんだろうなとは思う。 けどさ、顔……見たいんだよな。 赤くなってても、恥ずかしそうにしていても、その顔を見れば、どうしてか心が安らぐ。 「ああ、何て可愛いんだろうね」 紅先生の声の痕になにやらサクラちゃんといのの黄色い声と、カカシ先生たちの感心した声が聞こえてそちらを向けば、ヒナタがひとめぼれしたうさぎのバスローブを赤ん坊に着せていた。 へぇ、やっぱ可愛いじゃん。 「ほら、ヒナタ、お前の見立て、間違いじゃねーだろ?可愛いじゃねェか」 「う、うん……よ、よかった……」 「将来自分の子にもアレ着せてみるんだろ?ヒナタの子だったら、絶対に似合うって」 「ふぇ!?あ、ああああっ、アレはっ、そ、そのっ、あ、あのっ!」 「可愛いだろうなー」 小さい頃のヒナタって可愛かったんだろうな……そういや、ネジは知ってるんだっけか……オレ小さい頃のヒナタに会ったことあったっけ? うーん……そういえば、小さい頃に白眼の小さい女の子に会った覚えはある気がする。 いじめられて泣いてた、哀しそうにボロボロ涙流していたのが印象的で、でも泣いていてもすっげー可愛くて、ヒーローよろしく割って入ったはいいけど、ボコボコにされちまったんだよな。 あの子みてーなカンジ……かな? 「なぁ、ヒナタ」 「な、なに?」 「……お前、オレと小さい頃、会ったこと……あー、いや、いいや」 「あるよ」 「ん?」 「ある……よ」 ふわりと笑って言うヒナタの顔をまじまじ見つめてオレは言葉を失う。 だってさ、すっげー綺麗な笑顔でオレを見上げるんだぜ。 意表をつくっていうけどさ、コレそのものじゃねーの? 「あの時は、ありがとう……ずっと言いたくて言えなかった……ごめんなさい」 どくんっ 心臓が1つ高鳴る。 キバがバカ言って、シカマルが呆れ、そしてゲジマユとテンテンがそれに巻き込まれ、ネジが止めに入る。 シノはもっぱら傍観者。 サクラちゃんとサイもなにやら話し込んではカカシ先生が苦笑し、いのとチョウジがその会話に加わると旗色が悪いとカカシ先生は逃げの一手。 いつものやりとりをぼんやり眺めながら、オレは顔に熱が上がってくるのがわかった。 やっぱり、あの時の女の子はヒナタで……ずっと、あん時からずっとオレを見てた? ずっと……ずーっと? そんなに長い時間、ずっと思ってくれてた? 何で声をかけてくれなかったのかとか、何でもっとオレにわかるようにしてくれなかったのかとか、そんな取り留めの無いことを思いながらも、それがヒナタだと妙に納得している部分もあり、きっとずっとずっと気に留めていたのだろうと思うと、胸がいっぱいになった。 言葉にするのに時間がかかるぶん、軽い言葉はない。 全ての言葉にそれなりの重みがある。 だからこそオレは彼女の言葉を聞いていたいのかもしれない。 その言葉に偽りはないから…… 「ナルト、どうしたんだい」 サイに声をかけられオレはん?と首を傾げれば、サイだけでなく皆が驚いた顔をしてオレを見ている。 どうしたんだよ。 オレの顔何かついているか? 「真っ赤……」 次いで、サクラちゃんが呟く。 えーっと、オレの顔、真っ赤……って、な、何で!?ま、まだ引いてねェの!? ペチペチ叩いて見るが、一向に引く気配がない。 「な、なんでもねーってばよ」 「いや、その顔で何でもねぇなんて通用しねーって」 「確かにな」 キバとシカマルに突っ込まれてオレは困ったように天を仰ぐ。 「いや……ほんと、なんでもねーんだってばよっ」 まさか、ヒナタの言葉に感動して、しかも尚且つ可愛い奴め……なんて思ったなんて、口が裂けても言えねェ。 紅先生に抱かれた小さいウサギがオレを見上げ不思議そうにしているのを横目で見て、オレは苦笑する。 その赤ん坊がぐんっと思いのほか力強く、いつの間に握ったのかオレの上着を引っ張り、天を仰いでいた姿勢で意表をつかれたオレは、なす術も無くバランスを崩す。 「うおっ」 「な、ナルトくんっ」 手を伸ばしオレの体勢を何とかしようとしたヒナタの方がつるりと足を滑らせ、オレへと覆いかぶさるように倒れてくる。 折角すんでのところで踏みとどまったオレだが、その衝撃でヒナタもろとも床へと転がってしまった。 いってー……ん? 何か……すげー柔らかいモノが……口に……触れ……た? 目を瞬かせて見れば、目をまん丸に見開いてオレを見下ろすヒナタ。 口元を押さえて、真っ赤になっているその姿。 え……ま、まさか……え? い、いまの…… 「ヒナタ、ナルト、大丈夫〜?」 ベッドの反対側にいた連中には見えなかったみたいで、オレたちに声をかけてくるが、シッカリ見ちゃった組のカカシ先生やサイやサクラちゃんは呆然としている。 「ご、ごめ……ごめんなさいっ!!」 え? なんでヒナタが謝んの? バタバタ走って病室を後にするヒナタの後姿を、オレはただ呆然と見送る。 え、なに?何で?……てか、え?? 「ナルト、ここは男として追いかけなくていいワケ?」 カカシ先生の声にハッと我に返ると、オレはバッと立ち上がり、とりあえず紅先生に頭を下げる。 「す、すまねーってば、ちょっと追いかけてくる!」 「いっといで、ま、行かなけりゃ、幻術で一週間どころか痛い目を見てもらうつもりだったけど……」 「んなことしなくても、行くってばよ!ってか、アイツ本当に逃げ足だけは速いってばよ!待ちやがれヒナターーーっ!!」 オレが叫んだ声が聞こえたのか、がしゃーんとどこかにぶつかったような甲高い音。 ったく、怪我こさえてくれんなよ…… 「うちの子、案外やるわね」 紅先生がそう言っていたのを知るのは、もっとあとになってからの話── |