02.彼女と教室前の廊下




 放課後の教室は、シンと静まり返り少し寂しく感じるものだと思いながら、ヒナタは教室へと急いでいた。

 カカシの言うとおりなら、ナルトは結構な時間を1人もてあましていることだろう。

 いつもなら、彼はサッカー部の部室へ行き幼馴染のサスケとサクラと共に練習に励んでいる時間のはずである。

 グラウンドで駆け回る彼を見るのが、ヒナタの密かな楽しみの一つであった。

 調理部で野菜を洗っている間や、煮込んでいる間、オーブンを使っている間……何かしら視線をやってはその動きを追いかける。

 元気に走り回る彼はとても輝いていて、とても楽しそう。

 ヒナタにとって、とてもまぶしい存在だったのだ。

 いつしか密かに胸の中で温めていた憧れは恋心へと変化し、その変化に戸惑いながらも受け入れた時の衝撃といったらなかった。

 彼の一挙一動に、心臓が煩く飛んだり跳ねたりしてくれるのだ。

 甘く痺れるような胸の苦しさとほろ苦さをヒナタはその時はじめて知り、物語に良くある砂糖菓子のような甘いものだけではないのだと実感した。

 廊下を歩きながら眼下のグラウンドを見れば、レギュラーのサスケとマネージャーのサクラの姿はすぐにわかったが、いつも一緒にいるはずのナルトの姿は確認できない。

 幼馴染3人組。

 校内でも有名な彼らは、何かと目立つ存在だった。

 学年でもトップクラスの頭脳を持つ、桜色の髪がとても綺麗なサクラ。

 容姿端麗で運動も出来る、クールなところが素敵だと人気のサスケ。

 いつも元気で笑顔を絶やさず、誰にでもフレンドリーで優しいナルト。

(カカシ先生はチャンスって言うけど……大丈夫かな)

 思わず歩みを止めると、再び溜息をついた。

 よく考えてみれば、ヒナタはナルトと直接話をしたことが無いような気がする。

 いつも、グループの中で相槌を打ったりすることはあっても、積極的に意見を言う方ではない。

 仲間内の中心にいつもいる彼が、ヒナタを認識しているとは到底思えなかった。

 廊下の突き当りを左へ曲がり暫く真っ直ぐ歩いて教室を二つ通り過ぎ、自分の教室まであと少しだと思い、自然と下がっていた視線を前へやると、そこに知らない男子生徒が2人立っていた。

 小首をかしげ、彼らの邪魔にならないよう気遣い避けて通ろうとすると、男子生徒は通せんぼをするように道を塞ぐ。

 意図的に進行方向を塞がれていると知り、戸惑いながらももう少し先にある教室を見てから男子生徒へと再び視線を戻す。

「あ……あの……」

 手にあるプリントを握って皺にしないように気をつけながら、男子生徒に声をかけると、彼らはニヤニヤと笑い距離を縮めてくる。

 相手が数歩前へ出れば、同じだけヒナタが下がる。

 教室は彼らの後方……扉も見えているのに、そこへ行けない。

 何がなんだかわからないが、脳内で警鐘が鳴り響き緊張の為心拍数がドンドン上がっていく。

 カラカラになった喉を引きつるように動かして、何とか言葉にしようと努力してみた結果、うまく声が出たようであった。

「と、通してくださいっ」

 彼女にしては珍しく大きな声になってしまったのは、致し方が無いと言えよう。

 だが、ヒナタ自身それほど大きな声が出るとは想定していなかったらしく、静かな校舎の廊下に響いた自分の声に驚き、首を竦めてしまった。

「へぇ、可愛い声〜」

「やっぱりヒナタちゃんは、声も可愛いよね」

 二人の男子生徒の視線が、ねっとり絡みつき上から下まで値踏みするように動くのを見て、ヒナタはゾッと背筋を走り抜けるものを感じ思わず走り抜けようとするが、彼らは彼女の動きを予想していたように2人がかりでヒナタを押さえ込む。

「人気が無い校舎と廊下って、危ないよね」

「この前俺の友達がさ、君に告白したのに、断られた〜って泣いてたからさ……ほら、なんていうの?俺たちが可愛がってあげようと思ってさっ」

 肩や腕や手首を思い切り強く掴まれ、ヒナタは小さく悲鳴を上げる。

 痛みと恐怖で涙が滲むが、相手の顔を気丈に睨み付けて唇をキュッと固く結ぶ。

 泣いてなんかやるものかと、相手を喜ばせることなどしてやるものかという意地であった。

「お、可愛い顔して怒ってるよ?」

「泣きそうなくせにね〜」

「は、離してっ!」

 身体に勢いを付けて半回転すると、手首を握っている手以外は何とか離れてくれるが、掴まれている左手首には鋭い痛みが走る。

 少し捻ったかもしれないと思いながらも、震える身体を叱咤して相手を睨む。

「い、いい加減にしてくださいっ……な、何でこんなことっ」

「ん〜?難攻不落の日向ヒナタちゃんに興味が出たってとこ?」

「胸大きいし、ちょーっと触ってみたいなぁってね〜」

 ぞわりと鳥肌を立てて思いっきり左腕を掴む手を振り払おうと力を入れるが、全く動じた様子はない。

「いいじゃん、減るもんじゃないんだしさ〜」

「そうそう、何でも人生経験だって。気持ちいいしさ?」

「嫌ですっ……は、離してっ」

 震える声を抑えることが出来ずに出てしまった弱々しい声に、相手の厭らしい笑みが一層深まる。

 学校でこんな事考えている男子生徒がいるという事実に、ヒナタはどこか現実離れをしたものを感じて悪夢のようだと奥歯を噛み締めた。

 学校の光ではなく、闇へと足を踏み入れたような……そんな恐れ。

 そして、男の力に全く抵抗することが出来ない女の力というものを思い知らされ、悔しくてしょうがないのに、それと共に襲ってくる本能の危機と恐怖。

(……ヤダ……怖い……)

 下唇を噛み締め、相手に引き寄せられないように足や身体に力をいれているが、徐々に引き寄せられる距離に、悔し涙が零れ落ちそうになった時だった。


「何やってんだってばよ」


 どこか厳しい凛とした声が響きヒナタの左手首を掴んでいる手を、さらに健康的に日焼けした大きな手が掴んでいた。







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