16.彼の兄貴分と褒められる彼女 自転車を押し進めるナルトの横に並んで歩くヒナタは、商店街で粗方の買い物を済ませ、駅前の通りを抜けて、住宅街を共に他愛ない話をしながら進んでいたのだが、不意に誰かに見られている気配を感じたナルトは、スッと体を半歩引き、ヒナタの手を取って、彼女を後ろへと庇う。 確かに誰かの視線があった……鋭いナルトの視線が周囲をスゥッと滑らせるように見渡すが、コレといって変化は無い。 だが、確かに……と、ナルトが眉根に皺を寄せたときであった。 「ん?ナルトじゃないか」 背後からかかった声に驚き振り向いたナルトは、聞き覚えのある声に表情を崩す。 振り返り見れば、柔らかな笑みを浮かべて、とても綺麗な顔立ちをした男性がモデル顔負だと思えるくらい自然にスーツを着こなし立っていた。 長くて女性も羨む程の濡れたような艶やかな黒髪を後ろで束ね、どこか包容力をカンジさせるあたたかな笑みを浮かべた黒いスーツを身に纏った青年は、耳に心地よい声でナルトに語りかける。 「今帰りか?」 そんな青年に大きく頷いたナルトは、ニカッと笑って見せると、先ほどまで纏っていた警戒を解いた。 周囲の女性がチラリチラリと視線をやっているのを気にすることも無く、その優しい視線はナルトへと注がれている。 「イタチの兄ちゃんも、今帰りだってば?」 「ああ、しかし学生も遅いんだな。今日はサスケと一緒じゃないのか」 「今、オレってば数学がヤバくってさ、ヒナタに勉強見てもらってて、それで送って行ってるところなんだってばよ」 ヒナタは突然の事で、無意識のうちにナルト自身の素早い位置取りで彼の体に完全に隠されてしまっていて見えない状態ではあったが、彼女のほうがそれでは失礼だと慌てて影から出てきてペコリと頭を下げた。 「ひゅ、日向ヒナタと申します」 「ご丁寧にありがとう。オレはうちはイタチ、ナルトの兄貴分みたいなものかな」 「うちは……あ、サスケくんの……」 「サスケとも知り合いか」 「ヒナタはオレたちと同じクラスだってばよ。それに、サクラちゃんの親友でもあるんだぜ」 「あぁ、それで見覚えがあったのか。どこかで見た覚えがあったハズだ」 イタチがニッコリと笑って言えば、ヒナタも柔らかな笑みで答える。 どこか似た雰囲気の二人の良い感じの空気に、ナルトは思わず眉根を寄せてしまう。 (何だ?……こう……もやもやって……カンジがする) 胸に手を当てて首を傾げるナルトに気づいたイタチは、驚いたような顔をした後、口元を緩めてナルトの頭にポンッと手を乗せた。 「お嬢さんのナイト、お前で務まるのか?」 「オレ以外に勤まんねェよ」 ムッとした表情でそういえば、イタチは再び目を丸くした後、何か楽しい事でもあったかのように口元に笑みを浮かべて、くしゃくしゃとナルトの頭を撫でる。 「うわっ、い、いきなり、なんだってばよっ」 「いや、お前も男だな……とな」 「意味がわかんねェ。オレは正真正銘男だってばよ」 「その辺りはまだまだ……だが、気づいているか?」 急に声を潜めたイタチの鋭い視線にナルトも同じ様に鋭い眼光で頷くと、低く呟く。 「ああ……さっき感じた」 「そうか……ならばいい。気を抜かないことだ。もし可能ならば、自転車をお前が漕いで、彼女を後ろへ乗せ送ったほうがいいだろう」 やっぱ、そうしたほうがいいかと内心『はぁ』と溜息をついたナルトは、了承の返事を返そうとしたのだが、その前にイタチが口を開いた。 「まあ、長く共にいたいという気持ちはわからなくはないが……な」 「え、あ、なっ、ち、違っ」 ヒナタに聞こえない程度の声で会話をしていたナルトとイタチではあったが、いきなり慌てて声を上げたナルトにビックリしたヒナタは目を瞬かせて、彼を凝視する。 その視線が反対に恥かしくもあり、辛いような、困ったような、複雑な心境で、とりあえず見てくれるなと願いながらも慌てて視線を逸らす。 説明を求められても、説明のしようがない。 「兄さんっ……と、ナルト?……あれ?ヒナタ、お前まで……」 「あ、サスケくん」 「おー、サスケ、イタチ兄ちゃんと待ち合わせだってば?」 「ああ、これから父さんたちと食事だ」 普段着のサスケがいまだ制服姿のナルトとヒナタを見てから、少しだけ溜息をつき、ナルトに鋭い視線を向けると、小さく呟く。 「お前……こんな時間まで引っ張りまわしてたのか」 「い、いや、違うって!」 どうやらサスケの低い唸り声は聞こえたようで、ヒナタは慌てて首を振り、自分が夕飯の買い物をしていたからと説明すれば、サスケはナルホドと納得したように頷き、イタチは感心したようにヒナタを見た。 「夕飯をキミが?」 「は、はい……母を幼い頃に亡くしたもので……家事は私が……」 「そうか……」 イタチが柔らかく微笑み、ヒナタの頭を優しく撫でれば、サスケは驚いたような顔をして、ナルトは頬をあからさまに引きつらせて声を上げようとするが、何故それに対して声を荒げようとしているのかが理解できずに、口を開いたのはいいが声が出なくなり、ナルトは苦い顔をした後、黙りこくってしまう。 (イタチ兄ちゃんが頑張っている奴の頭撫でるのってクセみてーなもんじゃん。ヒナタは頑張ってる奴だろ?イタチ兄ちゃんだったらその反応は当たり前で……でも、なんだろう……オレってば……すげー……ソレが嫌だ) ヒナタが頬を赤らめて、はにかんだような笑みを浮かべ喜んでいるからかもしれない。 だけど、それはただ、褒められたから喜んでいるだけ…… そんなの見ただけでわかる。 なのに…… 「ナルト」 急にイタチに声をかけられたナルトは、自分が考えにかなり没頭していたらしいと気づき、慌てて顔を上げると、心配そうなヒナタの表情が見えて、慌てて笑みを作った。 だがしかし、それは逆効果であったようで、余計にヒナタは眉尻を下げてしまう。 (何で……アイツにはコレが作り笑いだってわかるんだ?イタチ兄ちゃんとサスケくらいしか気づかねェもんなのにさ……お前は、どうして、そんなにオレのことわかってくれんだ?) 思わず歪みそうになる顔を必死に戻したナルトは、不意に頭の上に乗せられた大きな手に気づき、視線を上げる。 「ナルト、頭で考えても、それは答えが出るもんじゃない。自らの行動を思い起こせばわかることだ」 「イタチ兄ちゃん?」 「もう、お前も一人前……なんだな」 どこか寂しそうな笑みを浮かべたイタチに首を傾げて見せたナルトは、頭をくしゃくしゃと撫でられた後、イタチの柔らかな笑みを見て、何かを認められたのは理解できたので苦笑を浮かべながらもやっぱり嬉しいと感じた心のままに笑みを浮かべた。 「よし、んじゃ、ヒナタ。遅くなっちまったから、オレが漕いでいくからさ、後ろ乗ってくれってばよ」 「え……え?」 「そうしたほうがいい。もう遅い時間だ……ほら、荷物はかごに乗せて」 「ナルト、こけるんじゃねーぞ」 「こけるかよ」 「明日ヒナタに怪我させたって言ったら、クラス総出でタコ殴りの刑だ」 「お、お前……何気に酷ェ刑思い浮かぶってばよ」 思い切り顔を引きつらせたナルトは、自転車に跨ったあと、後ろの荷台に腰をかけるヒナタがソッと上着を掴んだのを感じて、ドキリと心臓が大きな音を立てたのに気づく。 (え、え?な、なんだってばよっ……急にドキドキしてきた……) 「それでは振り落とされてしまう。ナルトが自転車を漕いだスピードは一般のスピードではない。腰の辺りにシッカリ抱きついていた方が良い」 (イタチの兄ちゃーーーーーんっ、いらねェこと言わないでーーーーーーっ) ナルトの心の絶叫を知ってか知らずか、ヒナタにそう促し、困ったようにサスケを見るが、サスケも同じようにヒナタにアドバイスをしているという状況に、ナルトは観念して後ろから回されるしなやかな腕の感触に再びドキリとした後、背中にくっつく柔らかな感触に喉をゴクリと鳴らした。 (や、柔らけェ……だ、抱きしめたときも思ったけど……ひ、ヒナタって……すげェ……柔らけェのな……) 耳まで赤くなっているナルトをうちは兄弟はニヤリとしながら後ろから見やり、そんなナルトの腰にしがみついているヒナタの恥じらいながら赤くなっている様子に、何だか達成感すら感じてしまい、兄弟揃って隠れてパチンッと手を叩き合わせる。 全くもって、真剣な顔をして何をしでかしてくれるかわかったものではない。 「ナルト、彼女を落とさないようにな」 「オイ、ウスラトンカチ……せいぜい、気をつけてな」 「……くそっ!!タチワリーぞっ!!」 完全にからかわれているとわかっているナルトは、もうこうなれば、ここからさっさと退散するのが吉だと結論付け、ペダルに足をかけて踏み込もうとするが、背中から回されている腕が緩んだのを感じて、慌てて片手でヒナタの手を押さえる。 「シッカリ掴まってろ!ふり落とされるんじゃねーぞっ!!」 「え、あ、ハイッ!あ、あの……では、また……あ、ありがとうございましたっ」 律儀に頭を下げたヒナタの声がドンドン離れていくのを聞きながら、うちは兄弟は手を振り、その後姿を見送った。 まさしくハイスピード。 自転車をあの速度で運転すれば、そのうち捕まるんじゃないかと思えるほどの速度で、逃げるように走るナルトの赤い耳を思い出せば、致し方がないなと二人は苦笑を浮かべる。 「しかし……あのナルトがな」 「ああ、兄さんも気づいてたのか」 両親と待ち合わせの場所へと二人が歩き出し、それに伴い女性の熱い視線も移動するのだが、二人はそんな視線には全く無頓着であるように、先ほどの件に関しての会話に夢中であった。 「ナルトはもっと元気の良い……クシナさんみたいな女性を選ぶかと思っていたが……」 「オレもそう思っていたけど、アレでも結構シックリくる二人なんだぜ」 「ああ、それは先ほど見ていて気づいた。とてもいい優しく落ち着いたお嬢さんだ。ナルトは中々見る目があるな」 「兄さんにそこまで言われるとは、ヒナタの奴もなかなかやるな」 サスケは苦笑しながら嵐のように走り去った二人の姿を思い浮かべ、口元を緩める。 どうやら二人の関係に興味があるような兄に、学校であったことを聞かせてやろうと、サスケは兄に声をかけ、イタチのほうも多分そういう話をしてくれるのだろうと弟を優しい目で見つめて、次の言葉を待つ。 そんな仲の良い兄弟の会話のネタにされているとは露知らず、ナルトとヒナタは、夜の街を自転車で疾走するのであった。 |