ふたたびアナタに恋をする 2 案内された病室は静まり返っていた。 病室内にいたのは、ネジとコウの二人。 二人は心配そうにヒナタを見ていたが、扉を開き入ってきた人物を確認して、その中にいた必死な形相であるナルトの姿に思わず言葉を失った。 病室に入るや否や、迷うことなくヒナタの傍に近寄るとジッと見つめる。 ただ眠っているような静かな表情。 血色はよくなく、青白い顔。 「……ヒナタ?」 ナルトの口から零れた声は、思っていた以上に弱々しく掠れていて聞くものの胸に痛みを伴う。 貫かれた胸に外傷は無く、脈が弱いだけ。 抜き取られたという赤い花が問題なのかと、ナルトはただヒナタの顔を上から覗き込む。 普通じゃない、そうそれはわかるのだが、言葉にならない違和感。 『……魂の一部を抜き取られたか』 「なんだって?」 ナルトが急に出した声に一同が驚き目を見開くと、視線をナルトに集めた。 そんな視線を感じながらも、話しかけてきている九喇嘛に意識を集中させると、もっとよく見たいから交代しろと言われ、体の主導権を九喇嘛に渡す。 一言発したあと無言で目を閉じたナルトを凝視していた人々は、次の瞬間息を呑む。 開いた瞳は赤。 「少し様子を診るだけだ」 呟かれた声はナルトのものではなく、九喇嘛のものであった。 そんなナルトの変化をはじめて目の当たりにした者たちは驚き、本能的に感じる震えに抗おうと努力している様子である。 それを鼻で笑った九喇嘛は、ソッと布団を捲くり、貫かれたらしい場所の上すれすれと所に掌をかざす。 『おい、お前触るつもりじゃねーだろうなっ!オレだってまだ触ったことねーんだぞっ!!』 「黙れチンチクリンっ!チャクラを流して状況を調べるだけだ!お前でもあるまし、そんなことするかっ!」 どうやらナルトと喧嘩しているらしいとカカシは溜息をつき、不安そうに見てくるハナビの頭を優しく撫でてやる。 「大丈夫、ナルトの中の九尾だけど、アイツ、ヒナタの事も気に入ってるから無体なことはしないよ」 「フンッ」 カカシの言葉が聞こえたのだろう、面白く無さそうに鼻を鳴らすと、九喇嘛はそのままの姿勢で暫くチャクラを流し込み続け、それからふぅと溜息をついた。 「やはり、魂の一部を抜き取られておる」 「魂を……ですか?」 確認するように言葉をかけてきたカカシに対し頷き見せてから、九喇嘛は困ったように顎を撫でると、低い声で呟く。 「さて……大事な部分でなければ支障はないが……魂を構成するのに必要な場所であれば、このまま弱り死に至るぞ」 「な、何とかならないのですかっ!姉上を助ける手立てをっ!!」 「花と言ったな……薄紫色の花と」 声を荒げる妹のハナビを一瞥してから、九喇嘛は先ほどチラリと聞いていた話を確認するようにハナビを見ながら言葉を紡げば、それに間違いはないといったようにハナビが頷く。 それを確認した九喇嘛は、さて厄介なことになったぞと、古い記憶を遡り、ヤレヤレとばかりに溜息をついた。 「どこのバカかは知らんが、じじいの封印を解いたヤツがいるのか」 古き記憶の中、六道仙人のやってきたことを思い起こし、その中にあった妖花を思い出す。 「六道仙人の封印をっ!?」 そんな馬鹿なと言う様にネジが叫ぶように声を上げれば、九喇嘛はヒナタの頬に手を当て眉根を寄せた。 いつもナルトに接しているヒナタの通常時を知っているはずである九喇嘛は、今現在ヒナタが放つ輝きが徐々に弱まっていくのが手に取るように理解できて、忌々しげに舌打ちをする。 「弱っている……マズイな」 徐々に体の中から抜け出す何かを感じているのか、九喇嘛はヒナタの中に作用している何かを取り払い、フッと息を吐いてから目を閉じてナルトと交代してしまう。 『コレで目は覚ますだろうが……』 「サンキュークラマ!目は覚ますんだな?」 『だが……いや、まあいい、このまま昏睡状態よりはマシだ』 ナルトの言葉に、一同がワッと沸き立ったのを合図にしてか、ヒナタの瞼が持ち上がる。 ゆるやかに、その薄紫色の瞳が病院の白い天井を捉え、不思議そうに首を傾げた。 「姉上っ!!」 「……ハナビ?あれ?……私……どうして」 おぼろげな意識のまま体を起こしたヒナタは、ゆっくりと一同を見渡し、再び不思議そうな顔をする。 「ヒナタ様、ご無事で何よりです」 「え……ええ……」 少しビクビクしながらネジに返事をするヒナタの様子に、ナルトは違和感を覚える。 (……ヒナタ?) 目を覚まして嬉しいはずなのに、心に染み付いたなんともいえない違和感。 まるで泥のようにこびりついたそれは、確実にナルトの中で大きくなる。 ヒナタが声を出すごとに、視線を彷徨わせるごとに、言葉を紡ぎ出すほどに…… 「何難しい顔してんのよ、アンタ」 サクラに背中をバシッと叩かれ、ナルトはその表情のままヒナタを見つめる。 しかし、ナルトを見つめたヒナタの瞳に、いつものあたたかさはなく、いつもの柔らかな色は存在しなかった。 「……あ、あの……し、失礼ですが……どちらさま……でしょうか」 おどおどと、小さく呟かれた言葉。 「ひな……た……」 わかっていた。 ナルトには理解できていた。 あの瞳は、向けられたことが無い、あんな目のヒナタは知らないと心が叫んでいた。 「お前こそ誰だっ!オレの知ってるヒナタは……そんな、そんな目はしねェっ!!」 肩を痛いくらい掴み、憤りをそのままぶつければ、脅え泣きそうな顔をするヒナタの姿。 ナルトに対し、彼女が脅えることなどない。 「ナルトのことだけ……覚えていない?」 サクラの言葉にナルトは信じられないくらいの衝撃を受け、泣きそうな顔をしてグッと歯を食いしばり耐える。 「……痛っ……」 「あ、す、すまねェ……ごめん……な」 ソッと肩から手を離し、小さく謝ると、これ以上はここにいられないと言う様に、ナルトは病室を走り出ていく。 誰もがかける言葉を失い、ただヒナタを見つめた。 どこか昔の……アカデミー時代の彼女を見るような様子であり、その姿そのものが痛々しいもののように感じる。 「一番大切なものを奪われてしまったワケですね」 サイの静かな声に、誰もが言葉無く頷くことしか出来なかった。 |