あの頃からきっと 8




 ナルトたちが海鳥の国へ到着した頃、海鳥の民はそれぞれどこか浮かない表情でヒソヒソと話をしては小さな溜息をついている。

 どうやらソレ全てが楔一族の新当主の噂であるようで、ナルトは思わず耳を澄ませた。

 聞くところによれば、新当主の横暴さや冷徹さ、何より捕らえられてしまった姫の哀れな姿がまことしやかに囁かれている。

「望まぬ婚姻なのでしょうか」

「さぁ、こればかりは噂でしかないからね」

 ひそひそと囁く声に、思わず声を張り上げて『誰が望んでなんているものかっ!』と、怒鳴りつけたい気分になりながらも、ナルトは黙って待ち行く人々を眺める。

 海に面したこの港町には、噂に違わぬ活気はあった。

 しかし、その活気に反して人々は浮かない顔ばかり。

(コレで本当に幸せになれんのかよ……)

 切なくなって立ち止まり震えるナルトをサスケがソッと先へと促す。

「今はオレたちがやれることをやるしかねぇだろ」

「サスケ……」

「お前は、考えるより突っ走るタイプだろうが」

「……そう……だけどさ……」

 小さく首を振ったナルトに対し、サスケは溜息をつくと何気なくサクラを見つめた。

 サクラのほうは『今声をかけるべき時ではない』とでも言いたげに首を振る。

 そんな二人のやりとりを見ながら、サイも同意見なのか、声をかけることも無く、ただ町並みを見つめていた。

 ヤマトがカカシと連絡をつけたのは、それからまもなくのことである。

 キバとシノに先導され、町外れの大きな屋敷の前で立ち止まると、一行はその屋敷の門の前でどうしていいのだろうと思案していると、その門が開き、背筋がピンッと伸びていて物腰の柔らかな男性が出迎えてくれた。

「この度は、我が愚息の為に、皆様にご迷惑をおかけして、誠に申し訳なく思います」

 ペコリと頭を下げる男性に、ナルトもヤマトも他のメンバーすら何と言っていいか分からず呆然と男を見つめていると、その後ろからゆっくりとした歩調で歩いてきたカカシが軽く手を上げて挨拶をすると、肩を竦めて見せた。

「どうしても侘びを入れたいって言って聞かなくてね」

「え……と……」

「今回の騒動の、楔コダマの父親、楔ヤマビコさんだ」

 エッと一同が驚く中、ヤマビコは柔和な表情に少し憔悴したような色を見せながらも、一同を奥のほうへと招きいれた。

 商人連合の全統括責任者とは言うには、あまりにも質素なつくりの家であり、確かに素材などはシッカリしたものなのだろうが、ゴテゴテとした装飾品などはなく、とても落ち着けて優しい感じが伺える屋敷。

(正直、もっと成金趣味の黄金の邸宅かと思ったぜ)

 シカマルは正直、今まで警護したことのある商人たちを思い出し、ソレとは全く違う雰囲気を持つヤマビコに対し、好感を覚えた。

 隣を見れば、チョウジも同じ感想を抱いたのだろう、小さく頷いて見せる。

 使用人も少ない静まり返った屋敷の中を、黙して後についていけば、大きな続き部屋へと通される。

「あっ!シカマル!チョウジ!……あ……ナルト……」

 シカマルたちを見て喜んだ顔をしたいのが、その後ろにナルトの姿を見つけ、思わず泣きそうに顔を歪めるのと同時に、キバやシノから『もうた大丈夫だ』と声がかかり、いのは静かに頷く。

 不安な気持ちを抱えていたのは、多分自分だけではないのだとナルトは思うと、ヒナタのことを考えて疼く胸を押さえた。

 言葉に出来ない思いがここにある。

 ぎゅっと胸の前を掴んだナルトを見て、キバはヘンッと鼻を鳴らし、シノはどこか柔らかい雰囲気を醸し出す。

 ナルトは黙って勧められた場所へ座ると、上座に座ったこの屋敷の主、楔ヤマビコを見つめる。

「大体の状況は聞いたってばよ。こっちの状況がわかんねェ……どんなことでもいい、情報が欲しい」

「確か、うずまきナルトさんでしたでしょうか。アナタはこの方々から聞いていた人物像と、少し異なるようですが……」

「今までのオレと背負うもんが違う」

 ジッと見つめるナルトの瞳の奥の熱を見つけたヤマビコは、ハッとした顔をしてから柔和な笑みをうかべ、それから深々と頭を下げた。

「誠に申し訳ないことをしました。アナタにとってとても大切な人を傷つけるようなマネを、我が息子がしでかした不始末、私の持つ情報網や伝を使ってでも全て開示いたしましょう」

「……ま、まだ何も言ってねーけど……」

 零節正しく頭を下げられ詫びられたナルトはこれに面食らったような顔をして思わず軽く身を引くと、ヤマビコを見つめる。

「目を見れば、だいたいのことは察しがつきます。これでも商売を長い間やっていたものですから……とても大切な方……なのですね」

「否定はしねーよ」

 はぁーと大きく溜息をついてから後頭部をガリガリ掻いたナルトは照れ笑いを浮かべてから、ヤマビコを見るとハッキリと言い切る。

 それはもう、全くの迷いもないように。

 潔い、それはスッキリとした顔で、ナルトは臆面も無く言葉を述べる。

「オレにとっちゃ、大事なヤツで、どんなことがあっても必ず連れ帰る」

「ナルト……」

 この言葉に驚いたのは、カカシたちであった。

 あんぐりと口を開いていのとキバは呆然としているし、シノもわずかに驚いた気配を感じさせる。

「ナルト、お前……」

 カカシがそう呟くと、ナルトはへへっと照れたように笑ってから苦笑を浮かべ、トンッと己の左胸を拳で叩いた。

 その様子を一同は見つめ、柔らかな笑みと共に紡がれる言葉を待つ。

「もう答えなんて出てたんだ。オレはヒナタに惚れてて、誰にも譲れねェ!ずっと一緒にいてーんだ。そしたら、ずっと幸せだって自信を持って言えるっ」



『ナルトくんと……ずっと一緒にいられたらいいな……そしたら、私はずっと幸せ』



 いのはナルトの言葉を聞いて、つい先日聞いたヒナタの言葉を思い出す。

 そして、まるでダムが決壊したようにボロボロ泣き出したいのに、シカマルはギョッとして慌てて肩に手を乗せると、いのが嗚咽を繰り返しながら、それでも必死に言葉を紡ぐ。

「ば……かっ!アンタたち……お、同じこと……同じこと言えるだけ通じあってて……ひっく……ふ……お、遅いのよっ!」

 いのの言葉にナルトは何も言えなくなって、ただ同じ気持ちでいたんだという事実だけが嬉しくて、そして切なくて、ナルトは泣きそうな顔をしながら唇を噛みしめた。

「すまねー……だから、今度は遅いなんて言わせねェように、絶対に阻止する。今まで見たいな力任せのやり方じゃ、ヒナタは戻ってこねェ」

 木ノ葉を盾にとられているヒナタは、木ノ葉の不利になる条件のまま帰ろうとしないだろう。

 それは例えナルトが直接乗り込んで攫いに来たとしても、己の気持ちを押し殺し突っぱねるだろうと、ナルトには予測が出来た。

 変なところで頑固だからな……と、その辺りの見解はヒアシと同じである。

 伊達に見てきたワケではない。

「だから、コダマさんの息子に諦めてもらえるような方法を考えなくちゃなんねー。オレたちはどちらかというと商人のやり方に精通してるワケじゃねェ。力や知恵を貸して欲しい……違う戦い方をオレに教えてくれってばよ、頼む!この通りだっ」

 ガバッと這い蹲るように頭を下げ頼み込むナルトに、一同が言葉無く見つめ、そしてそこからナルトがどれだけ真剣であるかを知り、誰もがかける言葉を見出せずいた中、ヤマビコは上座から動き、ナルトの前に来ると静かに跪いた。

「頭を上げてください。アナタの気持ちは見せていただきました。ソレ相応の……アナタとヒナタさんが傷ついた分、我々はアナタに力を貸しましょう」

「……ほ、本当に……」

「ええ、我々楔一族が商人連合で総元締めが出来たのは、それだけの財力があったからです。その財力など、数年前にはなかったのですよ。ただの一介の商人でした……今こそ商人連合の頂点へ上り詰めておりますが、ソレも単なる幸運でしかありません」

「……幸運」

 ソッとナルトの両手を握り、コダマは優しげに微笑み力強く頷く。

「他者の為に頭を下げることを厭わないアナタは強い。そして、里の為に己の気持ちを殺してまで留まるヒナタさんも強い。だから、アナタたちの想いに応えたいと思う者は少なくないでしょう……ほら、後ろにいる方々がその筆頭ではありませんか?」

 振り向き見つめる先に、それぞれ笑みを浮かべる仲間たち。

 今までどんな戦いの中でも生死を共に戦い続けてきた、大切な仲間の顔を見て、ナルトは満面の笑みのまま頷いた。

「ああ、オレには最高の仲間がいるってばよ!」

「本当の財産は、人との繋がりなのですよ。だから、我が息子は少々痛い目を見ても知らねばならないでしょう。私こそ、アナタ方にお願いします。どうか愚息を目覚めさすために手をお貸しください」

 ヤマビコの言葉に一同は静かに頷き、ナルトは黙って握ったままの手を一度解いてから、ソッと拳を突き出す。

「……コレは?」

「握り拳、突き出してくれってばよ」

「は、はい」

 言われたとおり握り拳を作って前へ突き出したヤマビコは、その拳にナルトが軽くコツンと拳をぶつけてきたので目を丸くする。

「コレが、オレたち流だってば」

「……なるほど、いいですね。覚えておきますよ」

 ふわりと笑ったヤマビコを見ながら、ナルトはいつものように悪戯っ子の顔をしてニシシッと笑う。

 全てがここからはじまり、全てが上手くいくような、そんな気がして、一同は自然と笑みを浮かべるのであった。




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