あの頃からきっと 3




 その頃ナルトは長期任務を漸く終え、我愛羅たちと共に砂の隠れ里へ戻ってきていた。

 砂隠れの里から少し離れた場所、月光に照らされ真っ白に輝く砂漠の上で、我愛羅とテマリとカンクロウ、そしてナルト、サスケ、サクラ、サイ、ヤマトは軽く会話をしながら歩いていた。

「今回も手を煩わせてすまない」

 先頭を歩くナルトと我愛羅の他愛ないいつも通りの気さくなやりとりを聞きながら、カンクロウとテマリは常時より嬉しそうな我愛羅を見て喜び、やっぱり仲が良いのだなと、7班の仲間たちは二人を見守る。

「いいってばよ!それよりも我愛羅、疲れてるだろ。ゆっくり休めって」

 ナルトと我愛羅の会話を聞きながら、久しぶりの外の任務で安堵の吐息をついたのはサスケであった。

 本来ならばカカシが来る予定だったのだが、どうしても外せない任務が入り、入れ違いになったようにヤマトが受け持つこととなったのだ。

 ナルト、サスケ、サクラ、サイ、ヤマトと、曲者ぞろいの班構成である。

 サスケと軽く談笑をしているサクラと、連絡を火影に入れるためにヤマトと話をしつつ鳥を飛ばすサイ。

(何だ?なんつーか……胸がざわつく……)

 ナルトは夜の月を見上げながら、胸元を押さえる。

 何かが訴えかけるのだ。

「なーに、ナルト、センチになっちゃって」

 サクラの声に我に返って、慌てて視線を向け笑みを浮かべる。

「あ……いや、何でも……」

 何でもないと言い掛け、脳裏に浮かぶのはヒナタの姿。

 長期任務前に見送りに来てくれた時の優しいがどこか寂しげな笑みではなく、とても不安そうで泣きそうな顔。

 何故そんな表情を?と疑問に思った。

 ここ暫く、そんな表情など見たことがないはずである。

 いつも優しく微笑んで、いつもあたたかく包んでくれるようなそんな労りと気心に溢れた彼女は、ナルト自身ゆっくりとしたいなと思う時に誘う人物ナンバー1だ。

 傍にいるとホッとして、ついつい愚痴をこぼしてしまうが、それすら優しく包み込む彼女。

 そんなヒナタの笑顔が曇ることなど、本当に最近では稀だというのに……

 そう思うと、心の中に不安が過ぎる。

 ざわりと胸の中に起こる不安、そしてざわめき。

(ヒナタに何かあったのか?)

 脳裏のヒナタに語りかけながら、その曇りをはやく拭い去ってやりたくて必死に手を伸ばすような心境で己の胸の上着を我知らず掴んだ。

 白く輝く月を見て思い出すのはただ1人。

 いつも微笑んでいて欲しいのは、彼女ただ1人。

「ナルト、大丈夫?」

 再び訝しげなサクラの声にハッと我に返ってみれば、いつの間にやらみんなの視線が己に集まっていた。

 みんなの視線に気づけなかった失態を恥じながらも、上着を掴んだ手に浮かぶ嫌な汗に苦笑する。

 ナルトは不安をかき消すように首を振ると、ジッと己を見つめている一同に笑みを作って見せた。

「何でもねーってばよ」

 そう言うと同時に、遠くから己を呼ぶ声が聞こえ、ナルトは思わずそちらへ視線を向ける。

 砂の上を一直線に駆けてくる、カカシの忍犬。

「パックン!」

 驚いてみれば、パックンがぜーぜー息を切らせながら書簡をナルトへと渡す。

「ふー、さ、さすがに疲れたわい。ナルト、すぐにその書簡を読め」

「え……カカシ先生から?」

「日向の娘が大変なことになった」

 ナルトは一瞬動きを止めると、我が耳を疑うように書簡からパックンへとゆるりと視線を動かしジッと見つめる。

「え?も、もう一度言ってくれってばよ」

「日向ヒナタが大変なことになったと言った」

 今度はハッキリ聞こえたナルトは、心臓を鷲掴みにされるような衝撃と共にパックンを凝視し、言い切れない程の胸苦しさをそのままぶつけるように大きな声を出した。

「っ!!ど、どういうことだってばよ!ヒナタに、ヒナタになにがあったっ!!」

「いいから書簡を読め!詳しくはそこに書いとる!」

 ヒナタの名前が出た途端ナルトが取り乱したようにパックンに詰め寄るのを見て、我愛羅たちは驚いた顔をするが、乱暴にバッと書簡を開きカカシからの報告を読むと、ぐしゃりとその書簡を握り締める。

「何だよコレ……なんだってばよ……カカシ先生がついてながら、何やってんだよ!!」

 わなわな震える拳と、溢れるチャクラでナルトの激高ぶりが伺える。

 震える声、奥歯を噛みしめる音、全てが怒りで彩られていた。

 激しく怒り狂うナルトをヤマトの静かな声が抑える。

「ナルト、ヒナタさんのことならボクたちも気になる。差し支えなければカカシ先輩が何を知らせてきたのか話してくれないかい」

 ヒナタの名が出て気になるのは何もナルトだけではない。

 生死を共に戦ってきた仲間の1人なのだから、他のメンバーとて気になるところである。

 ナルト程ではないにしろ、やはりその衝撃は大きい。

 一瞬躊躇ったナルトは、その重苦しい口を開き、幾分低い声で書簡の中身を知らせる。

「……ヒナタが木ノ葉の為に無理矢理見合いさせられて、そのまま輿入れされそうになってるって知らせだってばよ」

「木ノ葉の為に?」

「ああ……この前木ノ葉に多額の寄付をした商人連合の大元締めの息子って奴が……多分白眼狙いでヒナタを幽閉した」

 ブルブルと震えている拳と相反して冷静に淡々と語る口調。

 必死に怒りを押さえ込んでいるのだとは分かっているが、怒りを越えて泣きそうなナルトの顔を見ていることが出来ず、目を逸らす。

 ヤマトだって知らないワケではない。

 最近、ナルトとヒナタが仲睦まじく里を歩いているのをよく見かけた。

 どちらともなく寄り添い、少しずつ育んでいるものがあるのだろうと感じられる、あたたかく優しい関係。

 いつかきっと、この二人が想いを通わせあい、その笑顔で幸せを運んでくれるかもしれないと、ナルトやヒナタを知る者ならば思わずにはいられない、そんな雰囲気を二人は持っていたのだ。

(ナルト……)

 言葉にならず、ヤマトやサクラが心の内で名を呼ぶ。

 ナルトがやっと求め始めた幸せを、横から掻っ攫われた気分がして悔しくて仕方が無い。

「拳を握り締めて……血が滲むくらい……握り締めてたって……悔しいのを堪えて、木ノ葉の為にっ!!」

 あの温厚なヒナタがそこまで感情を露に悔しさを滲ませるということ自体が珍しいということは、木ノ葉の者ならば誰もが知っていた。

 ギリギリと奥歯が砕けるのではないかと思えるほど強く噛みしめたナルトは、己の拳も血で滲ませながら、パックンを見る。

「カカシ先生は……」

「カカシは、実権を握っておる息子ではなく、前任者の父親の方へ面会に行きおった。火影にも今頃連絡が行っておるだろう。一度木ノ葉に戻るがいい。そして、綱手の指示を仰げ」

「……ああ」

 ナルトは一度キツク目を閉じると、心を鎮めようと努力する。

「今一番辛いのは、ヒナタだ……オレがここで怒り狂っても仕方ねェ。何か、何か方法を見つけなきゃなんねェんだ、冷静になれ、オレ!!」

 ガツッと己の頬を拳で殴りつけて、ナルトはカッと目を見開くと、大きく息を吐く。

「すまねー……取り乱しちまった」

「ほほう、お前もいっぱしの男の顔をするようになったではないか」

 パックンがニヤリと笑ってからナルトを見上げると、一言。

 そんなパックンに照れたような笑みを浮かべて見せるナルトに、パックンはふむとひとつ頷いてから、ナルトに言葉を投げかけた。

「どうしてそこまで取り乱すことになったか、お前自身、そろそろ考えねばならん時だとは思わんか」

「え……」

「ナルト、お前にとって日向ヒナタは何だ」

 パックンの問いに、ナルトは一瞬ビクリと体を震わせ、そして何かを必死に抑えるように声を出す。

「……大事な……仲間だってばよ」

「フン、そう思うならそう思っておけ。その答えを見つけんと、日向の娘を本当には救えん」

 ナルトは驚いたようにパックンを見つめ、そしてパックンは意味深な言葉を残して消える。

「変化のない関係などないということだ」

「……変化……」

 ナルトはパックンの消えた煙をジッと見つめながら、己の内側に問いかけ、そして何かを掴みかけては恐ろしくなって手を離す。

 ソレを掴んでいいのかどうか迷っているというのが正しい。

「ナルト、とりあえずこちらの任務はコレで完了だ。今から急げば明日の夕方までには木ノ葉に着く」

「すまねーってばよ、我愛羅。ゆっくりして行けねーで」

「いや……うずまきナルト。1つ尋ねたい」

「何だってばよ」

「何故恐れる」

 ハッとした顔をして我愛羅を見つめると、先ほどまでの心の内を知っているかのごとく、我愛羅はナルトを見ていた。

 迷い、不安、怒り、哀しみ、全てが綯い交ぜになったような、そんな感覚の中で、ナルトは眉根を寄せる。

「わかんねェ……でも、コレだけは分かってる。守りてェ……ただ、守りてェんだ。泣かせたく……ねェんだよ」

 キッと前を見据える瞳を見ながら、そこから答えを得た気がして、我愛羅は頷いた。

 気づいていないのではない、気づくのを恐れ、手を伸ばすのを躊躇い、そして、きっとそれすら飛び越えて手を取り合うだろうと確信した我愛羅は視線を横へと走らせる。

 ナルトの心境を一番知っているのだろう仲間たちも、複雑そうな顔をしながら、それでも黙ってナルトを見守っていた。

「行くぞ、ウスラトンカチ。こういうのは早く手を打たねぇと、取り返しがつかねぇことになるぞ」

「お、おうっ!」

「では、失礼します」

「事の詳細は、また後ほど」

 ナルトたち一同が走り出したのを見ながら、我愛羅は頷き返事を返すと、哀しみと切望をいり交えたナルトの目を見て、彼が何を本当に求めているのかが垣間見えた気がして、我愛羅は言葉に詰まった。

 愛情というものを実感できず、恐れているのかもしれない。

 そして、大切過ぎるが故に傷つけたくなくて、己の人柱力という立場と相手が日向一族の嫡子であるという立場。

 ナルトらしくもなく、それを意識しているのかもしれない。

 だが、きっと……

(うずまきナルト、お前ならソレを越えていける……お前が信じ望む相手なのならば必ず……)

 我愛羅は心の中でナルトに語りかけながら、一行を姿が見えなくなるまで見送る。

 砂漠を照らす満月の青白い光に、この先を照らす光明を見出した心持で空を見上げ、そして天へ祈った。

(願わくは、我が友の愛しい者に、加護があらんことを……)

 冴え冴えと降り注ぐ青白い光が、この時ばかりは優しく、そしてあたたかく感じられた我愛羅は、目を閉じただ友のため祈るのであった。







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