潮騒の記憶 1




 本日は木ノ葉始まって以来の最高気温をマークし、火影執務室でぐったりとしていた綱手のばあちゃんが大量の報告書に目を通し終え、漸くため息をつき、机に突っ伏した。

「ったく、お前ってヤツは」

 呆れたような綱手のばあちゃんの声を聞きながら、オレはひと心地ついたように息を吐き出す。

 こちらの条件を呑んでもらうのに、結構無茶した気はするが、どうしようもない。

 渦の国へ行くのに、同期メンバー皆っていうのは、やはり無茶があったかな……と、思ったところで後の祭り。

 同期メンバーは現在木ノ葉の主力と言っても過言ではない。

 それぞれが、それぞれの力量に合わせた任務についているとは言えど、その任務の量がハンパでないのだし、現在の状況でいうならば、木ノ葉の財政は里の復興資金もあり、火の車。

 判ってはいるのだが、こちらは仕事ばかりで休みもろくにとれていないのだ。

 多少のことは多めに見てもらいたいと思う。

 何せ、今回は自分から提案したことだし、何よりもご褒美が待っているのだ、俄然やる気になるってもんだってばよ。

 そこで、綱手のばあちゃんが出してきた交換条件は、1人頭、依頼で50万両稼ぐということ。

 鬼だろ?

 鬼だよな?

 でも、一度口にした約束を破棄するなんて事もオレには出来なかったから、影分身200体フル活動で任務をこなし、一週間ギリギリで何とか同期メンバー分だけは確保できた。

 ま、今回もゲジマユには悪いが、サスケの邪魔して貰っては機嫌取りが面倒なんで、お留守番ってことで勘弁して貰おう。お土産は買ってくるからな!

 それに、オレたちがいないのだから、任務が山のように入るかもしれない。

 影ながら応援してるってばよ!

「ばあちゃん、約束は約束だってばよ」

「あ、ああ……しょうがない。本当にやるとは思っていなかったが、これだけ稼いでくれれば、当面どうにかなるだろう。しかし、お前にこうやって働いてもらったら、財政難なんぞ何でもござれじゃないのかい?」

「ちょ、ちょっと待った!こんなペースで任務してたら、オレぶっ倒れるどころか過労死するってばよ!それに今回頑張ったのは、約束があったからだし、ご褒美……」

「は?ご褒美?」

 思わず滑り出た言葉に慌てて両手を振って何でもないというと、胡散臭げに綱手のばあちゃんがオレを見た。

「い、いや、それはこっちの話だってばよ!と、とりあえず、これで、新旧7班、8班、10班の連中は休ませて貰って渦の国へ行って来る!」

「ああ、気をつけて行って来るんだよ」

 あぶねーあぶねー

 まさか、ヒナタの水着姿がご褒美だから頑張ったなんて言った日には、何て言われるかわかったもんじゃねーって。

「オッス!んじゃ綱手のばあちゃん、行ってきますってばよっ!」

「なるべく早く帰ってくるんだよ」

 綱手のばあちゃんが満足げに報告書の束をシズネの姉ちゃんに渡したのを確認してから、オレは火影執務室を出た。

 執務室を出て歩いていると、丁度任務が終わったのか8班の連中が歩いてくるのが見え、オレはゆっくりした動作で手をあげ挨拶をすると、軽く挨拶を返してくれる。

 どうやら怪我も無く帰ってきたなと確認すると、キバとシノの後ろで、まだオレに気づいていない蒼紫色の髪を揺らしながら歩くヒナタを見つめた。

 今回の隊のリーダーになった上忍なのだろうか、なにやらなれなれしげにヒナタの肩に触れようとしたので、思わずヒナタの腕を引っ張りオレの方へ引き寄せ耳元へ唇を寄せる。

「ヒナタ」

 自然と低い声が出て、腕に伝わるほどヒナタがビクリと体を震わせた。

「な、ナルトくん?」

 ビックリしたように耳元を手で押さえて、真っ赤な顔をしてオレを見上げるヒナタに満足。

 些細な仕草が可愛いと、最近凄く感じる。

「いま任務の帰りか?怪我しなかったか?」

「う、うん、怪我はないよ。ど、どうしたの」

 普段こういう止め方をしないオレに対し驚いたのか、目を丸くしてオレを見上げるヒナタを見下ろし笑顔で応えつつ、チラリと上忍を見れば、なにやら挙動不審にキョロキョロしはじめキバとシノの方へ声をかけオレを指差すが、二人はどこ吹く風。

「いつものことっスよ」

「ナルトがああやって止める時は、大抵用事がある。黙っていてやって欲しい」

 キバが呆れて此方を見ながら言うと、片目を瞑り、シノの方は1つ頷いて見せた。

 どうやら、この上忍のヒナタに対する態度を快く思っていなかったらしい。

 なーんとなく、わかっちまうけどよ。

「ヒナタ、この前の約束覚えてるか」

「え?う、うん、も、勿論……じゃ、じゃぁ……許可……出た……の?」

「ああ」

 得意げに笑ってやると彼女は嬉しそうに微笑んでから、間を置いて何かを思い出したのか真っ赤になった。

 きっと水着姿のこと、思い出したんだろうな。

「約束、忘れんなよ」

「わ、忘れない……よ?……あ、あの……そ、その……ありがとう」

「ん?何でお礼?」

 ビックリして訊ね返せば、彼女は指先をつんつんと突付きながら上目遣いで見上げてきた。その瞳がどことなく濡れているようで思わず息を呑む。

「あ、あの……無茶……したよね?許可取るのに……ずっと、里にいなかったから……心配……していたの……ご、ごめんね」

「い、いや、オレが言い出したことだしさ……」 

 何となく恥ずかしくて横を向いてそれだけ言うと、新たに任務を終えたらしい10班と、サスケ、サクラちゃん、サイ、カカシ先生が通路の奥から歩いてきた。

「おや、お久しぶり、8班の担当したんだって?ご苦労様」

 オレの顔をひと目見て何があったのか察したのか、それともその上忍が何かあるのか、カカシ先生が目を細めて言うと、上忍は軽く挨拶をしただけで、先に行っていると言い歩いていってしまった。

 何だ?変なヤツ。

「ヒナタ、大丈夫だった?」

 カカシ先生が心配そうにヒナタに視線を向けると、ヒナタは苦笑しつつ頷く。

「キバくんとシノくんと赤丸くんがいましたから」

「うーん……アイツ、力量はあるんだけど、本当に困ったヤツだよ」

「ヒナタ?カカシ先生?何があったんだってばよ」

 オレが訊ねると、ヒナタは言いづらそうにカカシ先生とキバとシノの間に視線を彷徨わせ、困った顔をした。

 何かとてもいい辛いことらしいが、余計に気になる。

「うーん……ナルト、怒らない?」

「は?」

 オレはますますワケがわからないという顔をしてカカシ先生を見ると、キバが溜息をついて首を振り、シノが「無理な話だ」と呟くのが聞こえた。

「何だってばよ」

「あー、うーん、まぁ、いずれわかっちゃう事だし」

 カカシ先生は、頬をポリポリ掻いて何だか言いづらそうだったけど、肩を竦めて何かを諦めたように苦笑する。

 それを見たキバがオレに向かって徐に口を開いた。

「ナルト、お前がヒナタを引きとめたのも、何か感じたからだろ?」

「あ、ああ。なんつーか、さっきのアイツ……なーんか嫌な感じがしてさ」

 黙って聞いているシカマルも何か知っているのか、険しい顔をしているし、サイもサクラちゃんも何か思い当たったのか溜息をついている。

「ったく、最初はビックリしたぜ、赤丸が教えてくれたから良かったものの……ヒナタなんて勘違いしたんだろうって言い出すしよ」

「ヒナタ……もうちょっと女の子なんだから警戒心持ったほうがいいよ?でないと、お前さんの真横のヤツが暴走しちゃうから」

「え?……え??」

 カカシ先生の言わんとするところがわからず首を傾げていたオレを、ヒナタが不思議そうに見上げてくる。

「ナルトくんが、暴走するの?」

 目を瞬かせて尋ねてくるヒナタは、凶悪なほど可愛い。

 少し染まった頬が桃のようで、時々かぶりつきたくなるのは何でだ?

 いやいや、今はソレ関係ねーし、とりあえずヒナタの質問に答える。

「あー、いや、意味がわかんねーと、するかどうかもわかんねーよ」

 オレの言葉に、確かにそうだと思ったのか、ヒナタは人差し指を唇に当てて思案したあと、困ったような顔をしてからかろうじて聞こえるような小さな声で話してくれた。

「え、えっと……じ、実は……夜這い?ではないかと……」

 オレは我が耳を疑い、それからもう一度ヒナタをジッと見つめ、口を開く。

「えーと、もう一回……言ってくれねーか」

「う、うん……あの、赤丸くんやキバくんやシノくんが……夜這いじゃないかって……言うんだけど」

「…………はい?」

「で、でも、間違ったって言ってたし」

「あのな……間違って一回どころかアイツ二回もやってんじゃねぇか!上忍でそんなバカいねぇよ!」

「ヒナタ、もう少し自分の容姿に気づくべきだ」

 後ろから言葉をかけてくるキバとシノの言葉なんて右から左、ヒナタの言った一言の衝撃が大きくてオレは呆然とヒナタを見つめる。

 おい……いま、何て言った?

 よ ば い ?

 誰に?

 ヒナタに?

 あの上忍が?

 思わずそれだけ理解すると、ガシッ!とヒナタの両肩を掴んだ。

「何もされてねーだろうな!大丈夫だったのかよっ」

「う、うん、赤丸くんがすぐ気づいたし、私もまだ眠っていなかったから……テントも判りやすいようにしてあったつもりだったんだけど……」

「それは間違いじゃなくて、故意にしてるだけだってばよ!」

「え?えっと……そ、そうなの?」

「そうに決まってんだろうがっ!ああああああっ!ヒーナーターっ!お前なぁぁっ!」

「ふぇ!?ご、ごめんなさいっ」

 オレの勢いに思わず謝るヒナタを見て、ガックリと肩を落とす。

 そうだ、ヒナタはこういうヤツだ。

 危機感なんぞあったもんじゃねーし、自分は女だがモテるわけがないと、どういうワケか違う方面に変に自信があるというか、信じて疑わない。

 そして、こんなヒナタを知ったアイツはいいターゲットとしただろう。

 シノやキバや赤丸がいなかったら今頃……と、考えただけで虫唾が走った。

 奮える拳を抑える術が見つからず、オレは低く呻く。

「ぶん殴ってくる」

「ほら、やっぱり暴走したでしょ」

 カカシ先生がヒナタにそう言うのが聞こえたが、オレはどうやらかなり怖い顔をしているようで、キバの頬が引きつり、赤丸が尻尾と耳を下げ、シノが一歩引いた。

「待てナルト」

 サスケがオレを止めようと肩に手をかけるが、ナイスタイミング?で、サイがいらぬ一言を投下した。

「サクラも以前被害受けそうになって、困ったことがあったんですよね。サクラの一撃で懲りたかと思ったんですけど甘かったですね」

「オレも行く」

「おう、それでこそ親友だってばよ」

 オレとサスケは静かにそう言うと腕をクロスさせ一度ガツッと合わせると廊下をズンズン歩き始める。

 後ろで、カカシ先生の諦めた溜息や、サイのハハハという笑いや、サクラちゃんが何やら嬉しそうに恥ずかしそうな声でサスケの名前を呼んだり、いつもの口癖を呟くシカマルがいたり、呆れた声を出すいのがいたり、心配そうに名を呼ぶチョウジがいたりするが、気にしねェ!

「な、ナルトくんっ」

 ヒナタの声に一度止まり視線だけ向けてオレは低く言い放つ。

「あーいうヤツは、ヒナタみたいなのに目つけて後々厄介だし、何より他にも被害出たら困るだろ」

「そ、そうだね、私に対して気まぐれでしたとしても、サクラちゃんとかいのちゃんとか被害にあったら大変だものね」

「オレはお前が一番心配だっつーのっ!!ぜってー目つけられてんだぞっ!?さっきのアイツの目見たか!?」

「え……え?」

「あー、もー!その件に関してあとでお説教だってばよ!とりあえず、アイツをシメる!行くぞ、サスケ!」

「おう」

 走り出すオレたちの耳に、カカシ先生の「ほどほどにな〜」という声が聞こえたが、完全スルーして全速力!

 てか、待ってろよテメー……

 タダじゃすまさねェってばよ!

 オレとサスケは目にも留まらぬ速度で移動しつつ、撒き散らす殺気に下忍たちが驚き戦慄くのも無視して一路火影執務室を目指すのであった。







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