40.相思 どちらとも緊張の面持ちでナルトの部屋へと入り、己の心臓の音だけがやけに激しく耳の奥に響いていた。 自分の部屋に戻ってきただけだと言い聞かせても、干上がる喉と、これから起こることへの期待、そして不安が入り混じり言葉すら浮かんでこない。 それは後ろで固まってしまったヒナタも同じなのだろうと、ナルトは安心させてやるべく振り向けば、大げさにビクリと体を震わせたヒナタが、手を少し震わせてナルトを見上げた。 脅えていると知ったナルトは、顔を歪ませると眉尻を下げて苦笑を浮かべる。 無理強いをするつもりなどないのだ。 「気が変わったなら今のうちだぜ」 なるべく優しい声と口調でそう告げれば、ヒナタは必死に首を左右に振る。 そのあまりにも必死な様子に、ナルトは余計に笑みが苦いものへと変わっていくのがわかった。 「ヒナタ……ここで断ったからって、オレはお前を嫌いになんてなりやしねーんだから……な?無理すんな」 言い聞かせるように肩に手を置けば、ヒナタは泣きそうな顔を上げてナルトを睨み付ける。 そのヒナタの様子に驚いたのはナルトのほうである。 泣き出すとばかりに思っていたヒナタが、目に涙をいっぱい溜めて、睨むのだ。 「ナルトくんは……わ、わかってませんっ」 「な、何がだってばよ」 「わ、私……そ、そんな生半可な気持ちで……そんな気持ちでここへ……ここへ来たんじゃないっ」 「でも震えてるぜ……」 震える両手を優しく包んで口付けすれば、やはり体は大げさなくらい震えて、どう見てもナルトを恐れているようにしか見えない状況だ。 「正直怖いです……で、でも……それ以上に……な、ナルトくんの……ものになりたい」 眉尻を下げ、それでもシッカリとナルトの目を見つめてそういったヒナタの言葉に嘘偽りは無い。 未知なるコトへの恐怖。 しかし、その相手が誰でもなくナルトであるという事に寄せる愛情と信頼。 この世の中で、一番自分を大事にしてくれる人だという絶対的な信頼のもとで、ヒナタはナルトに全てを預ける決意をしているのだ。 「……ヒナタが思ってるほど、オレは優しくねーぞ」 「そんなことない……ナルトくんが、一番優しいよ」 迷うことなく紡ぎ出された言葉。 胸が締め付けられるような気持ちでヒナタを見つめれば、柔らかな笑みが返って来て、先ほどと違う苦笑を浮かべて見せた。 「オレだって優しくしてやりてェけど、正直どうなるかわかんねェ」 ヒナタの正直な想いに応えるべく、ナルトも嘘偽り無い言葉を己の中から引っ張り出してくる。 経験豊富な男ではないし、正直女の体に触れるのははじめてで、どうしていいのかさえわかってはいないかもしれない。 ただ、傷つけたり、痛めつけたりは絶対にしたくないし、何よりも痛い思いを出来るだけ緩和したいとも願う。 知識としてはある。 師匠があのエロ仙人なのだ。 男女の知識は子供の頃はわからなかったが、大人になっていくにつれて、どういう意味合いなのか理解してくる。 選別とばかりに押し付けられたモノだってあった。 (ふつー弟子に避妊具を選別と言って渡す師匠がいるか!?) 思い出せば頭痛しかしないのだが、それでも何かと役にたっている知識もあり、正直素直に喜べない。 純真無垢を絵に描いたようなヒナタをこの手にするのには、違う意味で勇気がいる気もした。 「ヒナタを傷つけちまうかも知れねェ……確実に痛い思いはしてもらわなきゃなんねーんだぞ」 「う、うん……あ、あの……一応……わ、私だってサクラちゃんたちからそういう知識は……う、植えつけられてるもん」 「……サクラちゃん、何考えてんだってばよ……」 思わずその場に蹲りたい気分になりながら、自分の班の桃色の小悪魔を思い出し、大きな溜息をつく。 考えたって埒が明かないことでうだうだしていても仕方が無いとばかりに、ナルトは顔を上げるとヒナタをジッと見つめてその体を引き寄せる。 馨しく柔らかな肢体が無防備に己の腕の中に飛び込むカタチとなり、すぐ傍に見えるほんのり赤く染まった耳に唇を寄せた。 「ヒナタ……本心はすげー欲しい……お前が欲しくて仕方ねェ」 背中に回された手が、上着をぎゅっと掴むのを感じながらナルトは熱い吐息と共にヒナタの耳朶に言葉を流し込む。 「出来るだけ優しくする……だけど、怖かったり嫌だったら言ってくれ……な?」 「……うん。ありがとう……ナルトくん」 ソッと体に隙間を空けて見詰め合う。 互いの目の奥にある、狂おしい熱。 キスなんてはじめてじゃないのに、何故か震える。 細かく震えた指先を、互いの頬に添えてソッと顔を近づけ……甘いと感じる熱い吐息がかかり、ゆるりと目を閉じた。 ソッと遠慮がちに重なる唇。 すぐに離れ、また導かれるように重ね、また離れる。 会話をするように、何かを確かめるように、ついばむような口付けを何度も交わし、瞳を開き見つめあう。 「…………」 「…………」 無言のまま見つめあい、戦慄く唇。 熱の篭った視線。 思いのほか緊張していた体は、ゆっくりと力を抜き、再び目を閉じて重なる唇と唇。 今度は深く。 互いにそっと開いた唇から舌を差し出し、チロリと舐め突きあう。 頬に添えられていた手は、お互いの後頭部へと回り、それと同時に隙間なく合わされた唇。 互いの舌を絡ませあい、時折聞こえる水音が気持ちを高めていく。 とろとろと絡めあい、混ざり合った唾液を飲み下し、ヒナタはひくりと喉を鳴らした。 それを感じながら、ナルトはより深く繋がろうと貪るように容赦なく奥のほうへと舌を差し入れ狭い口内を余すことなく舐め尽す。 苦しそうに眉根を寄せて必死にナルトに縋り付くヒナタを片腕で支えながらナルトは、漸くヒナタを解放すると、互いに上がった息を整える。 ナルトにしがみつき、何とか呼吸を正常な状態へと戻そうとしているヒナタの唇からこぼれている唾液を指で拭ってやってから、ナルトは軽く身を屈めるとヒナタを抱き上げた。 「ひゃっ」 驚き声を上げるヒナタに優しい眼差しで答え、器用に寝室の扉を開けて入っていくと寝台の上へと横たえる。 ギシリと軋んだベッドの音に、二人ともビクリと反応してしまい、顔を見合わせクスリと笑った。 どこか緊張しているのだなとわかる互いの行動に、どこか安心している部分があり、嬉しく感じるところもある。 互いにとってのはじめて。 ヒナタはナルトを寝台の上に仰向けになった状態で見つめ、ナルトもゆっくりと体を屈めながら、ヒナタの体に覆いかぶさる。 見上げるヒナタ。 見下ろすナルト。 既に外には月が出ていて寝室の窓から差し込む月明かりがやけに眩しい。 少しヒンヤリとした空気を感じるようになった最近の気候とは裏腹に、二人の間にある空気のなんと熱いことか…… ギシリと再びベッドが鳴るが、今度は二人ともその音で驚いたりすることもなかった。 ヒナタの体に覆いかぶさっているナルトはソッとヒナタの首にある額宛をとると、自分の額宛と共にベッドサイドに置いて、何気なく目に入った写真立てをパタリと伏せた。 「見てんじゃねーよ」 その言葉が誰に向けられたものかは聞かずともわかり、ヒナタは口元に笑みを浮かべる。 「今からオレしか見たことねェ……ヒナタを見るんだからさ」 そういって戻ってきたナルトは、中途半端に投げ出されているヒナタの体をベッドの中心へ寝かせると、今度こそ己もズイッとベッドの中央へと這い上がり、覆いかぶさった。 心地いい重みを感じながら、ヒナタはナルトの背を抱き、ナルトはヒナタを抱きしめる。 「重くねーか」 「ん……心地いい感じ……」 「そっか」 片方の肘をついて体重を逃しているからかもしれないが、やはりナルトは大きくなったと思う。 二年半の修業を経て戻ってきたナルトも大きくなったなと思ったが、大戦を終え、それから復興のために里や他国を飛び回っていた二年の間にまた大きくなっていた。 成長期とはよく言ったものである。 身長はもちろんのこと、肩幅や胸の厚み、腕の太さ、足の長さ、均整の取れた筋肉。 元々手や足が大きかったナルトである、大きくなる素養は持ち合わせていたのだ。 昔から手足が小さいヒナタにとっては、それは羨ましくもあったのだが、今はあまり気にしていない。 手が好きだと、この身長差が丁度いいと、小さくて可愛いとナルトが言ってくれるから…… 彼が言ってくれるなら、自分の嫌いなところも好きになれる気がした。 (だから、ナルトくんに愛して欲しい……全てを……そうしたら、私はもっと自分を好きになれると思う) 唇が敏感になるほどキスされ、呼吸を乱していたヒナタは、そんなことを考えながらナルトを愛しげに見つめる。 目の前の愛しい人が、まるで熱に浮かされたように必死に求めてくる様は、夢を見ているように嬉しくて、同時に少しだけ怖かった。 瞳の奥にある、狂おしい熱。 それはとても不可思議な色を宿しているのに、時々射抜くように見つめてくる。 いままで見たことのないナルトが時々顔を見せた。 眉根を寄せ、熱く吐き出す吐息と共にあふれ出す色気。 男に色気なんて卑怯だと、胸中で呟きながらも、もう考える余裕なんてそろそろなくなってきていて、首筋に感じる熱に翻弄され、ヒナタは思わず漏れた甘い声に体を震わせた。 コレに驚いたのはナルトも同じだったらしく、行為を止めてジッとヒナタを見つめる。 「……気持ちいい?」 「や、き……きかない……でっ」 つつつーっと指を首筋に滑らせながら尋ねるナルト。 それに必死に抗議しながら、ヒナタは羞恥心に悶えハッと息を吐く。 「へへ……嬉しいってばよ」 そう言うと、再び首筋に顔を埋め口付けを開始する。 首筋をすべる唇の感触と、這い回る舌の愛撫。 時折吸い上げられる、チクリとした痛み。 これで呼吸を乱すなというほうが無理な話で、ヒナタはシーツを両手でぎゅっと掴み、それで何とか紛らわそうとするが、両手を握られ頚動脈辺りを舌で舐められた瞬間、短い声を出し慌ててそこをずらすように体を捻れば、ナルトの舌は追いかけてきて丁寧に舐め上げる。 「や……も……んんっ」 荒い呼吸の中で互いの熱を感じながら、ヒナタは白い喉を逸らせて甘く吐息を漏らす。 まだ夜ははじまったばかり。 熱を感じ、身も心もより深く繋がろうと、互いを求め貪るようにベッドに身を沈めていくのであった。 |