25.羽織





「ふむ……お前にはもう、先ほどの力は出せない……そして、尾獣の力も借りられない……どうする?」

 タガウの声は聞く者全てに不快感を与え、そして苛立たせる。

 ナルトはそれを認識しつつも、目を閉じて気を集中させると、徐に指を噛み切った。

「口寄せの術!」

 ぽふんっ

 軽快な音を立てて現れたのは、大きなガマ蛙ではなく、年老いたガマが一匹。

「へへっ、すまねーな、じいちゃん仙人」

「おお、ナルトちゃんやないか」

 年老いたガマはそう言うと、嬉しそうに笑いながら手に持っていた物を「丁度ええ」と言いながら場の空気も読まずにナルトへと渡す。

 そして、それを受け取ってしまうナルトもナルトなのだが、どうもこういうところが素直過ぎるナルトに悪意も他意もない。

「じいちゃん仙人、何だってばよ」

 手渡されたのは、赤と黒の布地。

 手触りはよく、しかもどことなく不思議な感じがした。

「かあちゃんからのプレゼントじゃ。ナルトちゃんの羽織、この前の戦いで綺麗サッパリ消えてしもうたじゃろ」

「あ、あー……ああ……ま、まぁ……な」

 この前の戦いと言われたが、この時指し示されているのはペイン戦でのことだろうとナルトは感じる。

 そして身に着けていた羽織は九尾化した時に燃え尽きてしまったのだと改めて思い出し、ナルトはソレと同時に苦い記憶も脳裏を横切ったのか奥歯を噛みしめた。

「じゃから、母ちゃんがえらい心配しよってな。どうしてもナルトちゃんに着せてやりたい言うて、コレこさえてくれたんじゃ、ほら、袖通してみ」

「い、いや、じいちゃん仙人、い、今それどころじゃっ!」

「なんじゃと!?かあちゃんが丹精篭めて作った羽織が着れんいうんか!」

「んなこと言ってねーってばよ!!だ、だから、敵が目の前にっ!!」

 と、ナルトとじいちゃん仙人こと、フカサクがナルトを怒鳴りつけるという珍妙な場面になってしまい、敵が目の前にいるということを一瞬忘れそうになる。

「全く……サイ、行くよ」

「はい」

 仕方が無いと言いたげな呆れた口調のカカシは、サイを伴いタガウとナルトの間に降り立つ。

 そして、ニヤリと笑った。

 そう、本当は言ってやりたいことがあったのだ……と、カカシは心で呟く。

 苦しんでいる二人を、何よりも近くで見ていたから……

「お前さん、やりすぎだよ」

「笑顔の作り方苦手なんですか?変ですよ、その笑顔」

 シリアスにキメていたカカシの後から言ったサイの一言は、精神的ダメージで言うなら一番厳しいものであったのかもしれない。

 カカシが何ともいえない緊張感を持った沈黙の中、油断無く構え、背後でまだやりあっているナルトとフカサクに声をかける。

「ナルト、オレたちが暫く預かる。その間に話つけちゃって」

「す、すまないってばよ、カカシ先生、サイ」

「こんな横恋慕ヤローを気にしないでいいよ」

 毒舌が絶好調なサイ。

 だが、タガウは気にした様子もなく、ジッとカカシとサイを見つめる。

 多少カカシが顔を引きつらせるが、気にしては負けのような気がして、ナルトは何も言わずにフカサクから手渡された羽織に腕を通した。

 それでも耳に入ってくる会話には注意を払う。

「何故お前たちは関係ないだろうに」

「ナルトもヒナタさんも、ボクたちの仲間ですから」

「そういうこと」

「ボクたちの大事な絆。ナルトがやっと手に入れた大事な絆。どれも潰させないよ」

 サイがそう言い放つと同時に、超獣戯画の獅子が二匹放たれる。

 それを確認してから、カカシもクナイを構えて接近戦に持ち込んだ。

 二人が戦闘を開始したのを感じつつも、ナルトは羽織の具合を確かめる。

「……ありがとうな、じいちゃん仙人。お礼言っといて欲しいってばよ」

「ああ、その素材ならば、お前さんの尾獣モードにも耐えられるじゃろ」

 うんうんと頷きいうフカサクに礼を述べると、ナルトは共に渡された大きな巻物も装着した。

 その姿は、ペイン戦での格好そのもの。

「へへっ、ヒナタ、惚れ直したかってばよ!」

 真っ赤になりぽーっと見ていたヒナタは、弾かれたようにコクコク必死に頷いて見せると、その後にふわりと花が綻ぶような笑みを見せる。

 その甘い空気に気づいたフカサクは、目を丸くしてナルトを見上げて問うた。

「何じゃナルトちゃん、あの時の娘と恋仲なんか」

「おう、可愛いだろ?」

「そうか!いや、かあちゃんもな、ナルトちゃんにあの娘がええいうてきかんでな、困っておったんや」

「なら、心配いらねーって言っておいてくれってばよ。もう既に、オレのもんだからな!」

 ニシシシッと笑うナルトに「良かった良かった」と笑みを返すフカサクは、真っ赤になってどうしていいかわからずオロオロしているヒナタを微笑ましそうに見つめる。

「うむうむ、あの娘ならば、ナルトちゃんといい家庭を築けるじゃろ」

「あったり前だってばよ!」

「な……ナルトくんったら……」

 自信満々に頷くナルトと、頬に手をあてて恥ずかしがっているヒナタ。

 付き合って数日。

 もう既に『家庭』という単語まで飛び出すのかよと、シカマルは冷静にツッコミたいのを何とか我慢しながらため息をつく。

 同じくツッコミを入れたかったのか、後ろでため息が聞こえ、そちらを見ると、漸くトラップをかけおわったのだろうシズネが歩いてきていた。

「終了ッスか」

「ええ……これで、傷つけずに確保できるわ」

「ま、こっちへ来てくれねーことには、意味ねーんですけどね」

「そうね……」

 シズネとシカマルがため息をつく中、ナルトは何かをフカサクと打ち合わせしているようで、こそこそと話をしている。

「うむ、それならばわかった!」

「頼むってばよ、じいちゃん仙人!……あと、ヒナタ。クラマが分け与えていたチャクラが弱まってるだろ……」

「……うん」

 二人が真剣な表情で互いを見つめあう。

 チャクラが弱まっている……すなわち、タガウに体を操られる可能性があるという事。

「……シカマルくん、もしもの時は……」

「ああ、大丈夫だ、ちゃんと影縛りで動けねーようにしてやるから」

 安心させるようにシカマルは笑ってやると、ヒナタはホッとしたように微笑んで見せた。

 何よりもナルト傷つけることを嫌うヒナタ。

 そして、何よりもヒナタが傷つくことを嫌悪するナルト。

(だから、テメーにヒナタをやるワケにはいかねーんだよ。コイツらは、二人揃って丁度いいんだ)

 シカマルは心の中でそう呟き、サイとカカシの攻撃をスイスイ避けているタガウを睨み付けた。

 そんなシカマルの胸中など知る由もないナルトとフカサクは打ち合わせを終えたのだろう、厳しい空気をその身に纏い真剣な表情でタガウを見やる。

「さて、ではやるとするかの、ナルトちゃん」

「オッス!」

 ナルトはギュっと額宛を締めなおし、短く息を吐くとゆっくりと自然チャクラを練っていく。

 そして、ナルトの眼の周りに仙人の証である隈取が現れ、瞳が金へと変化する。

「ナルトくん……」

「ヒナタ、行ってくるってばよ」

 腕を引っ張り胸の中へ引き寄せて軽く唇を奪ってから、してやったりという顔をしたナルトを呆然とヒナタが見つめ、その背後で、あちゃーという顔をして額に手を当てているシカマルと、「あひーっ」と奇声を上げるシズネ。

「やりおるわい」

 と呟いたフカサクの言葉を聞きながら、ヒナタは真っ赤になりつつ眉根を寄せれば、その額にも口付けられ、何も言えなくなりふらりと足元へへたりこむ。

「オイオイ、やり過ぎだぜ、ナルト」

 シカマルが埒があかんとばかりにナルトを注意すれば、ナルトはへへっと悪戯が成功したような顔をしたまま、ヒナタに微笑みかける。

「早く終わらせて戻ってくるから、ヒナタも頑張れよ」

「うん、ナルトくんも気をつけて」

 見つめあい、強い瞳で頷きあう二人。

 この二人の絆が、きっとこの戦いを左右するであろうとフカサクは胸中で呟き、守る者を得たナルトの背中の大きさに頷き笑うのであった。







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