19.出発前





 ネジがヒナタへ変化し、そのネジ中心に、ヤマト率いる8班とガイ班、それにサクラが同行することとなった。

 最後までシカマルは班分けに頭を悩ませていたが、ヒナタに刻印を負わせた男と現場で面識があるのは、ヤマト、キバ、シノであり、そこを削るわけには行かないと結論付け、戦闘になった時の戦闘バランスも考えれば、まだ人数が少ないくらいである。

 ナルトとヒナタのグループには、こちらが遭遇した場合を考え、シカマル、カカシ、サイ、シズネというメンバーに納まり、互いにルートを確認するために地図を広げて綿密な打ち合わせをしていた。

 ナルトの方は、影分身を3体出して、それぞれが仙人モードに変化すると、長い瞑想へと入る。

「そういえば、ナルトの仙人モードというのを近くでははじめて見るな」

 ガイの言葉に、ナルトはそうか?と首を傾げた。

「……あー、そういや、ヒナタしか見てねーのか」

「ん……そ、そう……かな?赤い羽織……なくなっちゃったんだね」

「あぁ、アレな。九尾になっちまった時に……な」

「……ご、ごめんなさい、わ、私が要らないことしたから」

「違う!要らないことじゃねーよ!……正直さ、嬉しかったし……」

 ことペイン戦でのことになると、二人にしかわからない会話は増えている気がする。

 それはそのはず、あの現場、ペインの前に立ちはだかったのは、この中のメンバーではナルトとヒナタの二人だけ。

 カカシもシズネもあの瞬間は死んでおり、シカマルは負傷、サクラは負傷者の治療、ヤマトとサイは別任務、ガイ班も長期任務の帰りだったのだ。

「二人にしかわからん会話だな」

 ガイが困って助けを求めるようにカカシを見るが、カカシも呆れた顔をしつつ肩を竦めて見せる。

「オレもその時死んでいたから、知らないんだよ」

「私は居合わせましたけど、白眼でもなければあの現場は見えなかったと……」

 サクラの言葉に、ガイはそうか……と呟く。

「オレも足怪我しちまって、動けなかったからな」

 それぞれが思い出す中、ナルトとヒナタは赤くなり目を逸らしながらも離れようとはしない。

 このバカップル!と言われそうな状況ではあるが、現状、ヒナタを1人には出来なかった。

 フラフラとしている彼女の体を、ナルトがずっと支えているのである。

「あ、あの……赤い羽織……格好良かったのに……勿体無い……ね」

「そ、そっか?へへ、そう言われると嬉しいな。今度似たようなの見立ててみるか」

 ニシシッと笑ったナルトを見て、ヒナタも微笑む。

 高熱と貧血の両方に苛まれながらも、何とかナルトを元気付けようと微笑む様に気づかないナルトでもない。

 無理をするなと言って聞く相手でもないことは重々承知していたがため、ナルトはヒナタの他愛ない会話に付き合い、そしてその体が少しでも休まるように負荷をかけない程度で支え続ける。

 その行動全てが愛情に溢れていて、見ている者たちはそんな二人を必ずこんな馬鹿げた騒動から抜け出させるのだと意気込む。

「それでは出発前に、チャクラ補充しておいた方が良いわね」

 シズネの言葉に頷いてナルトはヒナタの頬に手を伸ばすと、ヒナタがあわあわと一歩後ろに下がる。

「ん?ヒナタ?」

「あ、あの……あのっ」

「嫌……だってば?」

「ち、違うの、あのっ……そ、そのっ」

 チラリとヒナタの視線が動いたので、ナルトはそちらを見ると、ジーと何をするのかと凝視する熱血師弟と赤くなりながらも目が離せない様子のヒナタに変化したネジと、その隣で興味津々のテンテン。

「……あー……」

 ナルトは困ったように数瞬考えてから、ヒナタを抱き上げズカズカと隣の部屋への扉を開いた。

「えー、あっち行っちゃうのー?」

「だーかーらー、見せもんじゃねーってばよ!それに、オレが良くても、ヒナタが恥かしがってるからダメ!」

「ケチー!」

 ブーブー文句を言うテンテンを無視してナルトがヒナタを連れて隣へ行ってしまったのを見送った一同は、取り敢えず地図の再確認をしようと中央へ集まる。

「ナルト暴走しませんかね」

「まさか、作戦前にはしないでしょ」

「若いからわかりませんよ、カカシ先輩」

「ヒナタさん、日を追うごとに色っぽくなってますしね」

 サイ、カカシ、ヤマト、シズネの順に何やらとんでもなく生々しい会話をし、他の面々はどうしていいかわからず顔を見合わせる。

「アンタら、そんなプライベートなことまで干渉すんのかよ」

 シカマルが呆れた顔をしながら大人たちを見れば、彼らは彼らで真剣な顔で呟く。

「だって、作戦前にことに及ばれたら、ヒナタ違う意味でも動けなくなるよ?」

 カカシの爆弾発言に、思わず一同が脱力し、地面に這い蹲る。

 何考えてるんだ、この上忍……

 心の声が一致した同期メンバー(サイは除く)は、とりあえずカカシをどうするか真剣に考えなくては鳴らないかもしれないと、剣呑な色の視線を向けて見つめる。

「やだなー冗談だよ」

「……いま、本気でしたよね」

 サクラの低い声の呟きに、カカシは苦笑してから視線を逸らす。

「全く!そーいうことは、本人たちに任せておけばいいんです!」

「でもサクラ、あのナルトに堪え性があると思う?」

「サイ、アンタも心配し過ぎよ。アイツはヒナタを大事にしすぎるくらいしてるんだから、こんなところでしないわよ。それよりも、この件が終わってからの方が妖しいんじゃない?」

「まー、それこそ勝手にやってくれって話しだ。めんどくせー」

「ナルトに先越されるとはなー」

「キバもいい相手見つければいいじゃない」

 テンテンにニヤニヤ笑われたキバはムスッとした顔をして赤丸を見ると、赤丸もウォンと鳴いた。

 何と言っているかわからないが、多分テンテンと似たような事を言ったのだろう、キバが渋面を作ってチッと舌打ちすれば、シノが肩を竦め、ネジはテンテンの口を手で塞いだ。

「しかし、何故ナルトくんはヒナタさんを連れて隣へ行ってしまったんでしょう」

「リーよ、あまり聞いてはならないことが男女の仲にはあるのだ」

「はい!ガイ先生!!」

 ビシッと手を上げて返事をするリーに対し、テンテンとネジが呆れた顔で溜息をつけば、シカマルは無駄話はそこまでだと言うかのように、全員に見えるように地図を大きく広げて床に置いた。

「じゃぁ、今からルートの最終確認をする」

 シカマルの言葉と共にはじまった打ち合わせは、ナルトとヒナタが不在のまま話が進み、それはナルトとヒナタが戻ってからも暫く続くのだった。






「ったく、人のキスシーン見て何が楽しいんだろうな、アイツら」

 隣の部屋へ入って、それから誰もついてきていないのを確認してから、ナルトはホッと吐息をついてヒナタを下した。

 ヒナタも下されて、床にぺたりと座り込んでしまったが、確認作業を終えたナルトが近づいてくると共に、どんどん頬に集まる熱をどうにも出来ず、唇をきゅっと結ぶ。

「そんな目で見るなよ、我慢出来なくなるだろ」

 屈んで耳元で囁くように言うナルトの声は、やはり普段聞く声より熱を含み、甘くて妖艶。

 思わず熱い吐息が漏れてしまい、ヒナタは震える腕を伸ばしてナルトの首筋に抱きついた。

「不安か」

「……うん、少し……」

 不安を掻き消したくて、ヒナタが抱きついてきたのが、ナルトには手に取るように理解できた。

 ヒナタの不安、ナルトの不安。

 下手すれば、互いを失うかもしれない。

 不安がないはずなかったのだ。

 それでも、必死になってくれている仲間たちの為に、ナルトやヒナタは笑う。

 それしか、彼らに応える術を持ち合わせていないかのように……

「ヒナタ……オレを信じてくれ」

「ナルトくん……」

「オレは、絶対に諦めたりしねェ」

「うん、私も最後まで絶対に諦めない」

 互いの体を抱擁し、お互いの全てを魂に刻み付けるように二人は息を吸い込む。

 五感全てに記憶させ、そして、絶対に忘れないよう。

 ヒナタははじめて自分からナルトの唇に触れた。

 その柔らかく触れるだけの口付けに、ナルトは驚いたような顔をしてヒナタを見つめるが、次いで嬉しそうな幸せそうな顔をしてから顔を傾け口付けた。

 チャクラ譲渡ではない。

 誓いを篭め、ナルトは敷きっ放しになっていた簡易毛布の上にヒナタを押し倒すと、覆いかぶさり激しく求める。

 その激情そのものに、ヒナタは拒絶する事も無く受け入れ、そして甘い声を漏らした。

 唇が離れる合間、吐息をつき、そして重ね貪る。

 恥かしがり屋のヒナタからは想像できないほど情熱的にナルトを求め、ナルトもそれに煽られるように激しく貪る。

 全部喰らいつくすのではないかと感じてしまう程の激情に身を任せたくなるが、それを押し止め、ナルトは体を起こしてヒナタを真上から見下ろした。

 乱れた衣類と上気した頬、濡れた唇……そして、誘うように煌く瞳。

 全部が全部目の毒だと思いつつも、ナルトはふぅと息をついてクラマに語りかけてから集中する。

 みんながくれた二人だけの時間。

 だから、ちゃんとしなくてはならないことはしておこうと、ナルトは持てる最大のチャクラをヒナタに注ぐため、細心の注意を払いつつ練り上げていく。

 いつもの黄金より、朱金に近いその色。

 目を見れば、ナルトの青い瞳が赤く染まり、ヒナタをジッと見つめていた。

「怖くねーか」

「うん」

 迷う事無く頷くヒナタに苦笑すると、ナルトは困ったように吐息をつく。

「全く……お前って奴は……」

 真紅の瞳は獣のように瞳孔が縦に割れているはずだし、いつもの自分より凶悪な気配を色濃く感じているはずだ。

 なのに、ヒナタは笑ってナルトを抱きしめる。

「ナルトくんだもの……怖くないよ」

「お前には負けるってばよ、ヒナタ」

 ナルトはゆっくりとヒナタの頬に手を添えて、唇を指でなぞる。

「今からチャクラ譲渡すっけど、九尾チャクラが濃い……無理だと思ったらオレの背を叩け。いいな」

「うん」

「無理は禁物だぜ……んじゃ行くぞ」

 ゆるりと唇を重ね合わせ、舌を差し入れ口内を探りながら濃密なチャクラを流し込んでいく。

 信じられないくらい濃いソレは、ヒナタの体を飲み込むように満たし、そして溢れんばかりにむせ返る様な濃さの今まで感じたことのない種類の何かを認識させた。

【これが……ナルトくんがずっと悩んでいたチャクラ……】

【ああ、今は和解しちまってるからなんてことねーけどな】

【うん……苦しかったんだね、悲しかったんだね……辛かったんだね】

 ヒナタが何も語らなくても、九喇嘛のチャクラを受け入れているのを感じて、ナルトはホッと安堵した。

 やはりヒナタは凄い。

 ナルトはどうだと心の中で九喇嘛に語りかければ、九喇嘛は楽しげに笑う。

『やはり、お前が選んだ女なだけはある』

 さも楽しげな笑い声。

 細胞の1つ1つにナルトと九喇嘛のチャクラが溶け込んでいくような、そんな一体感を感じながら、ヒナタはナルトに必死にしがみつく。

【……溶けちゃう……よ】

【ん?変か?大丈夫か?】

【うん……平気……だけど、溶けちゃうみたいに……ふわふわして……トロトロ……して、体が熱くて……気持ちいいの……かな】

 ボンヤリとした思考で感じた素直な感想なのだろうが、それはナルトにとって嬉しくあり、嬉しすぎて暴走しそうな言葉でもあった。

(だーかーらー、なんつーことを言うんだってばよ、ヒナタってば!オレが鋼の理性持ってなかったら、ぜてー襲ってるっての!)

 ここ数日で既に己の理性が通常より高い域へと達していると確信したナルトとしては、ハッキリいってこの状況を耐え切る自信があった。

 ヒナタが素直に感想を述べてくれる。

 それだけなのだと心に言い聞かせ、何とか凌いでいく。

(そう、全部カタついたら覚えてろよヒナタ……倍にして返してやる……そんなつもりじゃなかったなんて言っても、聞いてやらねーからな)

 その時の為の我慢。

 誘うように自分の下で震える肢体も、背を掻き抱く腕も、床に敷かれた簡易毛布を引っ掻く足も、甘く漏れる吐息や声も全部全部終わったら奪ってやる、と心に強く誓いながらナルトは理性で本能を抑えつける。

 心の中でそんなことを考えているとは露知らず、はふっと甘いと息を漏らすヒナタを恨めしげに見つめながら、ナルトは更に深く口付けるのであった。







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