15.増援




 一同の心配は余所に、数日平穏な時間が流れ、一応周辺を警戒しカカシを先頭に、シノの蟲、キバの鼻を生かした警戒網が張られ、サイとヤマトが情報を整理し、シズネに渡す。

 サクラは念のため、シズネと待機。

 ナルトはヒナタの傍から離れる事無く、出きるだけ多くのチャクラ譲渡を行う。

 さすがに一時期の消耗振りからは考えられないくらい回復をしているのだが、体の中の呪は抗い続けているようで、ヒナタの熱は確実に体力を奪い続けていた。

 体力がなくなれば、精神力も落ちていく。

 体力と精神力が落ちれば、チャクラバランスが悪くなり、思うようにチャクラが練れなくなるという悪循環に陥らぬよう、ナルトが必死にヒナタの精神を傍で支え続けていた。

 ナルト自身は、ヒナタが傍にいることによって不思議なほどの安定力を見せ、細かい気遣いや献身的に尽くすその姿は以前と別人のようである。

 ヒナタのほうも、これだけ長きに渡り高熱と体内の呪の鬩ぎあいをその身に受けているというにしては、やはり異常と取れるほどの体力と精神力を維持し、その精神力の強さは尋常ではないと、改めて他のメンバーたちも理解することとなった。

(ただ、ナルトの精神力……いや、理性がもつのかねぇ)

 カカシの心配事といえば、ソレのみ。

 ナルトは傍に居続けているのだが、時々苦しそうに顔を顰める姿が何度も目撃されている。

(……うーん、そりゃ抱きたい……って思うわな、ふつーに)

 熱で潤んだ瞳、弱々しい吐息、だが赤く染まった頬と、しっとりと汗の滲んだ肌。

 ソレ全てが馨しく、自らの腕の中に納まることに抵抗もない。

 それで体の接触がないならば、そこまで苛まれる事はないだろうが、毎日チャクラ譲渡の口付けをしているのである。

 甘い雰囲気になり、口付けもハンパ無いくらいナルトの男としての本能を刺激しているだろう。

(それでも、大事なんだねぇ……負担かけたくないから、必死に我慢して抑え込んでいるナルトは偉いよ)

 同じ男として賞賛に値すると、カカシは苦笑を浮かべる。

 それをヒナタがわかっているかどうかは知らないが、ナルトの苦しそうな姿を見て、泣きそうになるところを見ると、理解しているのかもしれない。

(この騒動が終われば、お前たちの自由に愛を囁きあえばいいさ)

 カカシは胸中で優しくナルトとヒナタに語りかけ、フッと前方から近づいてくるチャクラを感じ、意識を研ぎ澄ませる。

 それと同時に、シノとキバの気配が後方に現れ、カカシは無言で二人の言葉を待った。

「シノ、キバ」

「前方から来るのはガイ班だと思われる」

「おう、オレの鼻もそう判断したぜ」

 その報告を聞いて、カカシは大きな溜息をつく。

「厄介なのが来たな……」

 自然と漏れたカカシの言葉に、シノも頷きつつ小さく呟いた。

「ネジはどう出るだろうな」

「ネジか……厄介って言えば厄介だよな」

 キバもカカシとシノの言葉に同意するが、カカシはネジが来ているということに関しては考えていなかったらしい。

 先ほどの「厄介」という言葉はどうやらガイに向けて放たれた言葉であったようで、ネジの名が出た瞬間苦笑を浮かべた。

「ネジは来ていないはずだ。日向一族は現在里の外へ出る事は出来ないし、里へ帰ることもできていないはず……って、そうか、外の任務だったらこちらへ回される可能性が高いな」

 説明をしていながらも、ネジが来る可能性が全く無いワケではないことに気づいたカカシは、『それも厄介か』と思い直したように渋面を作る。

「いや、待て……ガイ班だけではないようだ」

 シノが小さく低い声を出して、カカシとキバに注意を促す。

「何でシカマルまでいるんだよ」

「ま、来ればわかるでしょ」

 一行がこちらに向かってくるのが分かっているのなら、この場で待てばいいと、カカシとシノとキバは動きを止め、その間に、サイから貰っていた小さな超獣戯画の巻物を放ち、その中から出てきた小さな鳥にサラサラと書いた書簡をくくりつけて飛ばした。

 程なくして到着したのは、キバとシノの言うとおり、ガイ班とシカマルの5人。

「カカシ、いま木ノ葉はどうなっている」

 到着早々、いつものノリは無く真剣な表情のガイの言葉に、カカシは困ったような顔をしてから一同を見渡す。

「現在、8班が請け負っていた護衛任務の際、出会った男の厄介な介入で事態がややこしいことになってるんだ。とりあえず、ここではなんだから、移動しよう」

「ちょっと待ってくれ。そっちは誰がいる。オレたちは何も聞かされず、こっちへやられてんだ」

 シカマルの言葉に、カカシは振り向くと苦笑を浮かべた。

「綱手様もこっちに任せ過ぎだねぇ……オレ率いる7班と、ヤマト率いる8班。それとシズネさんの9名だ……現在、ヒナタが負傷っていうか、敵の術中にかかっててね、動けないで居る」

「ヒナタ様がっ!?」

「カカシ先輩、ここである程度説明したほうがいいんじゃないですかね」

「早いな」

 突然現れたヤマトに対し、カカシは目を丸くして見ると、ヤマトのほうはため息をつく。

 どうやら何かあったらしい。

「何かあった?」

「何かっていうワケではないんですけど、切ないな……と」

「ナルトか」

「ええ、アレは見ていられませんよ。いつも元気なナルトが、あんな表情しているのは、正直……」

 隋分を変わったものだとカカシはヤマトを見て笑う。

 こうやって誰かを変えることが出来るナルトを支え続けてきたのはヒナタなのだと、カカシは改めて認識すると共に、今の現状の二人を何も知らずにこのメンバーたちが会うのはマズイと判断した。

「お前の言うとおり、ある程度話をしておかないと、ナルトの負担が増えるか」

「ええ、ヒナタさんも結構辛いみたいですね。呪を追い出す作業でやつれる一方ですし」

「カカシ、詳しく話せ」

 ガイの言葉に頷くと、今まで口を挟めず厳しい表情をしていたメンバーたちも、ジッと耳を傾ける。

「ことの発端は、8班の護衛任務だったんだけど……」

「それはボクから話したほうがいいですね」

 そう言い、話を引き継ぐようにヤマトは口を開いた。

 周辺の警戒をシノとキバに任せて、なるべく声を潜めるカカシとヤマトに、自然と円陣は小さくなる。

「とある国の姫の護衛で、婚姻間近の若の許へ連れて行くっていう話だったんだけど、合流した時には既に姫様の側近たちはすべて敵襲で殺されてしまっていたんだ。そこで、ボクたちはすぐに交戦に入ったは良いんだけど、死角から姫様が狙われてね、それに気づいたヒナタさんが、身を挺して守ったんだ」

 一旦言葉を区切り、ヤマトはその光景を鮮明に思い出す。

 赤い髪の男……

 いやらしい笑みを浮かべる、その表情。

「その術は、どうやら相手の中に潜み、自由を奪ってその者の一番大事な者を殺させ、心を壊した後意のままに操るという術らしい」

「そんな外道な術が存在するのか」

 ガイの言葉に、ヤマトが頷く。

 その様子を見ていたカカシが、そこで口を挟んだ。

「今現在、木ノ葉で日向一族が狙われているのは、その術がうまくヒナタに発動しないために術者本人が苛立ちまぎれにやってるんだよ。親姉妹を殺せば、心が壊れて意のままに操れるだろうって、奴さんはタカを括ったワケだ」

「日向一族が木ノ葉に戻れないのは、その男の襲撃がある可能性を考えて……」

 ネジはそう言うと、カカシとヤマトを見つめる。

「ヒナタ様の怪我の具合は……」

「怪我そのものは、サクラの治療で何とかなっている。だが、体内に潜んでいる呪はそのままだ。今はまだ体の自由を奪われるほどの進行は見せていない」

「何でヒナタだけそんな呪を進行させないなんてことできたの?」

 テンテンの問いに、何だか言いづらそうな顔をしたヤマトは、カカシの顔を見る。

 カカシも何ていっていいのか頭の中で順序だてているようで、暫く考えてから、ゆっくりと言葉を選び口にする。

「相手の術は、傷口に刻印を刻み、その刻印からチャクラを流し込んで、その対象者のチャクラを乱し体の自由を奪う。……が、それはその者が術者より強いチャクラを持っていた際、無効化される」

「ヒナタ様のチャクラが……上ということか」

「いいや、それならヒナタが動けないのはオカシイ……つまり、その傍に、誰か大きなチャクラを持っている奴がいるって考えるのが自然だ。……つまり、ナルトか」

 シカマルの憶測はそのまま答えとなっていた。

 無言でカカシとヤマトが頷く。

「しかし、どうして7班が8班と一緒なんですか?」

 リーの言葉に、ヤマトが苦笑する。

「8班は探索や索敵に特化したチームだから、戦力に欠ける。その点7班は攻撃に関しては特化した班だからね。ボクのほうから、ヒナタさんが怪我した時に緊急連絡で救援隊を頼んだんだよ」

 それで7班と8班が一緒にいたのに納得がいったリーは、ひとつ頷いた。

「しかし、ヒナタの大事なヤツってのは、どー考えてもナルトだろ?一緒にしてて良いのか?」

 シカマルの問いに、カカシは苦笑すると、どう答えたらいいものかと思案する。

 生半可な答え方では、ここで理解するのも難しい。

 かといって、ストレートにいうには、刺激が強過ぎる。

「カカシよ、それはオレも同意見だ。それに、体内チャクラを乱す刻印が全く働いていないワケではないのだろう。ならば、ヒナタのチャクラが枯渇してもおかしくない。そうなれば、一番危ないのはナルトでありヒナタではないのか」

 ガイのもっともな意見に、ガイ班の面々とシカマルが同意だという色を目に宿し、カカシを見つめる。

 最初から、誤魔化しなど効かないか……と、カカシは諦めたように大きなため息をつくと、ヤマトと視線を合わせて、二人は意思疎通を図っているかのように頷きあった。

「まー、隠しても、会えば分かることだし、言っちゃうか」

「そうですね、下手に隠すことでもありませんし」

 コホンと咳払いをしてカカシがおもむろに口を開く。

「ヒナタのチャクラは、正直枯渇状態……いや、誰かから補給を受けないと、呪の発動すら抑えられない状態になっている」

「オイオイ、結構めんどくせーことになってるじゃねーか」

「しかし、そのチャクラ補給も問題ないし、さっきの……ナルトをヒナタから引き離すってのは、正直オススメしない」

「何故だ」

 ガイが不思議そうにカカシに疑問をぶつけると、カカシは肩を竦めてから大きなため息ごと声を出した。

「いまのナルトをヒナタから引き離して見ろ。本気モードのナルトと戦うことになりかねないぞ……何気に九尾まで加担しているから、やるなら自殺願望があるヤツじゃないかってオレは思うね」



「は?」



 ガイ班とシカマルが目を点にしているのを見ながら、さらにカカシは追い討ちをかける。

「つまり、ナルトが今全力でヒナタを守っている」

「ナルトが……ヒナタ様を?」

 何故?という言葉を顔に貼り付けているネジに対し、カカシはニッコリと笑って、最高威力を持つ爆弾を一同の目の前に投下した。



「ナルトも男だからね、自分の女は自分で守るんだってコトでしょ」



 カカシの言葉に一同がシーンとなり、なんの反応も示さない。

 あれ?聞こえて無かったかな……とカカシが心配になりはじめたころ、やっとその金縛りが解けたように動き出す。

 そう、彼らが最初にしたことは……



「はああぁぁぁーーーーーーーーっ!!!??」



 森全体に響くのではないかというほどの、大音量の絶叫であった──







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