12.確認




 部屋の扉の前で気配が止まり、それからゆっくりと扉が開いて入ってきたのは火影秘書のシズネであった。

 彼女は柔和な笑みを浮かべながら入ってくると、ヒナタの足元で跪くようにしていたナルトを一瞬驚いた顔をして見てから、一言断ってナルトをその場から退ける。

 シズネの対応に別段気にした様子も無く、ナルトはヒナタの左側に回りこみ、彼女の体を支えた。

 やはり高熱のため、力の入らぬヒナタはナルトにもたれかかり、何とか起きている様子である。

「包帯を解いたのね」

「おう、その下に何があるか知るために……」

「ナルトくんがやけにヒナタさんの傷にこだわっていると皆さん言ってました。なるほど、理由が分かったわ」

「その刻印……」

「ええ、今説明します。どうぞ、みなさんも入ってください。それとナルトくん、ヒナタさんを支えてあげていて。なるべく離れないように」

「え?」

 驚いた顔をしているナルトに、シズネは笑いかけると、扉から入ってきた一同を見つめる。

「綱手様の予測どおり、いま木ノ葉で騒ぎを起こしている男の仕業に間違いありません」

「は?木ノ葉で!?」

 ナルトが驚き声を出すと、ヒナタが微かに身じろぎしてシズネを見つめる。

「真紅の髪と顔に赤黒い文様みたいな痣の男ですね」

「ええ、ヤマト隊長、キバくん、シノくんの情報と一致しています。たぶん、その男に間違いはないと……」

「何故……木ノ葉に……」

「狙いはヒナタさん、アナタです」

 誤魔化すことなくストレートに口にしたシズネに対し、一同は焦ったような顔をしたが、シズネはいたって冷静にナルトとヒナタを見つめていた。

「氷雪の国の姫とも仲が良くなっていますから、アナタが捕らわれれば、きっと姫も黙ってはいないでしょう……と、かの者は踏んだようです」

「……ヒナタ自身を気に入ったって可能性はないってワケじゃねーだろ」

「ええ、ナルトくんの言う通り、ヒナタさんの白眼狙いという可能性……いえ、女性としてといっても過言ではないでしょう。日向一族が片っ端から狙われていますから」

「み、皆に……一族に迷惑が……も、戻らないと……っ」

 急ぎ立とうとするヒナタをナルトが無言で押さえ込み、厳しい目つきで見下ろし一喝する。

「今のお前が行って、何が出来るってんだ!冷静になれっ!」

「で、でもっ!」

「一族の代わりに自らを差し出すとか、バカなこと言うんじゃねーだろうな……」

 射すくめるように、剣呑な色を宿したナルトの目に、ヒナタは耐え切れず俯いてしまう。

 ナルトの言わんとすることは分かっている。

 だがしかし、これ以上一族に迷惑をかけられないという気持ちばかりが先走った。

【私が、皆を苦しめる……皆、私が生まれて苦労してきたのに……】

【バカ言うんじゃねーっ!オレはお前が生まれてよかったって心から思ってる!それに、お前はオレのもんだっ、誰にも渡しやしねーっ!!】

 全身から怒りを露にするナルトに対し、ヒナタは目を見開き、驚きの表情でナルトを見つめると、ナルトは静かに頷いた。

「ここにいる全員で対策を考えようぜ。ヒナタ、頼むからここにいる皆を信じてくれ」

「ナルトくん……」

「……信じられねーか?」

【オレを信じられねーか?】

 重なり聞こえた心の声に、ヒナタは静かに首を振る。

【信じてる……誰よりも……】

 心に直接響くような声に、ナルトは満足げに微笑むとシズネのほうを見た。

「シズネの姉ちゃん。何かあんだろ……オレにヒナタから離れるなってどういうことだってばよ」

「そうね、それから説明しないと」

 シズネは一同が円陣を組むように座ったのを確認してから、静かな声で話し出す。

「まず、ヒナタさんの刻印は元々氷雪の国の姫につけられるはずだったもので、手違いでつけられたらしいの。でも、奴はヒナタさんをも手に入れる計画へと変更してしまったのが、今回の騒ぎの発端」

「つまり、姫さんとヒナタ、両方欲しいってか?」

「そういうこと」

「……ま、贅沢なこと言う奴もいたもんだね」

 苦虫を噛み潰したような顔をしているナルトと、ほとほと呆れてしまっているカカシ。

 子供の我侭のようなことをのたまい、それを実行しているというのだから恐れ入る。

 しかし、そんな子供じみたことを言うものが持つには、過分な力。

 それが、今回の一番の不幸かもしれない。

「血継限界のひとつで、相手の体につけた傷から刻印を刻んで、その刻印から流れ出るチャクラで相手の心すら意のままに操ることの出来るもので、強い者となれば、その魂すら食らうといわれているの……そこまでの力はなさそうだけど」

「心……までも……」

「ええ、ですから、ヒナタさんがもし操られているようならば、綱手様より拘束しろと言われていたのだけど……どうやら、その心配はなさそうね」

 ヒナタは自らの心を探って見るが、どうもいまいち分からない。

 自分は正常のはずなのに……と、不思議そうな顔をしていた。

「その状態でいられたのは、多分、ナルトくんのおかげだと思うわ。刻印から流れ出るチャクラを、傍にいたナルトくんのチャクラが邪魔をしていたと過程できるのだけど……でも、そんな毎日大量なチャクラをヒナタさんが受けているとは思えないし……どうしてかしら」

 シズネが不思議そうにヒナタとナルトを見つめ、そして二人はシズネをキョトンとした顔をして見つめ返す。

「傍にいるだけで、チャクラ譲渡なんて出来ないでしょう」

 そう言われ、サクラも『確かに……』と頷く。

 カカシは思い当たるフシがあり、視線をソッと外して彷徨わせると、ヤマトも同じくシズネに視線を合わせないようにあさっての方向を見る。

 サイは胡散臭い笑顔を貼り付け、シノは無表情。

 ワケがわからないという顔をしているのは、シズネ、サクラ、キバ……そして、当人たち。

「大量のチャクラを譲渡するって、どうすりゃいいんだってばよ」

「そうね、チャクラを放出しているときに、同じく手を重ねて放出する方法」

「ああ、そういや、それしたことあるな」

「あとは……そうね、まぁナルトくんとヒナタさんにはありえない話だろうけど」

 と、一旦言葉を切ったシズネに興味を引かれ、一同は次の言葉を待つ。

「接触部分があればいいのと、人間は粘膜からの吸収が基本だから……」

「は?粘膜?」

「そう、人間が直接触れられる場所の粘膜といえば、限られているし……」

「シズネの姉ちゃん、言ってる意味わかんねーってばよ」

「簡単に言うなら、体を重ねる行為だったり、口付けだったりということをしていれば、別と言っているのよ」

 少々顔を赤くしてやけっぱちに言うシズネに対し、ナルトはポカンと口を開けて凝視し、ヒナタは真っ赤になってふらりとナルトの腕の中へと倒れこむ。

「うおっ、ひ、ヒナタっ!?き、気をしっかり持てってばよ!」

 急に倒れてきたヒナタを腕に抱き、ナルトはシズネの方に情けない顔を向けて唸る。

「そ、そういうこと言ったら、ヒナタがもたねーって」

 既に気を失っているヒナタを守るように抱きしめながら、ナルトはため息をついてシズネを見つめた。

「ナルトくんが説明を求めたから言っただけでしょう……でも、そういうことしてないわよね?一応確認させてもらうけど」

「……えっと、い、言う……義務……あんの?」

「そりゃ、データを採らないと、相手を攻略するのに計画を立てられないじゃない」

 少しでも対抗策や、相手の力を無効化できる手がかりが欲しいというところなのだろうと理解はしている。

 だが……

(言うのか?オレ……毎朝どころか、ちゅーしてますって?)

 長いナルトの沈黙に、シズネは『まさか』と顔を引きつらせる。

 そう、まさかこの二人がそんな関係になっているとは思っていなかったのだ。

「えっと……正直に答えて。言いづらいなら頷くだけでいいから」

 ナルトとシズネは互いに引きつったような笑みを浮かべて、腕の中で軽く気を失っているヒナタを見てから頷きあった。

「今なら言える」

「え、ええ、お願い……えっと……も、もしかしてなんだけど……」

 ごくりと一同が知らず知らず喉を鳴らし、シズネとナルトのやり取りを見つめる中、シズネがハッキリとした口調で呟いた。

「食っちゃった?」

「そっちかよ!!先にそっち聞くのかってばよっ!!!」

 思わずツッコミを入れるナルトに対し、シズネは赤い顔をしながら笑って誤魔化すと、まだヒナタが気を失っているのを確認してから、もうひとつの質問をぶつけてみる。

 そう、やってるなら、こっちが確率高そうだと思いながら……。

「えっと……き、キス……して……たり?するわけ?」

 ナルトは一瞬、ぐっと言葉に詰まった顔をしてから、一度大きく息を吸って吐いてから、コクリと頷いた。

「はああぁぁぁーーーーーーーーっ!!!??」

 サクラ、キバ、シズネの声が響き渡り、カカシとヤマトはため息、サイは笑い、シノは相変わらず無表情で、赤丸は一声吼えた。

「な、い、いつから!?き、キミたちいつからなの!?つ、綱手様がすっごく気にしてたけど、そ、そういう仲にやっぱりなっちゃったの!?」

「はっ!?な、なんで綱手のばあちゃんが知ってるんだってばよ!」

「ほ、ほら、この前の任務後にナルトくんが……小鳥発言したでしょう?ソレって女に対する揶揄だって……綱手様が……」

「うがーーーっ、やっぱり年の功には勝てねーってば……くそっ、そんなことでバレんのかよっ」

 真っ赤になって叫ぶナルトと、いまだ放心状態のキバとサクラ。

 仲間なのに知らなかったことが、あまりにもショックだったのか、二人は茫然自失。

 サクラの横にサイ、キバの横にシノがそれぞれソッと近づき、次に来るであろう行動に予測をつけ、二人が動き出すと同時に背後から羽交い絞めにする。

「くそぉっ!シノ離せ!!ナルトにヒナタがっ!!」

「ヒナタが長年望んでいたことだ」

「で、でも!アイツが急にヒナタにっておかしいだろ!」

「いいや、そうでもない。ナルトはヒナタをずっと見ていた」

 シノの静かな言葉に、ナルトは驚き目を見開くが、キバとサクラの沈静化には成功したようである。

 言葉無くナルトを殴ろうとしていたサクラも、サイの必死の制止を振り切ってしまいそうになっていたところでその言葉。

 シノは皆の視線を感じながらも、いつもは語らぬ口を動かして音にする。

「ナルトとヒナタをちゃんと見ていたならば分かることだ。最近のヒナタはとても幸せそうだったし、ナルトもしっかり男の顔をしていた。大事な者を守る者の顔だ」

「そうですね、見ていればわかったことですよね」

 サイもシノの言葉に同意し、見ていなかったのだろうと言外に言われた二人は、言葉を失う。

 見ていなかったワケではない。

 ただ、その変化に気づけなかったのだ。

「すまねェ……ちゃんと皆には言ってなかったな。オレはヒナタが大好きだ……誰にも渡したくねェんだ……今回の奴は絶対に許さねェし、ぶっ飛ばす!その為に、頼むっ!協力してくれっ!」

 ナルトはヒナタを簡易毛布の上に寝かせてから、一同に向き直り、這い蹲り頭を下げる。

「ちゃんと知らせなかったのは謝る!この通りだ……オレの外聞やプライドなんて関係ねェ!ヒナタを守るためだったら、頭のひとつやふたつ、いくらでも下げる!だから、頼むってばよ!オレに力を貸してくれっ!!」

 ナルトの必死の声に、意識を取り戻したヒナタは、起き上がることも出来ず、ナルトの心の内にある深い愛情を感じ、言葉にならない想いを涙に変えて零す。

 はらはら零れ落ちる涙を知らず、ナルトは仲間たちに向かって頭を下げ続けるのであった。







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