氷炎、湖面に浮く。 | ナノ


ウンウンとうなされているアラくんの先ほど思い切り氷柱をぶつけてしまった所に片手で氷の入った水袋を置いてあげる。少し強く叩きすぎただろうか。起きたらちゃんと面と向かって謝ろう。
ほかの部屋にはそれぞれ1号室に5人から6人ほどいるのだが、020号室は一番集合するのが遅かった私たち2人だけなのだ。どうやら部屋は早くきた順で埋まるらしい。
一緒に学校に入っていったミヤギくんとトットリくんが同じ部屋だ、と喜んでいたのがまだ鮮明に記憶に残っている。
まさかここでも一緒に暮らせるとは思っていなかったので、正直すごく嬉しい。


さて、あまりに急いでいたため、食堂に手袋を片方置いてきてしまったのだ。
これは大変なことだ。現に今、右手が使えない状態なのだ。片手が使えないとこんなに不便なのか、と改めて痛感する。
食堂に取りに行きたいが、きっとまだ騒ぎは続いているだろう。今行くのは確実に火に油を注ぐことになる。
性格が性格な分、できるだけ、目立ちたくない。
右手に何か触れるたびに、そこに氷の粒が付着してしまうのだ。
この部屋に来るまで何度右手が壁に触れてはその部分だけキンキンにしてしまったか。やはり私にはまだ手袋が必須なようだ。


どうしようどうしようと考えていると、ドアの扉が少し荒々しく叩かれた。誰だこんな非常事態に、と思い声をかけると、どうやらシンタローくんのようだ。私は急いで脱いでいたキャスケットをかぶり、左手でドアを開けた。

「…シンタローくん?どうかした?」

「おう、お前、これ忘れていったろ?返しに来た」

そう言うシンタローくんの右手には、紛れもなく先ほどまで私がどうしようかと悩んでいた手袋が。つい、あー!と大声をあげてしまった。

「…っんだよッいきなり大きな声あげるんじゃねえ!」

「あっごめん!嬉しくて…!本当にありがとう!」

彼から手袋を受け取りゆっくりと右手に手袋をはめる。ああ、本当によかった。
右手にはめた手袋をまじまじと眺めていると突然ブハッとシンタローくんが吹き出した。

「え…え?どうかした?」

「ブックク…いやっ…そんなに嬉しいのかよ?」

「うん、すっごく嬉しい!」

「おう、そうかそうか。いやー、さっきまであの炎男のこと思い出してすっげームカついてたけど、なんかお前見てたらどうでもよくなったぜ。ありがとな」

なんだかよくわからないが礼を言われたような気がしたので、どういたしまして、と言うとまたいきなりブッと吹き出した。シンタローくんは笑いの沸点が低いのだろうか。
そういえば、と思い未だに笑っている彼の右手を手にとり、ギュッと握った。

「は…は?」

「シンタローくん、やけど大丈夫?」

「あ?お、おう…軽いもんだし、これくらいどうってことねえよ」

「そう?でも、手のひら赤くなってる」

手袋越しに彼の手をギュウッと握り締める。私の冷たい手がだんだん彼の熱であつくなっていくのがわかった。

「僕の手、冷たいでしょ?こうすれば少しくらいマシになると思うんだけど…」

そう言いながら彼の顔を見ると、先ほどまであんなに笑っていたのが嘘みたいに、あっけにとられたような顔になっていた。
なんだか少し赤くなっている気がする。

「…シンタローくん?」

「……はっ、い、いや、なんでもねえよ!ありがとな○○っもう大丈夫だ!手袋、よかったな!じゃあな!」

「へっ?あっシンタローくん!」

彼は突然私の手を振り払うと早歩きでどこかへ歩いて行ってしまった。どうしたのだろう、怒らせてしまったのだろうか。笑ったり怒ったり、忙しい人だな。
ドアの前でポカンとしていると、部屋の中でもぞもぞとアラくんの布団が動くような音が聞こえた。もしかすると起きたのだろうか。

「アラくん?起きたの?」

部屋の中に入り、ベッドに声をかけてみる。すると中からううん、といううめき声と、水袋の落ちる音が聞こえた。どうやら目を覚ましたようだ。

「う、ううん…ここは…?」

「アラくん、本当にごめんね」

「え…○○ちゃん…?なんで謝りはります、うっ…なにこれ…頭…むっちゃ痛い…」

むくりと頭を抑えながら起き上がろうとするアラくんの肩を押さえ無理やり寝かせる。この調子だとまだもう少し寝ていた方がいいだろう。幸い夕御飯までまだまだ時間はある。
水袋を頭に乗せ、しばらく安静にしていたら良くなるとドクターも言っていたから、まだ寝ていたらいい、夕御飯の時間になったら起こす。と告げると彼はゆっくりと頷いて静かに目を閉じた。



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