氷炎、湖面に浮く。 | ナノ


今日は身体測定の日。私にとって、第1の難関になると思われる日だ。
本当なら皆体育館に集まり、その場で上着を脱いでその場で測ってもらうのだが、私はそういうわけにもいかないのだ。
確かに、ロッドさんの期待していたようなナイスバディにはなれなかったものの、出ているものは出ている。脱いだら1発でバレてしまうだろう。
なので私は体調不良、ということで後日に回してもらうことになった。
体育館の横に座り込み、皆が測定しているところをぼんやりと眺める。男の人の体なんて、アラくんと師匠さんのくらいしか見たことがなかったので、少しこはずかしい気分になる。
測定し終わったらしいミヤギくんとトットリくんがこちらに気づき、手を振っているのが見える。私も小さく手を振るとパッと笑顔になりこちらに近づいてくる。

「よ、○○。おめは身体測定しねえのけ?」

「あー…ゲホッ…今僕ちょっと風邪気味でね…」

「あれ、そうやったんか。ついてないっちゃねー」

「あはは…僕もそう思う」

「おい聞いたべか?コージのやつ、身長196もあるらしいべ」

「ひゃくきゅ…!すごい、でっかいね」

「飯食うことと体動かすことしか考えてない奴だぁけ、嫌でもでかくなるっちゃ」

なんだか嫌味のような言い方をするトットリくんにあはは、と苦笑いを浮かべる。
ふと彼らの後ろを見るとアラくんがこちらを伺っているのが見えた。慌てて手を振るが、彼はふいと向こうを向いてしまった。

「あれ…アラくんどうしちゃったんだろう」

「…ちっと気になったんだが、○○とアラシヤマってどーいう関係なんだべ?」

「あ、それ、僕も気になってたっちゃ!」

「どういうって…ただの幼なじみだよ。同じ師匠の下で修行してたんだ」

「はー…そうだったっちゃか!アラシヤマのやつ、話しかけてもいっつもどっか逃げんさるけぇ、僕ぁちょっと苦手だっちゃ…」

「実はオラも、あんまし得意じゃないべ…幼なじみの前で言うもんじゃねぇとは思っとるんだげんど」

「はは…彼はちょっとコミュニケーションが苦手な人だから…許してあげてね」

そう言うとミヤギくんとトットリくんは少し苦い顔をしたが、渋々と言わんばかりにこくりと頷いた。本当に苦手なようだ。
彼は、友達が欲しい欲しいと言うわりには自分から壁を作ってしまうタイプなのだ。未だに私と師匠さん以外に心を開いているところを見たことがない。
この士官学校で、私以外に彼に友達が出来るといいのだけど。ふぅとため息を吐いた瞬間、体育館にチャイムが鳴り響いた。
次は、昼休みだ。昼ごはんを食べたら保健室に行くように、と教官に言われているのだ。いそいで食堂に行ってご飯を食べなければ。と思いミヤギくんたちと体育館を後にした。




保健室の扉を2、3回叩くと、中からはどうぞ、と少し不機嫌そうな声が聞こえた。扉を開けるとやはり不機嫌そうな顔をした保険医が足を組んで椅子に座っていた。

「あぁ、初日から食堂の箸入れを氷付けにして同僚をぶん殴ったと噂の○○さんですか。あんた1人のためにグンマ様の観察じか、いえ昼時間をさいてやってるんですから、もっと感謝の意を形で表してくれてもいいんじゃないですか?例えば私に大人しく解剖されるとか」

「丁重にお断り致します…」

そう告げると彼はまたチッと舌打ちをする。
何を隠そう以前、アラくんの介抱のために彼…ドクター高松のところに行った際、1度彼に特異体質だからと解剖されかけたのだ。あの時は本当に三途の川を渡るかと思った。

「まあいいでしょう、早速服を脱いでください。あぁ、ズボンと下着は取らなくて結構ですよ。あとあんたの体見て欲情することもありませんので、ご心配なく。」

「は、はぁ…」

なんだかすごいことを言われたような気がするが、ドクターに言われた通り服を脱いでいく。そして測定器に乗る。
彼は私の結果をため息を吐きながらカリカリとカルテに書いていく。

「…特異体質といえど、身長体重はどいつもこいつもごく一般的なんですね。面白くない」

「身長体重に面白さを求めてどうするんですか…」

「フン、まあいいでしょう。もう測るものはありませんので、服着てもいいですよ」

「あ、はい。ありがどうござ…」

「ぶえぇーん!高松ぅー!!」

バン!と扉の開かれる音と同時に士官学校の同僚と思われる人が入ってきた。
幸い、身長が測り終わると同時に帽子をかぶっていたため、頭は大丈夫だが、まだ服を着ていなかったため、私はベッドに放り投げていた服を引っつかむと急いで前を隠すように服を抱きしめた。

「おやおやグンマ様…いけませんよ、今は身体測定中です。どうなされましたか?」

「シンちゃんが、シンちゃんがボクのおやつのプリンをまた勝手に食べちゃったんだよ~!」

「ああ、おいたわしや私のグンマ様…後でいっぱいプリンを買って差し上げますからね」

「ほんと!?わーい!高松ありがどう!」

どうやら彼はまだ私のことに気づいていないみたいだ。ドクターの陰に隠れ急いで上の服を着る。
シンちゃん、とはもしかするとシンタローくんのことだろうか。と考えながら立ち上がるとドクターにしがみついている彼があれ?と声を上げた。

「あれー?君、どっかで見たことあるなー…」

「え…僕は、初めましてかな…」

「あ着替え終わりましたか。もう用はありませんよね?ならさっさと出てってください。あっグンマ様は出ていかれなくて結構ですよ?」

シッシッと追い出すような動作を見せるドクターに苦笑いを浮かべながら失礼しました、と保健室を出る。保健室の扉を閉めた瞬間、ついため息が漏れた。正直、彼はあまり得意ではない。
残りの休み時間をどのように過ごそうか、と、考えていると後ろからおーい!という声が聞こえた。振り返ると先ほどの、グンマ様と呼ばれていた人が手を振りながら走りよってきた。

「あれ、どうしたの?ええと、グンマ様?」

「もう、君まで様付けなんてしなくていいよー!」

「そう?じゃあ、グンマくん。何か僕に用事があるの?」

「あっそうそう、思い出したんだよ!君ってさ、いつも食堂でプリン買ってる子だよね?」

そう言う彼に私は数回瞬きを繰りかえす。確かに、プリンを買わない日はなかった。こくりと頷くとやっぱりー!と人懐こい笑顔を浮かべた。

「どこかで見たことあるなーって思ってたんだよね!うんうん、ここのプリン美味しいもん!わかるなー。
今日なんてさ、ボクが楽しみに取っておいたプリンをシンちゃんが横取りしてきてさー!ほんとシンちゃんって横暴なんだから!」

「ねえ、シンちゃんって、もしかしてシンタローくんのこと?」

「そうそう。ボクの従兄弟なんだけどさー、すっごい俺様で自己中心的なんだよ!いつかボクの作ったロボットで、ギャフンと言わせてやるのが夢なんだ!」

「ロボット…?グンマくんは、ロボットが作れるの?」

「えへん、ボクは天才的な頭脳の持ち主だからね、ロボットなんてちょちょいのちょいさ!」

「へぇー…グンマくん、すごいね」

私がそう言うと彼はあんまり褒めないでよーと照れたような仕草をする。従兄弟とはいえ、シンタローくんとは全然違う雰囲気の持ち主だ。なんて考えていると突然あー!という声が横から聞こえた。

「ど、どうしたのグンマくん?」

「次の授業までに出さなきゃいけない資料があったんだった…!ごめん先に行くね!えーと、うんと、」

「…あっ、僕、○○っていうんだ」

「○○くん!またお話しよーね!ばいばーい!」

そう手を振る彼は既に小さくなっていた。なんとも元気な少年だ。どことなく子どもっぽくて可愛らしい男の子だとも思った。
ふぅ、と息を吐くと、くい、と袖を引っ張られた。引っ張られた方向を見るとアラくんが立っていた。

「あ、アラくん。散歩でもしてたの?」

「…へぇ、そんなところ、どす。…○○ちゃんは、身体測定終わったんどすか?」

「うん、今終わったから部屋に帰るとこ。アラくんもそろそろ帰る?」

彼は私の袖を掴んだままこくりと頷いた。じゃあ、帰ろうか。と声をかけると小さく相槌が聞こえた。なんだか、彼とこうして横に並んで歩くことがとても久しく感じた。


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