※これの続き
黄瀬side
まさか、と思った。自分の浮気現場に名前が居合わせたなんて思いもしなかった。
ほんの出来心だったんだと思う。
だから、彼女を悲しませるなんてこと、あの時の馬鹿な俺は気づきもしなかった。
俺は部活とモデル。名前はバイトで忙しい日々を送っていた。付き合っているものの、最早その関係は付き合っているのかと疑問に思う日のが最近続いていた。
でも、俺はちゃんと名前が好き。例え他の浮気相手がいたって絶対に名前が一番だと、それだけは変わらない。
たまにくる、オフの日も名前をデートに誘おうなんて考えた日もあった。だけど、バイトが思ったよりも忙しいんだ、と言っていたことを思い出して泣く泣く諦めた。
ついこの間、放課後の教室である女子を抱きしめていた。その子は俺に告白をしてきた子で、告白を断ると「抱きしめてくれたら諦めますから」と抱きついてきたのだ。
名前以外の女を抱きしめるのなんてこと、嫌だったけど諦めてくれるならそれぐらい良いだろう。
そう、この浅はかな考えがいけなかったのだ。
カタン、
後ろのほうからなにか小さな音がして。もしかして…なんて勢いよく振り返ると、そこには呆然とした様子の愛しい彼女。
―見つかった。
どうすればいいのだ。これは俺からしたら浮気ではない。でも名前から言わせたら立派な浮気なのかもしれない。
「名前…」
焦った末に出た言葉は、情けないほど震えた彼女の名前。
それと同時に言われた俺の名前。
…彼女の声は好きだ。綺麗で、透明で。だけど今の名前の声は哀しさが見える。
何かいわなきゃいけない。そう思い口を開いたら、
『…―ばいばい、涼太』
無理に笑って、今にも泣き出しそうな彼女が走り去った。
「っ、名前!」
追いかけようと思っても、先ほど告白してきた子が行かないで、と俺の袖をつかむ。
今更言ったって、混乱しているだろうに、俺の声をしっかりと聞いてくれるだろうか?
仕方なく名前を追いかけようとしていた足を止めた。
俺の頭には、先ほどの彼女の泣きそうな顔が鮮明とちらばる。
…――それから数日経った。
学校で名前を見かけても声を掛けずにいる。
声を掛ける勇気がないというのもあるが、まず名前が俺と目を合わせてくれないというのも事実。きっと俺と話したくなんかないのだろう。
俺は別れたなんて思ってないけれど、名前はもう既に別れたと思っているのだろうか?
もしかすると、あの、『…―ばいばい、涼太』は別れの言葉だったのだろうか。
そんなの、嫌だ。
名前と別れたくない。
勝手に傷つけたくせにこんなことをいうのはおこがましいかもしれないけれど、でも。
「―っ、名前!」
部活の自主練を抜け出す。体育館のほうから笠松先輩の「は!? おい、黄瀬!てめぇ、何処行くんだよ!」なんてかなりのご立腹な声は申し訳ないけど無視して(あとでしっかりシバかれよう)とにかく走った。
部活は始まったばかりだから、多分彼女は教室にいると思う。帰宅部だし。
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