- ナノ -

総北の文化祭へ行きませんか 2




「えーっとそれじゃあ、コーヒーと紅茶をお願いします。お兄さん、超イケメンですね!執事服もめっちゃ似合ってる!このクラスの子なの?」
「ありがとうございまーす。ううん、オレはただの助っ人なんだ。」

ご一緒にアイスクリームはどう?と勧めると、テーブルの女の子達は二つ返事で追加注文をしてくれた。やった。
売り上げを頑張ったら、坂道くんだけじゃなくて他のクライマーとも走らせてくれるって鳴子くんが約束してくれたんだ。

「真波、ありがとな。助かるぜ。お前の売り上げ、凄い事になってるぞ。・・・ただ、そのタメ口だけはどうにかならないのか・・・一応、執事なんだから・・・。」
「あ、そっか。うーん、今泉くんはすごいよね。『お帰りなさいませ、お嬢様』って言うの、しっくり来てるカンジ。オレはなんか、ダメだなぁ・・・将来、執事に就職はムリだなぁ。オレと、それからアッチの人も。」

ちら、と向こう側で接客してる名前さんを見る。
彼女のメイドさん姿は、想像を絶する可愛さだった。
真っ白のエプロンとカチューシャも、黒くてふわふわな膝丈のスカートも、ぜんぶぜんぶ似合ってる。恥ずかしそうにしてるのも加点で、めちゃくちゃ可愛い。
・・・こんなふうに思うのは、オレが彼女に恋してるからかな?
ううん。坂道くんたちも見惚れてた(ような気がする)し。

・・・名前さん、見た目は完璧なんだけど。
オレが言うのも何だけど、言葉遣いがてんでなってない。愛想も全然で、にこりともせずお客さんの対応をこなしてる。

・・・まったく、キミはどこへ行っても相変わらずなんだから。


自分を安売りしない彼女に、オレは呆れる気持ちと、彼女のとっておきがオレの手の内にあるんだって安心感とが半分ずつあった。

彼女のとっておきの魅力は、なんといってもあの笑顔だ。

オレも初めてそれを引き出すまで、随分大変だった。あの頃の名前さんは今よりももう少し壁が厚かったから、尚更。
彼女に出会うまでオレは、女の子の笑顔ってもっと気軽に振る舞われてるものかと思ってた。
オレの周りには女の子が沢山いたし、その子たちはみんな可笑しくもないのにいつでもニコニコとしてた。それはそれで、嫌じゃなかった。女の子の笑顔は、それだけで場を華やかにするから。

でも、彼女だけはちょっと特別だった。
名前さんの笑顔が見れるのは、彼女が本当に嬉しい時や楽しい時だけだった。
それは当たり前の事のはずなのに、オレにとってはそんな女の子は初めてだったし、やっとの思いでそれを引き出した時には直感的にこれは危険だと思った。引き込まれてやみつきになる、麻薬みたいな笑顔だと思った。

それが・・・付き合うようになってからは、ただ隣にいるだけで微笑んでくれるようになったんだから、こんな幸せは無い。彼氏冥利に尽きるって、つくづく思うんだ。



「こちらの席へどーぞ。メニューはコレで・・・って、アレ。キミたちひょっとして、自転車部の・・・」

相変わらずの淡々とした様子で接客している名前さんの担当は今、男の子二人組の接客をしているようだった。
オレンジの髪の子と、黒い髪に青メッシュの子・・・って、あれ?もしかして、坂道くんの後輩じゃなかったかな?


「だっ、ダレだよ、お前わ?!こんな女子オレは知らねぇぞ!段竹の知り合いか?!」
「・・・一差、落ち着け。この人は多分、ハコガクの・・・」
「キミ、鏑木君だよね?私、箱根学園の自転車部のマネージャーなの。」
「は、はぁ?!どう見てもメイドだろ、アンタ!ハコガクにはメイドが居んのかよ?!」
「一差、そういう事じゃない・・・すみません、コイツ女子が苦手で、ちょっと混乱してて」
「だ、段竹!ヨケーな事言うなよ!!」

名前さんを見て真っ赤になってるカレの姿が・・・なんだかオレは、面白くなくって。
思わずそのテーブルに近づいて行って、ふわりと彼女の肩を抱き寄せる。

「えっ?!・・・さ、山岳?!」
「あれ、アンタは確か・・・ハコガクのクライマーの、」
「坂道くんの後輩くんたち、だったよね。・・・この人、オレのカノジョなんだ。」
「「カ、カノジョ?!」」


どうしてだか、そう宣言してやりたくてたまらなかった。
彼女の肩を抱く手に、オレのものだ、って独占欲をいっぱいに込めたけど・・・頬を染めた名前さんに、ひらりと片手で払われてしまった。・・・ちぇ。

すると、オレ達の様子を見かねた今泉くんが近づいて来た。

「あー・・・名前さん、真波。手伝ってもらうのは本当にありがたいんだが・・・その、口調だけもう少し、コンセプトに寄せてほしいというか・・・。名前さんはメイドなので、『ご主人様』ってくらいは言ってもらえませんか?あ、今は相手が鏑木なんで別に大丈夫ですけど。」
「って、なんでオレなら良いんスか!!」


そしてそのまま、後輩くん達は今泉くんが担当するになり、オレはさっき注文をとった女の子達に呼ばれてテーブルに戻る。

教室の外には行列が出来ていて、テーブルが空き次第次々にお客さんが入って来た。
名前さんは身体が空いたので、今しがた席についたばかりの男性二人組のテーブルに注文をとりにいった。

「い、いらっしゃいませ・・・って、あ!キミたちは・・・手嶋君と、青八木君!」
「えっ・・・ああ!アンタ、箱学のマネージャーの!ちょ、なんで小野田達の教室にいるんだよ?!」
「助っ人なの。なんか、人が足りないんだって。っていうか私の事、手嶋君が覚えてくれてると思わなかった。」
「ああ・・・オレらも2年まではレースのサポートだったからな。ハコガクのマネージャーなんて目立つし、よく知ってたよ。・・・っていうか小野田たち、人足りないからって他校の、しかも先輩に手伝わせてんのかよ・・・なぁ、青八木?」
「・・・・・。」
「あはは。青八木君は、噂通り寡黙なんだ。・・・あ、注文何にする?」
「おいおい、ここメイド喫茶なんじゃねーの?なんでタメ口なの、自由だなー。」
「げっ、そうだった、今泉君に怒られる。え、えーっと・・・ご、ご注文は、何になさいますか・・・っ」
「・・・"ご主人様"、だろ?メイドさん。」
「うっ。・・・ご、ご主人さま・・・」
「ははっ。やればできるじゃん」

・・・名前さんが、手嶋さんたちと楽しそうに話してる事も。時折、そのとっておきの笑顔をやすやすと見せてしまってる事も。ご主人様、なんて顔を真っ赤にして呼んでる事も。
どうしてだろう?ぜんぶぜんぶ、面白くなくって。腹の奥に、真っ黒な感情が渦巻くようだった。

「名前さん、ちょっと来て!」

連れ去るように彼女の手首を掴んで、教室を後にした。接客の途中だったけど、振り向きもしないで。久しぶりに手嶋さんたちに会ったのに、挨拶もしなかった。・・・できなかった。



「ありゃりゃ、真波くん出て行ってもうたー。・・・手嶋さん、あのお姉ちゃん狙ってはりました?アカンすよ、真波くんのカノジョさんらしいで。」
「鳴子、お前まで手伝ってたのか・・・。真波の好きな子なのは、わかってたよ。」
「え、知っててやってたんすか?!」
「ああ。・・・真波のヤツ、すげー怖い顔でこっち見てたし。・・・けど、なんか意外だったっつーか。」
「意外?何がっスか。」
「・・・真波も焦ったり、妬いたりするんだなぁって。アイツ、レースでも女子にキャーキャー言われてるし、いつも飄々として読めねぇし・・・もっと、いつもヨユーで、何かに縛られたりしてるイメージが無かったからさ。」
「・・・ワイは、真波くんのカノジョてわかっててやっとった事の方がショーゲキっスわ・・・。」
「ははっ。オレ、真波にゃやられっぱなしなんだし、ちょっとくらいのお返しなら良いだろ?けど・・・レースで遭うとおっかねぇのに、好きなコの前ではあんなんになるんだな。・・・なんか、安心したわ。」






文化祭だから廊下は人で溢れていたけど、模擬店とかが行われてない場所はまるで別世界みたいにガランとしていた。

オレは彼女の手を引いたまま人混みをくぐり抜け、誰もいない教室に飛び込んで扉を閉める。

「ちょっと、山岳?どうしたの、急に」

オレの手をようやく振り解いた彼女は、手首をさすりながら言った。掴んでた所がすこし紅くなってる。そんなに、力が入ってしまっていたのか。



「オレ、変なんだ・・・キミのこと好きになってから、ずっと」

閉められた扉を背に、心配そうに瞳を揺らした名前さんがオレを見上げる。彼女の頬に触れ、親指でそっと撫でる。全部全部、オレのものだったらいいのに。

「キミの事、みんなに自慢したいのに・・・それなのに、独り占めしたくもなるんだ」

言いながら、彼女が戸惑うのもお構い無しにキスをした。唇で唇をこじ開けて、探し当てた舌を舌で絡める。
キミの唇も、笑顔も、心の中さえ。ぜんぶ、オレのものだったらいいのに。

「名前さん、目、あけて?」

それまではきつく瞼を閉じていた彼女に、唇と唇の隙間から甘く囁く。けれど目が合ったのは一瞬で、すぐに逸らされてしまう。

「だめでしょ、ちゃんと見て、オレのこと。・・・オレのことだけ」
「む、むり・・・こんな近くで・・・」

他校の教室で、コスプレ姿で、むりやりのキス。
すでに彼女のキャパを大幅に超えてしまう状況のようで、目に涙をいっぱいに溜めて抵抗する。
それは間違い無く恋人にしか見せない表情で、嫉妬でおかしくなりそうだった脳が愛しさと優越感でビリリと痺れた。

涙で滲んだ瞳は、たったひとりの男が映る。・・・すこし、安心する。
ちょっと意地悪しすぎたかも。ようやく唇を解放すると、名前さんは呼吸を整えながら抗議をする。

「何なのよ、急に小野田くんの手伝いしようって言ったり、そうかと思えば途中で抜け出したりっ!」
「・・・あはは!ごめんね・・・えーっと、『大変失礼いたしました、お嬢様』?」

せっかく執事の服も着てるってコトで、そんなふうにふざけて言ってみる。すると名前さんは、まんざらじゃなさそうに照れて、また目線を逸らした。うーん。女の子って、なんでこんなのが好きなんだろう?

「お嬢様って・・・ち、違うでしょ。私だって今はメイドだし」
「あ、そっか。じゃあ逆に、名前さんに『ご主人様』って言ってもらわなきゃいけないのか」
「はあ?なんでそうなるの。嫌だよ、そんな恥ずかしい事」
「ふーん、手嶋さんには言ったのに?」
「うっ・・・。アンタって、本当にずるいよ。そんな顔されたら、断れないじゃない」
「ふふ。はい、じゃあどうぞっ。えーっと、『ご主人様、もう一度キスしてください』って」
「さっきよりも難易度上がってない!?」


真っ赤になって真に受けてる名前さんが可愛くってオレが笑うと、彼女も困ったように眉を下げてから可笑しそうに笑った。




あの子が彼女だなんて、扱いにくいんじゃないの?って周りの人は言う。
アンタには振り回されてばっかりだ、って名前さんは言う。
でもホントは、そのどっちも違くて・・・彼女に振り回されてばかりいるのは、オレの方なんだ。

それは、誰も知らない。

こんな、甘い想いも。
オレにだけ見せてくれる、"とっておきの表情"も。





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