- ナノ -

やってしまった、


俺の人生最大の失態と言ったら過言か、いや、言い過ぎでないくらいの過ちだった。

名前に告白した。
突然。しかも電話で。

タイミングもやり方も、全てが俺にとってはありえない事だった。
自分で言うのも何だが、名前は俺を好いていると思う。ただ、それが憧れなのか恋愛なのか本人の中で区別がついていない。
だが俺が告白して付き合えと言えばあいつは首を縦に振るだろう。そう言い切れる位に名前は何故だか俺を盲信している。
だからこそ、そんな事はしたくなかったのだ。
本人にさえ感情の区別がついていないのにそうするのは卑怯に思えたし、名前に自分で気付いてほしかった。だからずっと待ってた。あいつの気持ちが俺と同じ意味での「好き」になるまで、見守ってきたはずだった。なのに、なぜ。彼女の事となると俺は冷静さを欠いてしまうのか。

 事の引き金は、俺ら3年の自宅学習期間に起きた。
自宅学習期間、とはいえ、推薦で高校が決まっている俺にとっては卒業式を残すのみで、走り込みや自主練やなんかをして時間を過ごしていた。
こんなに名前に会えなかったのは、出会ってから初めての事だった。夏休みや冬休みなんかでも、自称マネージャーのアイツは毎日部活に来ていたから。だからだろうか。我ながらあんなお子ちゃまのどこに惚れたんだか謎だけど、アイツの事ばかり考えてしまった。
日を追うごとに卒業が近付いているのも気掛かりだった。たった2歳の差など大人になれば大した事じゃないだろう。でも学生にとってこれは重要で、俺は最低でも2年間は名前と離れる事になる。正直、焦っていた。

 そんな時だった。1年の男子が名前に告白したと、サッカー部の連中が噂していた。
感情的になった俺はその日の夜、名前に電話をかけた。無論、告白などするつもりは無かった。そんなの先を越されたからって慌てて告げるみたいでダサすぎるから。
アイツに出会って、春で1年。ずっと描いてきた筋書きを、無様な形で結ぶつもりなど無く、ただ少し声でも聞ければと思った。
しかし結果は、ーーー冒頭に戻る、といった所だ。
 俺の掛けた電話は名前の母親が本人に繋いでくれ、雑談もそこそこに、告白されたのかと聞いてしまった。…そして、俺もお前が好きだと言った。

「….ダッサ」
あまりのダサさに独り言を呟いてしまう程だ。俺の足は今、名前の自宅に向かっている。昨日の電話の終わりを「明日、直接話すから」と慌てて取り繕った為にだった。この失態に何から手を付けたら良いか分からないが、電話でというのも特に許せなかった。ってかもう、全体的にダサすぎて我ながら施しようの無い事態だけど、せめて。
 なんでだ。なんでこんな事になった?俺の計画はどこからズレていたというのか。
自分が思っている以上に、卒業して離れる事に焦っていたのだろうか。
自分が思っている以上に、好きだったのだろうか。
まだ春先だってのに、夜だってのに、身体中が熱かった。

 名字と書かれた家のインターホンを押すと、母親が名前の部屋まで通してくれた。
「フーン、意外と綺麗にしてんじゃん」
ローテーブルをはさんで向かい合って座り、努めていつも通りにそんな軽口を叩いた。初めて入る好きな女の子の部屋にも、名前の私服が今日もかわいいなんてことにも、なるべく意識をしないようにして。
「翼さんが来るっていうから、1日かけて掃除したんだよー!ねえ、見て!見どころはここだよ!」
そう言って嬉しそうに指差したのは、チェストの上に並べられた、俺の写真だった。いつ撮ったんだというものから、名前に頼まれて二人で撮ったものまで、写真立てに入れて並べられてある。呆れて絶句する俺を気にする素振りもなく、「祭壇」だと言って満足気だ。
….一体何だ、この緊張感の無さは。俺がここに来るまでの道すがら、どれだけ悩みに悩んだと思っているのだ。ほんとにコイツが恋人で良いのか、椎名翼。

「お前な….昨日の電話の意味、わかってるか?」
「意味?」
「だから….その、」
「翼さんが、私のこと好きだって言ってくれたこと?」
慎重になる俺に反して、名前が直球で切り込んだ。
「嬉しかったよ!珍しいよね、翼さんがそんな事言ってくれるの」
あっけらかんとして言う。やっぱり、こいつは何も分かっちゃいない。ガックリくるが、覚悟の上だった。そうだとしても今日は告白すると、決めて来た。

「俺はお前のこと、ひとりの女の子として好きで…大切に、思ってる。俺と、付き合ってほしい」

真っ直ぐに目を見て言った。テーブルの下で握ってる自分の手のひらに、汗がにじむのを感じた。
名前の答えは分かっていたが、それでも緊張で息苦しかった。

「えっと…付き合うとか、そういうのは、無理だよ」

しかし彼女の口から溢れたのは予想もしてなかった言葉だった。

「私、翼さんのこと大好きだけど、だからすっごく嬉しいけど、でも私のはただの憧れだから…そういう『好き』じゃ、ないから…」
「…じゃあ、こないだ告白してきた1年と付き合うのか。ソイツの事、俺より好きなわけ」
「そんなわけないじゃん!翼さんより好きな人なんて、いないよ。そうじゃなくて、誰かと付き合うとか…そんなの、まだわかんないよ。私は恋ってした事も無いし」
「お前は、俺の事が好きだろ!」
ーーーなんてことだ。自分で言うか?…俺の、馬鹿野郎。
「え、そうなの!?いや、そうだけど…?私の翼さんへの『好き』って、そういう『好き』だったの…?憧れじゃなくて…」

自分自身に問うように、名前は瞳を泳がせた。
ああ、もう、最悪だ。
こんなはずじゃなかったのに。ここまで否定されるとは、思っていなかった。だから、ついーーー
俺が自分で”彼女に自分で気付いてほしい”と今日まで接してきた努力が、全て台無しになった。告白するにしたって、もっとうまくやるつもりだったのに。

「…翼さん、ごめん。やっぱり無理だ。私、自分の気持ちもよく分かってないのに…大好きな翼さんと、こんな状態で付き合うなんてできないよ」

いいよ、もう、と言った言葉が、自分で思っているよりも力なくて驚いた。

「翼さん、ごめんね」

名前がもう一度そう言った。謝るな、馬鹿。よけい惨めになるだろ。
情け無くて仕方ない。断られるだなんて、思ってもなかった自分に。
名前にはまだ恋愛の自覚が無い、なんて俺の思い込みで、本当にただの憧れだったのかもしれない。俺がアイツの事が好きで、自分の都合の良いようにしただけで。
本当は、俺ばっかりが好きだったのかもしれない。