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ラブレター




 その日の放課後、私はいつものようにバスケ部の女の子達と一緒に更衣室へ向かっていた。今日こそは翼さんに、サッカー部のマネージャーとして認めてもらえるのだろうか。いや、認めてもらえるに違いない。翼さん曰く、どこから沸いてくるんだか謎だと称される自信を胸いっぱいに膨らませて、弾むように廊下を歩いた。
正式にはまだマネージャーではないのだから制服から着替える必要も無いのだけど、放課後に毎日「マネージャーにしてください」と通いつめていたら、「そんな格好で何が出来んだよ。マネージャーなりたいなんて口ばっかなんじゃねぇの」と翼さんに言われた。なるほど、たしかに。だから、その日からジャージで通うことにした。
翼さんの言う事は全て激励だと思ってるけど、アドバイスを取り入れる度に翼さんは私をみてため息をつく。なんでだ。


 翼さんみたいになりたくて、サッカー部のマネージャーを志願している。
椎名翼さん。私と同じ飛葉中学校に通っているけど、秀才で、そして学年は私の二つ上。彼と初めて会ったのは、休日に行ったフットサル場での事だった。
翼さんはすっごく美人だから、初めて見た時は女の子だと当たり前のように思ってた。しかもサッカーがめちゃくちゃ上手くて。憧れた私は、翼さんが同じ中学のサッカー部だと知ってすぐに入部させてほしいとお願いしに行った。
だけどなんと男の子だったから、超超ビックリした!
「そんな可愛いのに、男子なんだ!?じゃあもしかして、ここって女子部員は入れないって事か...。なら私、マネージャーでもいいですよ!」
昔から切り替えの早いタイプだった私がそう言うと、翼さんは瞳を丸くして、だけどすぐ怪訝な表情で言った。
「可愛いだって?失礼な奴だな!ソッチこそ、あんまりちんちくりんだから小学生かと思ったぜ。っていうか、女だと思ってたのに入部志望したわけ?男って知って近付いてくるミーハー女ならうんざりする程いるけど...」
「ハイ!翼先輩みたいになりたいんです。少しでも近付きたいから、サッカー部に入りたいです!先輩が男子でもべつにいいですよ。中身はいっしょだし」
「...変な奴。お前、バカだろ。言っとくけど、頭の悪いマネージャーなんて要らねぇからな」
ーーーこれが、私と翼さんの出会い。
綺麗な顔してるのに、その口から出る言葉とのギャップに、私は益々翼さんの大ファンになってしまった。
なんでもハッキリ言えるのって最高に格好良い。だって皆、言いたい事を言えずに生きてる。

 そして毎日サッカー部に(どれだけ断られ続けても!)通うたび、翼さんの事を知ってもっともっと好きになっていった。翼さんは他人に厳しく言うだけじゃなくて、自分が誰よりも努力しているし実力もある。
1番カッコイイって思う所は、”やれる事”の中からサッカーを選んだんじゃなくて、”やりたい事”だから頑張っているトコ。
翼さんは天才だけど、他の選手との体格差とか見てるとやっぱり辛そうな時もある。でもその中で戦ってる。
できる事の中から選んで生きてる人の方が多いはずだ。私だってそう。サッカーは好きだったけど、中学に女子の部活が無かったから諦めて、休日にフットサルに行く程度だった。だけど翼さんは違う。自分の人生を努力して拓いていく人。だから、翼さんはかっこいい。

 サッカー部に通うにつれ、他の部員たちの事も好きになった。翼さんみたいになりたくてがきっかけだったけど、彼らの力になりたい、役に立ちたいと少しずつ思うようになっていった。


「名字名前、ちゃん?」


更衣室に入ろうという瞬間、背後から誰かに呼び止められた。見た事のない女の子だったけど、バスケ部の友だちが「名前の知り合い?たしかこの人、3年で1番カワイイって言われてる先輩だよ」って耳打ちした。へぇ、たしかに可愛い。でも、翼さんの方が圧倒的にカワイイけど。
その先輩は私に一通の封筒を差し出して「これ椎名翼くんに渡してほしいんだけど」と言った。後ろで友人達が、あぁまたか、と納得と同情の混じった声を漏らした。

美人の翼さんにはファンも多くて、そういう人達からなぜか私を通して翼さんの好きな食べ物から恋人の有無まで聞かれた。
だけどそれはつい最近の事で、私がサッカー部に通い始めた頃は嫌がらせとか悪口の方が多かったと思う。この頃こうなったのは友人達曰く、翼さんとのやり取りを見ていたらお互いに恋愛対象じゃなさそうだからと嫉妬の対象からは外れたらしい。

だけど、手紙なんてのは初めてだった。こういうの、ラブレターっていうんだろうか。

「直接渡さなくていいんですか?」
先に着替えてるね、という友人達に手を振って、目の前の先輩に尋ねた。彼女は照れ臭そうに答えた。
「無理無理。勇気ないし、椎名君の周りにいる男子達もちょっとコワいし...。それに椎名君って、靴箱や机にこういうの入れても見てくれないって、噂で聞いたの。でも名前ちゃんからなら、受け取ってくれるんじゃないかなって」

そういうものなのかな。大切な事なら、直接伝えた方が良いんじゃないのかな?私は初恋もまだだから、分からないだけかなぁ。
翼さんがどう思うかとか、自分で知りたくないのだろうか。
それに、もし翼さんならこういう事は直接だと思う。絶対、翼さんはそういう人だ。









「名前!遅せーぞ」


 着替えを終え急いでグラウンドへ向かうと、ユニフォーム姿の翼さんが声をあげてる。ご立腹のようだった。
「何してたんだよ」
説明しがてらさっきの手紙を渡そうかと考えたけど、やっぱり練習が終わってからのほうがいいかな。
「ごめんね、ちょっとバタバタしてて」
「ったく。今日から新しいメニューやるっつったろ。ホラ、お前はこのボール籠持って向こうのゴールの方に...」
駆け寄る私を、翼さんは眉間に皺を寄せて見た。

「何、ニヤニヤしてんだよ」
「怒った顔も素敵だなあって」

ぽすっ、と翼さんは手に持っていた書類束で私の頭を叩いた。バカな事言ってないで、さっさと手伝えよ。マネージャーになるんだろ。そう言った翼さんの、綺麗なふわふわの茶髪の隙間から覗いた耳が、すこし赤くなっているのが見えた。
翼さんのこういう表情を、最近はよく見るようになった。その度、私は胸がすごく苦しくなる。誰かをこんなに好きになったのは初めてだったから、憧れるってこういう気持ちなんだって、私はそう思っている。




 その日の練習が終わって皆と一緒に片付けをしていると、黒川柾輝先輩に「おつかれ」と声をかけられた。すっかりマネージャーが板についてきたな、という柾輝先輩の言葉にすかさず、翼さんが「俺はまだ認めてねぇからな」と言った。

「案外頼りにしてるくせに...。ああそうだ、翼。今日の帰りはどーする?アイツら、ゲーセン寄ってくっつってたけど」
「俺はコイツを家までおくってく」

そう言って親指で私を指した。このところ毎日そうだった。一緒に帰ったり、お休みの日に映画に連れて行ってもらう事もあった。(「バカに教養を積んでやる」っていうのが誘われた理由だった。翼さんの私服はとっても恰好良かった)
だから翼さんの発言に、畑先輩達も「あー、そっか」ってそれだけだったけど井上直樹先輩が何か言いたげにニヤニヤしてる。

「ナオキ、勘違いするなよ。このバカを一人で歩かせてみろ、飴玉ひとつでノコノコと不審者に着いて行くだろ」
「行かないよ〜!子どもじゃあるまいし」
「へぇ、どーだか」

言い返した私の頭を、翼さんはクシャクシャに撫でて笑った。笑った顔がやっぱり一番素敵だなぁなんて見惚れてると、他の先輩達はどこかすこし楽しそうにグラウンドを後にした。
あ、そうだ。あの手紙。
グラウンドのベンチに二人きりになり、今なら先輩からの手紙を渡せそうだと思い出した。

「あのね、翼さん。これ...」

ジャージのポケットからごそごそと手紙を差し出した時、翼さんは一瞬目を見開いた。だけど受け取った手紙の差出人をみて、眉を潜めた。

「...お前からじゃないのか」
「あー、その手があったか!私も今度、手紙作戦やってみようかな!翼さん宛てで、マネージャーにしてください、って」
「...コレ、何だよ。どうしてオマエが持ってきた?」

依然として不満げな表情のままそう聞いた翼さんに、私は先程の出来事を話した。だけど彼は封筒を開ける様子もなく、ただ私の事をじっと睨みつけてる。

「...お前はコレ、どういうつもりで俺に渡してんだよ」
全て話したつもりだったけれど、翼さんはもう一度そう聞いた。
「え。だから、渡してほしいって言われたからだよ。それくれたの、3年生で1番カワイイ先輩だって〜」
「3年では、だろ。お前、コレ何だか分かってんの?」
「ラブレター?」
「ふーん、分かってんだ。じゃ、俺にコレ渡すって事は、俺がこの女と付き合う可能性が生まれるって分かってる?」
「そこまで深く考えてなかったけど...たしかにそうだね」
「...いいのかよ。....お前は、それで」
「え?う、うん...私は翼さんに憧れてるだけで、恋愛の事まで言う権利ないと思うから...」

私の言葉に、翼さんの眉間の皺が一層深くなった。頭にきた、あぁそうかよ。そう独り言みたいに呟いて、翼さんはさっきまで興味も無さそうに持っていただけだった手紙の、封を切った。

「んじゃ、コイツとデートでもしてみるかな」
便箋をしげしげと眺めながら翼さんは言った。隣からすこしだけ見えたその手紙は、可愛い用紙に丸文字がびっしりと並んでいる。
「...デート?」
「ああ。話してみたら、好きになるかもしれないし」
「...え、やだ」
「嫌?何言ってんだよ。お前にそんな事言う権利は無いんだろ」
「そうだけど...でも、今よく考えたら嫌だって思った」
「勝手な奴だな!関係ないだろ。楽しみだな、カワイイ子だっていうし」
「...カワイイ先輩だったけど、でも翼さんの方が100倍カワイイもん」
「ハァ!?お前、ケンカ売ってんのか・・・、って、おい!?」

私がぼろぼろと泣き出しているのを見て、翼さんがぎょっとして声をあげた。

翼さんが女の子と付き合う?翼さんにサッカー以外の“いちばん好きなもの”が増えるなんて、そんなの、考えただけでどうしてだかとても寂しくなって涙が出た。
頭の中で並べた二人がすごくお似合いなのも苦しかった。私じゃ隣にいたってファンのひとりか、良くて妹くらいにしか見えない。でも、翼さんの事こんなに好きなのにな。
だけど、ただの憧れなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。どうして、他の女の子と自分を比べてしまうんだろう。

「翼さんに恋人ができたら....私は、イヤです」
「バカっ....泣く奴があるかよ」
翼さんは慌てた様子で、私の肩をぽんぽんと叩いた。
「ごめんって!冗談だよ」
「冗談?」
「ったりめーだろ!知らない奴とデートに行く暇なんて俺には無ぇよ。ましてや、こーゆー大事な手紙、自分で持って来ないで人に預けるようなのはもっての他だね。....で。お前は、何で泣いてんだよ」
「えっと....。翼さんがあの先輩と恋人になったところを想像したら....なんていうか、かなしくて...」
「悲しくて....って。.....だからそれは、なんでだよ」
翼さんがどうしてだか、すこし照れ臭そうに聞いた。
「それは....翼さんに憧れているから」
私の回答が的外れだったのか、翼さんはハァと深い溜息をついた。
「え、え?違うのかな。自分でも分かんないかも、なんでこんなに苦しいのか。もしかして、翼さんには分かるの!?」
「....その感情って人に教わるモンじゃねーよ。....だから、待っててやる」
ただし俺の気はそんなに長くねーからな、と翼さんは笑った。翼さんは何でもわかるんだ。

翼さんといると、いつも新しい世界に連れて行ってもらえる。だからきっと、いつかこの気持ちの答えも見つかるのだろう。今はまだ分からないけど、翼さんの表情からすると、きっと悪いことではなさそう。

翼さんの笑顔をみたら私の心も和らいで、私も力なく笑った。
そんな私をみた翼さんが、すこしだけ情けない顔をしたかと思ったら、そのまま私をぎゅっと抱きしめた。

「泣かせてごめんな」

私は突然の事に目を白黒させながら行き場のない自分の両手を宙に泳がせた。
視界にすぐある翼さんの髪からふわふわと良い匂いが香る。シャンプー何使ってるんだろう、後で聞こう。そんな事でも考えてないと、どうにかなりそうな位にドキドキした。

「さっきのはヤケになって言っただけだから」
「....ヤケ?」

翼さんの腕の中で心臓をばくばくさせて、やっとそう言った。重なった翼さんの身体は、引き締まっていて力強い。女の子みたいに見えるのに、こうされているとやっぱり男の子なんだと改めて思った。

「....お前さ。俺のこと追いかけてるんだろ?」
「ハ、ハイ」
「だけど俺も、お前の事追いかけてるんだよ」
「え....?それって、どういう....」
「おかしな話だろ、わけわかんねーよ自分でも。しかもこの俺が、よりによってこんなちんちくりんをさ!」

翼さんはゆっくりと私の身体を離すと、やさしく目を細めた。

「....さ、帰るか。名前はお子様だから、あんまり遅くなるとマズイよな」
「....翼さんって.....、もしかして私のこと.....」

そう言いかけると、翼さんの耳がふわっと赤くなった。あ、まただ。これは、私にだけ見せてくれる顔。


「もしかして私のこと、マネージャーにしようって思ってくれてるの?....私のこと追いかけてるって、そういうこと!?」


興奮気味に詰め寄ったものの、当の翼さんは音がしそうな程まつ毛の長い瞳を数回瞬かせた後、呆れたように「帰るぞ」と言って歩き始めた。
「これだからバカは嫌なんだよ」
「え〜〜〜!違うの!?」
「....ヒント。俺は、デートはお前としかしない。帰り道送ってやるのも、泣かせたくないのも、お前だけだよ」

バーカ。翼さんはもう一度そう言って、私の手を握って笑った。


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