影山 飛雄
- ナノ -


二人とも片思い

「苗字、ありがとな。居残り練付き合ってくれて。助かった」
「いえ!岩泉さんのお役に立てて嬉しいです!」

 体育館と部室の戸締りをして帰る頃には、校舎に生徒の気配はほとんど無くなっていた。日曜日である今日は、学校には部活動をしている生徒しかいない。ましてやもう夕暮れの時刻で、バレー部員すら岩泉さんと私が最後だった。
 今日は午後からは自主練で、岩泉さんは最後の最後まで残っていた。私も簡単なトス上げなんかを手伝わせてもらって、途中までは及川さんも居たんだけど、先に帰っていった。その際に私達を見てニヤニヤしていたから、もしかしたら気を使ってくれたのかもしれない。
…私が岩泉さんに、片想いをしているから。

 家の方まで送る、と言ってくれた岩泉さんの申し出を、私は恐縮して丁重にお断りしたのだけど、「もう暗いのに、危ねぇだろ」と言って岩泉さんも譲らないものだから、結局私が折れた。
練習後で疲れているだろうに、エースに送ってもらうだなんて…、マネージャーとしては申し訳ないけど、でも恋する乙女としては嬉しい。
 岩泉さんがこうして送ってくれるのは、後輩としてだろうか。それとも、ほんのすこしでも女の子として、みてくれているのだろうか。
ききたい。でも、まだきけない。岩泉さんの部活の邪魔になんて、絶対になりたくないから。

「…岩泉さん、本当に良いんですか。送ってもらうだなんて…疲れてるんじゃ」
「んなヤワじゃねーよ。まぁ腹は減ったけど。…あ、」

隣を歩く岩泉さんは、なにか思いついたようだった。どうしたのかと、私は彼の顔を見つめる。背が高いから、見上げる形になる。

「なぁ、飯食ってかねぇ?」
「えっ!?それは、ふたりで、ってことでしょうか…!?」
「他に誰が居んだよ?心配すんな、後輩に奢らせたりしねぇから。練習付き合ってもらったし、今日は俺が出してやる。食いたいもん言えよ」

そ、そんな…!自主練のお手伝いさせてもらったりとか、一緒に帰らせてもらってるだけでも幸せすぎるのに、二人でゴハンなんて…心臓がもたない気がする…。
お言葉に甘えてゴハンに行くのと、お断りするのと、どちらが失礼じゃないだろうか。ぐるぐる考えている私を見たを岩泉さんは可笑しそうに笑ってから、「ホラ、言えよ」と急かす。私は迷いながら脳裏に、ああそういえばこの道を曲がったら最近オープンしたカフェがあるんだった…なんて過ぎる。

「ん?向こうの道になんかあんのか?」
「えっ!岩泉先輩、エスパーですか?」
「いやお前、分かりやすすぎ。んじゃそこにすっか。行くぞ、もう腹ペコなんだわ」

そう言って道を曲がっていく岩泉さんを追いかける。ああ、いいのかなぁ。それにカフェとかじゃなくて、岩泉さんにとってはいつも部員の皆が行ってるラーメン屋さんだとかハンバーガー屋さんとかの方が良い気がする、絶対。
 道の向こうにカフェの看板が見えて、あれか?と聞く先輩に私は頷く。

「でも岩泉さん、本当に良いんですか?しかも、私の行きたい所に合わせてもらっちゃって…」
「俺は食えりゃ何でもいいさ。それに、お前いつも頑張ってるしな。んで、ありゃ何の店なんだ?」
照れもなくきっぱりと後輩を褒めてくれる岩泉さんに、胸がぎゅっと苦しくなる。かっこよすぎる。そういう所もすきです、なんてうっかり口走りそうになりながら、岩泉さんの質問に答える。
「私も行った事無いんですけど、パスタとかサンドイッチがあるみたいですよ。友だちから聞いたんですけど、いちごがたくさん乗ってるパンケーキがあるらしくて、私はそれを食べるのが夢で…」
「フーン?」

良いのだろうかと迷っていたはずが、私はあのパンケーキの写真を思い出すとわくわくしてきて、軽い足取りでお店を目指す。そんな私を横目でみて、岩泉さんはまた小さく笑った。…だけど、お店の前に着いて、その表情はみるみるうちに青ざめた。
お店の外観はピンクを基調としたガーリーな雰囲気で、窓から見える店内も若い女の子で溢れている。男の人…しかも岩泉さんのような体育会系の男子高校生には、かなりハードルが高い雰囲気だろう。
さらに、問題は扉の横に貼られたポスターだった。そこには私が先程「食べてみたい」と言ったパンケーキの写真が大きくプリントされているが、『カップル限定』と書かれている。そんな制限を勿論知る由もなかった私は慌てて、岩泉さんを見上げる。彼もそのポスターを丁度見たようで、「カップル限定…」と低い声で呟いた。

「い、岩泉さん!ごめんなさい、私、限定だとかって知らなくて…あの、お店変えましょう!ここじゃなくても大丈夫ですから!」
「あー…悪い。さすがにコレはちょっと…」

岩泉さんの言葉が私との関係の拒絶に思えて少し胸が痛んだ。私は何を傷ついているんだ、当たり前のことなのに。岩泉さんにとって私は、ただの後輩のひとりなんだ。

「…すまねぇ。ドコでも良いっつったのに…」
「いえ!私も、ちゃんと調べもせずに提案してごめんなさい」
「んじゃ、他の店探そーぜ。…悪いな。お前、コレ食いたかったんだろ?」
「うーん、大丈夫ですよ。こんど国見くんにでも付き合ってもらいますよ」
「は?お前らって…」
「あ、いえいえ、ただの友だちですけど。国見くん、甘いもの好きだし、カップルの”フリ”して一緒に行きます」
あ、でも面倒くさがられるかも?それなら、金田一くんとかにお願いすれば良いかな。同じ部の友人たちの名前を挙げてそう話せば、なぜだか岩泉さんの表情が険しくなる。
そして、私の手首を掴んで、先程のカフェへと回れ右してぐんぐんと引き返して行く。

「ど、どうしたんですか、岩泉さん!?」
「…行くぞ、さっきの店!」
「え!?でも、あのパンケーキはカップル限定なので…岩泉さんにそんな真似させるのは…」
「今日行かなきゃ他のヤツと行くんだろ。ソーゾーしたら…なんか…面白くねぇ。”フリ”くらい、俺にだって出来るっての!」

どうしたというのだろう。岩泉さんは強い力で私の手を引いて進んでいく。そして彼は、苛立ちの混じった声で言う。

「駄目なのかよ、俺じゃ」

岩泉さんが今どんな顔をしているのか、うしろを歩く私からは見ることができなかった。どういう意味で言ったのか考えると、胸が詰まった。どちらの熱とも分からない、握られている手首が熱かった。






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