影山 飛雄
- ナノ -


VSバレー部







昼休みになり、俺は校舎の中庭の先にあるベンチにひとりで腰を降ろしていた。
昨日の雨が嘘のように晴れ渡った青空は、四季がまもなく二つ目に移り変わろうとしている事を感じさせた。
当たり前のように今日もこのベンチへ来たが、あいつは来るのだろうか?

昨日の放課後、俺たちは互いの気持ちを確認し合う事ができた。
昼休みにあいつの後輩がこの場所へ来て、"とにかく理由は聞かずに、放課後に生徒会室の前へ来てほしい"、"そして私が良いと言うまで、その場に居てください、もしドアが開いたとしても入ってはダメです"と懇願された時は、何事かと思ったが。理由は言わないが、名前の為だと聞いては行かないわけにはいかなかった。
しかし、まさかあんな事になるとは・・・。

俺はてっきり、名前に嫌われたものとばかり思っていた。
この場所で過ごす内にどんどん彼女に惹かれていたのは、やはり自分だけだったのだと、あいつが約束の終わりを告げた時は思っていた。
・・・本当の気持ちが、聞けて良かった。あの後輩に感謝しなくてはだな。

程なくして、中庭の方から名前の姿が見えた。昨日も会ったばかりなのに、俺は今すぐに抱きしめたい程あいつに会いたかった。・・・これが、噂に聞く恋とやらなのか。


「・・・来ると思わなかったぞ」
「おかしな人、待ってたくせに。・・・なぜ、来ないかと思ったの?」
「お前との約束は、終わっただろう」

弁当包みを二つ持って俺の隣に腰を降ろした名前が、ごく自然にその一つを差し出した。そして俺も、それを当然のように受け取る。当たり前のような流れだが、昨日の昼休みの時点では名前ともう話せないのだろうと思っていた事を考えれば、この瞬間は本当に幸福な事だ。
名前は、俺の回答が気に入らなかったのか不機嫌そうに顔をしかめた。

「・・・いじわるね。・・・苦手克服の契約よりも、私たちはもっと素敵な約束を新たに結んだのだと、私は思っていたのだけど」
「・・・どういう意味だ。はっきり言え」

教養からなのか、こいつは時々妙に遠回しな物言いをする。
思った事をそのままに表す自分にとってそれは、核心が一体何なのかわからない事が度々あった。

俺は、弁当の玉子焼きをひとつ口に放り込みながら訪ねてみた。・・・今日も、名前の弁当は美味いな。

「・・・つ、つまり、私もあなたも、お互いに・・・その・・・」

名前は顔を真っ赤にしながら、もごもごと歯切れ悪く呟いた。
言いたい事はさっぱりだが、照れている顔はすごく愛らしい。
俺は考えるよりも先に、左手で持っていた箸を置いて、そしてそのまま名前の頬に触れた。
名前はビックリした様子で俺を見た。

「な、な、何よ、突然」
「・・・顔が紅いぞ」
「そっ、それはあなたが急に触れるからでしょう?!」
「いいや、その前から紅かった。・・・笑った顔も好きだが、この表情もまた良いな。それにしても・・・お前の皮膚は、何故こんなに柔らかいんだ」

ゆっくりと頬を撫でると、名前はついに何も言えなくなってしまった。顔も、益々紅い。・・・まずい、やりすぎてしまっただろうか。こいつの男性恐怖症は、まだ完全に克服したわけでは無かったのに・・・。気が付いた俺は、慌てて手を離した。

「す、すまん・・・つい。嫌だったか。気分が悪くなったか」
「・・・そうじゃないから、困っているのよ」

相変わらず俺は名前の言っている事の意味がわからなかったが、まぁ、嫌で無いのなら良かった。
俯いて弁当を食べ始めた彼女を見て、具合も悪くなさそうでホッとした。

名前の話が途中で中断してしまったが、どうやら俺達はこれからもこの場所で会う事ができるらしい。

「しかし、お前の男性恐怖症の克服を、達成させてやれなかったのに・・・あの練習場を、本当にもらっても良いのか?」
「ええ・・・むしろお願いしたいくらいよ。使われていなかったのは私も知っていたけど、まさか不良の溜まり場になっていたなんて」
「うむ・・・しかし、お前もなんとか克服できたら良いのだがな」
「あら、良いの?私が、あなた以外の男子と話すようになっても?」

名前がからかうように聞くので、俺は頭の中でそんな光景を想像してみた。
なんだか愉快ではなかったから、「確かに、面白くは無いな」と答えると、名前はなぜだか恥ずかしそうに咳払いをした。・・・何なんだ、お前から言って来たのだろう。



「・・・お前が接して来た男の、相手が悪かったんじゃないのか。・・・うちの部員と話してみるか」
「・・・と言うと、男子バレー部?嫌よ、あんなむさ苦しい連中となんて」
「俺も、男子バレー部だが?」
「知ってるわ。だから何?」
「お前は、俺の事は好きなんだろう。なのに何故他の部員は駄目なんだ?」
「なっ・・・どうしてあなたってそう、何でもハッキリと言うの・・・?!」
「何だ、違うのか?昨日お前は確かに、俺の事が」
「も、もうっ、よして頂戴!・・・あなたは、特別なのよ。・・・でも、そうね・・・そこまで若利さんが言うのなら、話してみても良いわ。・・・ただし、その時はあなたがちゃんと、私の隣にいてくれるのよね・・・?」


そう言って、名前は俺にすがるような眼差しで見つめた。
身長差のせいで、少し上目遣いで見上げられると、俺は心臓が物理的に何かに抑えられたかのように息苦しくなった。・・・可愛いすぎる。
衝動的に抱き締めてやりたくなったが、互いの膝の上に弁当があったので、それはグッと堪えた。

チームメイトに会わせるのは良いが・・・どうしたものだろう。名前を前にしたら、あいつらも彼女を好きになってしまうのではないか。

不安が一瞬過ぎったが、そんな女々しい理由で彼女の目標を妨げるわけにはいかない。
俺は名前の手をギュっと握って、決意を新たにするのだった。











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