影山 飛雄
- ナノ -


虹のふもとに 3






その日の放課後、私はいつものように生徒会にいた。山積みだった仕事は、昨日の皆の頑張りで思いの外片付いてしまっていた。
私はぼうっと自分の席に座っていた。片付いたとはいえやるべき仕事はまだあるのに、昼休みに見た牛島と後輩の姿が、頭から離れない。
ふ、と視界に自分の指先が入って来た。少し前までは、慣れない料理の為に傷だらけになっていた手も、今ではすっかり傷を作らずにこなせるようになった。牛島に気を使わせたく無かった私はあの頃、指先を見せまいと必死に隠していたっけ。恐らく牛島は、その事に気が付いていないでしょうね。

・・・本当に、隠し事ばかりだ。

やっと、自分の気持ちに気が付けたのに・・・こうして何もかも伝えないまま、終わってしまうのだろうか。




「会長っ、昨日はありがとうございましたっ!」


声がして顔をあげると、そこには昨日助けた後輩が可愛らしい笑顔で立っていた。お昼休みにも見たそのツインテールが、ふんわりと揺れた。

「いえ、良いのよ。あなたも大変だったでしょうけど、勇気を出して偉かったわね」
「でも会長、本当に良かったんですか?あの後、男達に絡まれている所をウシワカ様が助けてくれたのでしょう?彼らの事、先生に言いつけた方が良いんじゃ・・・」
「まぁ、彼らの今後の素行次第ね。今回はプリントも書いていた事だし、良しとするわ」
「はぁ・・・。寛大ですねぇ。あっ、そうだ会長!さっき先生から、これを会長にお渡しするようにって」

そう言って彼女は、パンフレットのような冊子を差し出した。受け取るとそこには、表紙に『白鳥沢学園高校』と書かれ、そして校舎を背景に微笑む私と牛島の写真が大きくプリントされていた。

「会長達が前に撮影されていた、学園紹介のパンフレットですって。これは仮の印刷だそうです。出来上がるのが早いな〜って思ったけど、もうすぐ学校見学会ですもんねぇ」


私は思わず、写真の中の二人にやさしく触れてみる。
・・・この日、彼に初めて会ったんだっけ・・・。撮影が私は、嫌で嫌でたまらなかった。
けれどそのパンフレットには、そんな事は夢にも感じさせないような表情で微笑む自分の姿がいた。・・・私って本当に、隠し事ばかりね。

そんな私の隣で牛島は堂々とした姿勢で、目尻をキリリと引き上げていた。
そういえばバレー雑誌にも載ったと前に話していたから、こういった撮影には慣れていたのかもしれない。
まだ私との契約を結ぶ前の、写真の中の牛島に心でそっと問いかけてみる。−−−あなたは私と出会った事・・・、後悔してる?


なんだか懐かしさすら感じるその写真をじっと見つめる私に、後輩は何故かすこし緊張した様子で口を開いた。




「・・・あの・・・素敵ですよね、ウシワカ様」

・・・そうか、この子はただのファンではなく、牛島の事が好きなのね。今日も随分嬉しそうに彼と話していたように見えたし、それに以前も"最近食堂でウシワカ様を見かけない"なんて残念そうに話していたものね・・・。


「・・・会長、私・・・ウシワカ様の事が好きで、その、告白しようと思ってます。・・・良いでしょうか?」
「・・・そんな事を、私に聞くのは変ね。本人に言ったらどうなの」


正直、酷く動揺していた。

けれど私に、彼女の気持ちを止める権利など無い。
私の言葉を聞いた彼女は、じゃあ言って来ます、と言って扉の方へと歩いて行き、ドアに手をかけた。
流石にそれはおかしいんじゃないの、生徒会の仕事の途中で・・・けれど他の役員も止めたりはせず、どうしてだか何も言わずにいる。何故なの、私が間違っているの?恋をすると、気持ちを告げずにはいられなくなるのが当たり前だというのだろうか。

待ちなさい、と声を挙げようとした時、扉を少しだけ開けた彼女が振り返って言った。


「会長は、ウシワカ様の事が好きですか?」


答えはイエスだった。・・・でもそんな事を今、言う理由などなかった。何故、こんな場所で・・・役員の皆んなの前で、言わなくてはならないのか。


「・・・知っているでしょ。私は大の男嫌いなのよ」
「そうですか。実は私も、別にウシワカ様の事は好きじゃないんです」
「えっ・・・それは、どういう事なの?」
「まぁ、カッコいいなぁとは思いますよ?でも別に、本気で恋してる訳じゃないんです。でもウシワカ様って多分、プロの選手になるじゃないですか。これから先、普通に暮らしててそんな人と出会う事なんて絶対に無いですよ!そんな人と付き合ってただなんて将来自慢できるし、それにもしかしたらそのまま結婚・・・なんて事になったら、玉の輿じゃないですか」

嬉しそうに話す後輩の姿に、私は苛立ちを隠しきれなくて思わず立ち上がった。

「・・・本気でそんな事を言っているのだとしたら、私はあなたに失望するわ」
「も〜、会長ったらお堅いんですから。学園の女子は、皆んなそんな風に思っていますよ。ねぇ?」

彼女が他の役員にそう投げかけると、周囲からも「だよねー」「ステータスになるよね」なんて信じられない声が次々に挙がった。私はドアが開きかけな事も忘れて、思わず感情的に叫んだ。


「あの人の事を、そんな風に言うのはやめて頂戴!そんなくだらない理由で告白をするのだとしたら、あまりに彼に失礼だわ。あんなに誠実で、真っ直ぐで、優しい人は他にいないわ、何故わからないの?!・・・皆がそんな風に思っていると言ったわね。一緒にしないで頂戴、私は違うわ。私はたとえ彼がバレー部でなくたって、有名人でなくたって・・・彼の事が、好きだわ」

私の言葉を聞いた彼女は、なぜだか嬉しそうに微笑んでみせた。
何を笑っているのよ、ともう一度叫びそうなったとき、彼女はそっと扉を開いた。そしてその向こうに、牛島若利・・・彼の姿があった。










もくじへ