影山 飛雄
- ナノ -


虹のふもとに 2







牛島が居るわけはない。
もしかしたら私はそれを自分の目で見て、そしてきちんと諦めを着けたかったのかもしれない。
でも、もしかしたら・・・−−−そんな希望も、心のどこかで捨てきれずにいた。

水溜りを避けながら走り、私は最後の曲がり角に差し掛かる。ここを曲がってしばらく進むと、二人で過ごしたベンチがある。
ベンチまではまだ距離があるけど、彼がいるのかどうかは曲がった瞬間に見えてくるばず。

角を曲がった私の目に飛び込んで来たのは、−−−それはそれは大きな、虹だった。
この空は本当に先程までの真っ暗な空と同じ世界なのかと信じられない程蒼く、そしてそこに大きな橋のように彩り豊かに天翔ける虹が私を待ち受けていた。
そして・・・まるで虹のふもとのように見える位置にベンチがあり、そこに彼の姿があった。遠くて顔まではっきりと見えなくても、私はその人を間違えようが無かった。

−−−何故、あなたが居るの?
約束はもう、終わったのよ・・・?
それに私は昨日、あなたにあんな酷い事を言って別れたというのに。あれ程良くしてくれた、あなたに・・・。

姿を見ただけで、涙が溢れそうになった。
失い掛けて私は、初めて気付いたのだ・・・彼の事が、好きなのだと。
彼と過ごして楽しかったのは、男に慣れたせいでは無かったのだ。約束を終えるのを先延ばしにしてしまったのも、抱きしめられた時の胸の苦しみも、−−−全ては私にとって彼が特別な存在だったからなのだ。

これまで私は何事においても周りの女子のようにはしゃいだり、ときめいたり、そんなのは恥ずかしいと思っていた。一人きりで強がってばかりいた。
でもそれは、目を向けていなかっただけなのだ。
少し顔を上げるだけで、そこには美しい虹や、恋する事の喜びがあった。まるで、昨日までとは違う世界にさえ思える程の。

・・・もっと早く、あなたに会えていたら良かったのかもしれない。
それとも・・・今からでも、間に合うかしら?
この気持ちをあなたに伝えたら、あなたはどんな顔をするかしら?−−−あなたの隣で見る虹は、どんなに素晴らしい事だろうか・・・。


私は再び駆け出そうとして、そして次の瞬間に凍り付いたように足を止めた。
私の位置からははじめ、牛島の姿しか見えていなかったけれど・・・彼の隣に、誰かが居る事に気が付いた。
あちらに気付かれないように少しだけ距離を詰めると、彼の向こう側にぴょこんと揺れるツインテールが見えた。・・・昨日助けた、生徒会の後輩だった。

私は何だか見てはいけないものを見てしまったような気になって、すぐにその場を後にした。



−−−随分と楽しそうに、話していた。
そうだわ、彼女は牛島のファンだし・・・それに、私にとっての特別は彼だけだけれど、彼にとっては他に話をできる女の子なんて、いくらでもいるのだ。


校舎への帰り道を、逃げるように戻っている内にぐっしょりと靴下が濡れている事に気が付いた。
先程までは美しく輝いていた水溜りも、ひとたび自分に触れるとそれはただの泥水なのだと、私は今にも潰れそうな心の淵で思ったのだった。











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