影山 飛雄
- ナノ -


恋人 3




名前さんとは、裏門へ向かう途中で偶然会ったので俺たちはそのまま歩き始めた。
俺の首元に巻かれた紺色のそれを見て、名前さんが「着けてくれたの?」と言って嬉しそうに微笑んだ。
名前さんが俺だけに向けてくれる笑顔はやっぱり格別で。それだけに、胸が苦しくなる。

この笑顔は今、俺だけのもので。俺は名前さんにとって、たった一人の彼氏で・・・つまり名前さんを、コイビトとして喜ばせてあげられるのは俺しか居ない。
なのに、他の彼氏彼女が当たり前にしている事を俺は、してあげられていない・・・。




「名前さん、このマフラー・・・クリスマスのプレゼントだったんスか?」

そう聞けば、名前さんは視線を泳がせた。それは、俺の言った事が正解だという証拠だった。

「すみませんでした、俺・・・クリスマスとか、プレゼントとか、そういうの全然考えてなくて・・・、気付かなくて」
「やだ、謝らないで、影山くん。私が勝手にした事だから」
「しかもこれ、名前さんの手作りですよね?」
視線が泳ぐ。
どうやらこれも、正解らしい。

「名前さん・・・何か欲しいモノとか無いですか。今からでも、俺も名前さんにクリスマスプレゼントしたいって思って」
「本当に、いいのよ影山くん。私、そんなつもりであげたんじゃないから」
「良くないっス!俺が彼氏なせいで名前さんが、クリスマスもプレゼントも無しなんて、そんな思いさせたく無いです。名前さんの事、俺が一番幸せにしたくて・・・それで告白したのに、我慢させんのとか嫌です。何でも欲しいモノ言ってください。俺、何だって・・・」
「−−−、いらないってばっ」

俺の言葉を遮るように、名前さんが声を荒げた。
この人がこんなふうに、感情的になるなんて。俺は驚いて、思わず言葉を飲み込む。

「いらない。本当に何も、いらないから・・・」
「名前さん・・・?」
「私が我慢してるなんて、そんな事言わないで・・・。こうして付き合ってる事がもう、夢みたいっていうか、毎日嬉しくて。影山くんに、喜んでほしかっただけなの・・・。ユースの合宿もあったし、春高だって間近でしょう。気を遣わせたく、なかったのにな・・・」

名前さんが吐いた溜め息が、真っ白な羽根のように冬の空気に揺れた。


あの日、名前さんに気持ちが届いて−−−名前さんの、彼氏にしてもらえて。
名前さんの隣に居させてもらう理由を、いちいち探さなくて良くなった。
"彼氏だから"、もうそれだけの理由でこれからは、いつだって一緒に帰って良い。手だって繋いで良いし、好きだって言ったって良い。・・・キスだって、して良い。

これからは理由なんか探さなくたって、名前さんを大切にする事を許されてる。

それが、どんなに幸せな世界か。




「・・・俺にできる事、言ってくれませんか」




俺がもう一度そう言うと、名前さんは困ったように眉を下げた。

「影山くん・・・私は、本当に・・・」
「してもらったから、しなきゃって思ってるとかじゃなくて・・・。べつに気なんかつかってません。俺、名前さんの事が好きなんです。だから・・・俺も、喜んで欲しいだけで」

粘って、思いのままそう言ってみたけど名前さんの困った顔は変わらなくて・・・余計に悩ませてしまってるだろうか、と思ったその時。名前さんはため息と一緒に、小さな笑い声を漏らした。


「もー・・・ずるいなぁ、影山くんは。そんなふうに言われたんじゃ、私は敵わないよ。・・・じゃあ、ひとつだけワガママ言ってもいいかな?」
「えっ・・・ハ、ハイ!言ってください!」
「じゃあ・・・もし、迷惑じゃなかったらなんだけど。・・・うーん、でも本当に良いのかなぁ」
「何ですか!俺、名前さんの為なら何でもします!」


俺は今までずっと、名前さんに望んでばかりでここまで来た。
『俺だけを見てほしい』
『もっと頼ってほしい』
『ただの後輩じゃなくて、』−−−ずっとずっと、あなたのトクベツになりたかった。

だけど今、名前さんが俺に何かを求めてくれる。
俺のした事で、彼女を喜ばせる事ができる?そう思ったら嬉しくてたまらなくて、躊躇う彼女の次の言葉を早く早くと急かした。


「ふふっ。影山くんったら・・・今からお願いするのは私の方なのに、どうしてそんなに嬉しそうなの?」
「だって名前さんの為に何かできるなんて、そんなの嬉しいに決まってるじゃないっスか!」
「影山くんの後ろに、大っきいしっぽがブンブン振れて見える」

しっぽ?何の事だ?
言われて素直に振り返った俺を見て、名前さんが声を上げて笑った。意味はわかんねぇけど・・・まぁ、名前さんが楽しそうだからいいか。


「私の為に何かできるのが嬉しい、なんて・・・そんなふうに言ってくれて、ありがと。私もね、影山くんの為にマフラー編んでる時すごく幸せだった。初めて編んだのよ。結構苦戦しちゃったけど・・・でも嬉しかった。それで思ったの。影山くんの為って編み始めたはずが、結局また私の方が幸せをもらってる、って」

−−−俺も同じだ、って思った。
何かしたかったのは名前さんの為なハズが、俺の方が嬉しくなっちまってる。

「じゃあ・・・俺らは二人でいたら、無敵っスね。お互いの為に何かすんのが、こんなに嬉しいなら」

そう言うと、名前さんは目を細めてすごく幸せそうに笑った。
ギュウと、胸が苦しくなる。
ああ好きだな、と思う。
思わず自分の胸元に手をやると、名前さんのくれたマフラーが指先に触れる。俺の為に何かしたいという彼女。彼女のために何かしたい、俺。そして互いにその瞬間、幸せを感じてる。...これが、付き合うって事...両思いってコトなんだ。


「・・・マフラー、俺すげー大事にします。名前さんが俺にくれた物ってだけで嬉しかったけど・・・作ってもらった物ってわかったら、なんつーか、もっと大切に思えるっていうか」

このマフラー以上の事を俺が返せるかはわからないけど、彼女の為なら何だって叶えたいと心から想った。

「それで名前さん。お願いって何ですか」

「迷惑だったら、ほんとに断ってね?じゃあお言葉に甘えて、ひとつだけ言うね」



名前さんが遠慮がちに言ったその『お願い』は−−−俺にとっても思いがけない、クリスマスプレゼントになった−−−。








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