影山 飛雄
- ナノ -


お姫さまを取り返せ




今日は朝から追試、終わってから田中先輩のお姉さんに東京に連れて来てもらって、んで着いたらスグ練習が始まって…1日、目まぐるしかった。

消灯時間も近づき、部屋に向かって廊下を歩く。
隣にいる日向も、すっかりスタミナ切れのようだ。


「オイ日向。歩きながら寝んなよ」
「うおー…だって、ねみー…」


かく言う俺もフラフラだ。
いつもは顔を合わせりゃ口喧嘩になる俺らだけど、今日ばかりは言葉少なに、のたのたと歩く事がやっとだった。

今にも思考が停止してしまいそうな脳裏にぼんやりと、今日の、名前さんの言葉が浮かぶ。



『そんなのって、ひどいと思う。影山くんの馬鹿』



−−−今日、あれから幾度となく蘇ったセリフはその度に、脳天を鈍器か何かで殴られたような苦味が走る。目を背けるように俺は、ぎゅっと瞳を瞑った。

でも、あんなふうに言われるだけの事を…否、優しい彼女に、あんなふうに"言わせてしまう"だけの酷い事をオレはしたんだ。

自分でも、信じられなかった。
あのとき俺は、名前さん に…キス、しただなんて。
−−−思い出すと今度は、顔にカッと熱が集まる。


マジでマジで、なんであんな事したんだ、俺!?


そりゃ、好きで好きで、仕方無かったからってのはある。その気持ちが届か無いのがはがゆかったってのもある。

だけど…だからこそ、して良い行為じゃなかったんだ。

俺は、好きだけど。
でも名前さんは、俺の事を多分"そういうイミ"で好きなわけでは無いって、絶対っていえる。
もしかしたら他に、好きなヤツとか居たかもしれない。
なんにせよ、嫌だっただろう。…怒って、当然だ。
片想いの先輩とキスできてラッキー、なんて軽く喜べる出来事じゃ無い。


だから、忘れてほしいって告げた。
無かった事にしてくれ、と。

だけど、全てはもう遅かったみたいだ。






名前さんの事、また、傷つけてしまった。





「へぇぇ。影山でも、疲れたらそんなふうになるのなー」

隣にいた日向が俺の顔を覗き込んで言うので、ウルセェ、と返すも気に留めない様子で言葉を続けた。

「さっきからすげー百面相!しかめっ面だったり、真っ赤になったり、そうかと思ったら今度はめちゃくちゃ情けねー顔してたぜ」



しまった、顔に出てたのか。

「オマエ、意外と表情豊かだなー」と能天気なアホ面で言う日向の明るさに、正直すこしだけ気持ちがほぐれた。


「...ボゲは悩みなんて無さそうで良いな。」
「アァッ!?どっ、どーせ影山の悩みだって大した事じゃねーだろっ」

「おー、日向と影山ー。えーっ、なんでそんな元気なのさ」

廊下の分岐点で、山口と月島に合流した。
今にも瞼がくっつきそうな山口の隣で、月島は相変わらずの性格悪そうな笑みを浮かべている。


「....呑気なものだねぇ、王様。お宅のお姫様が奪われちゃうって時にさあ」

「はぁ?何言ってんだお前…」

王様…ってのは、クッソ腹立つけど俺の事か。
でも「お姫様」ってのは?奪われちゃうって、何の事だよ。わけわかんねえ。

横を歩く月島を睨みつけると、月島は「おー、コワ」つってヘラヘラしてやがる。

まぁいいか。
こいつがわけわかんねぇ嫌味言ってくんのも、いつもの事だしな。



廊下が突き当たりに差し掛かる。たしかここを曲がったら、俺らの部屋だ。
ああ、やっと布団に入れるな、なんて思った瞬間、人にぶつかりそうになる。

一瞬、赤いジャージが目に入ったから、ああ音駒の人かな−−−なんて瞬時に思考を巡らせる。





「うおっ、ご、ごめんなさい!ってアレ?音駒のキャプテンと−−−苗字先輩!」

日向の声に俺は、ハッと顔を上げると。
そこには確かに、名前さんがいた。

音駒のジャージを着て。

……え。なんで?



「こ、コンバンワー」

「コンバンワ」



名前さんの事が気になりながらも、俺らは運動部的な挨拶をしてすれ違う。
音駒のキャプテンが「オウ、はやく寝ろよー」と言って名前さんと一緒に俺たちが元歩いて来た方向の曲がり角に消えて行った。

向こう側には、マネの使っている教室がある。
送って行くんだろうか。



「音駒のキャプテンと、苗字先輩?なんでだろ。それに苗字先輩、音駒のジャージ着てた」
「日向。俺とツッキーさっき見たんだけどさ。あの二人、なんか外で話してたみたいだよ」
「ってかどー見ても良い雰囲気でしょ。付き合ってるとかじゃないの」
「え、月島ソレまじ?うわー、なんかショックだ!」
「まぁ、しょうがないよー日向。あのキャプテン、大人っぽいし、イケメンだし。なんてったって三年生だしさー」


俺はすっかり動揺して、日向たちが騒いでいる声も右から左だ。

さっきの名前さんの顔が浮かぶ。

このところ、いつも困ったような表情ばかりだった名前さん。原因はもしかして…いや、多分、俺なんじゃないか。
それが、さっきの顔は何だよ。
黒尾さんの隣で、あんなに嬉しそうっていうか、安心してるみたいな顔してた。
俺とだって目があったのに、あからさまに逸らした。

なんだか、居ても立っても居られなくなって。俺はくるりと踵を返し、二人を追いかける。


「えっ…か、影山ぁ?」

「ーーー先、戻っててくれ!」



「えー…行っちゃったね」
「どーしたんだろ影山。うんこかな?」
「お姫様を取り返しに行ったとか?」
「え…?おひめさまって?」
「しーらない。さ、僕たちは寝よ寝よ」
「あ、待ってよツッキー!」








もくじへ