影山 飛雄
- ナノ -


ただのセンパイ




第一志望だった白鳥沢には、一般入試で落ちた。まず試験問題が意味不明だった。
進学先を考えたとき、チームメイトの多くが行く青城は俺の中の選択肢には無かった。

烏野高校−−−その名前で一番初めに頭に浮かぶ事は、彼女の事だった。
名将が復活するとの噂もある。
もしかしたらちゃんと名前さんに謝れるチャンスかもしれないし。

でもこれははじめ、賭けでしかなかった。


「よーっす、影山ぁ!部活だろ、一緒に・・・ってオマエ、校内でもそんなおっかない顔で廊下歩いてんの!?」
「ウッセ、日向ボゲ。考え事してたんだよ」
「考え事お?どーせバレーの事だろー。あと、腹減ったーとか」
「人の事言えんのかよ、オマエ」

「・・・あっ!影山くん、日向くん!」


日向と口喧嘩をしながら歩いていると、俺らの前に天使が現れた。

−−−そう。俺の烏野進学は賭けでしかなかった。
でも、この人が全部受け止めてくれたから、俺は前に進むこともできた。

だいたいあんなの、どう考えたって俺が悪い。
心配して声をかけてくれた名前さんに、俺がした事といえばただの逆ギレだ。
それなのに名前さんは、自分自身を責めていたようだった。
どんだけ優しいっつーか、人が良いっつーか・・・。

迷惑かけちまった分、ヤな想いさせた分、この人の事たくさん笑顔にしたい。
あれから俺は、そんな風に思って過ごしてる。




「わ、えっと、苗字先輩っ」
「日向くん。影山くんと一緒に部活行くの?ホント、仲が良いよねぇ」

『良くありません!!』


全力で抵抗するも、日向のヤロウがハモってきやがった。
マジでなんなんだよこのボゲは。
せっかく名前さんに会えたのに!コイツが居なけりゃ、二人でいろいろ話せたかもしんねーのにっ。
真っ赤になって名前さんを見つめる日向に俺は、無性に腹が立って仕方ない。


「あはは、やっぱり仲良し。・・・あ、そうだ日向くん。この間の影山くんとの速攻、ほんとすごかったよねっ」
「エッ!いや、そ、それほどでもっっ」
「あんなに跳べる選手、生で見たの初めてだよ。・・・"小さな巨人"って、知ってる?」
「えっ、も、もちろんです」
「日向くん見たら、小さな巨人を思い出してドキドキしちゃった。・・・じゃあ私、職員室寄らなきゃだから行くね。また後で」


そう言って笑顔で手を振る名前さんを見送る。
せっかく会えたのに、俺の腹の中にはもやもやとした黒い雲が広がる。
・・・なんだ。なんなんだ、この気持ちは。


「影山、聞いたかよー!?あの美女が俺の事、小さな巨人って・・・アイタタタ!かっ、影山くん、頭掴むのヤメてください!割れる!」






日向と言い争いをしながら始まったその日の部活だったが、あっという間に終わりの時間となってしまった。
部活が楽しい。めちゃくちゃ楽しい。
日向の技術はまだアレだが、この速攻が本当に完成したらスゲー事になる!
俺も、もっともっと、うまくなりてえ。

そしてここには・・・名前さんがいる。

部活中は集中している俺だけど、練習が終わって片付けをしている彼女を自然と目で追ってしまった。
・・・同じチームに居るんだよな、ホントに。

また同じ目標に向かって行ける。
それがすごく嬉しい。


「・・・。もしかして王様って、マネージャーの事が好きなわけ?」

クールダウンで、全員でストレッチをしている時。月島が突然そんな事を言い出すから、俺はむせ返るように咳き込んでしまった。

「ぷぷ。アカラサマな動揺?」
「なっ・・・んなっ、月島、ンなわけねぇだろっ」
「あのサァ、ずっと目で追ってるじゃん、誰だってわかるし。もしかして無意識?」
「な、ななななんなわけあるかよ、見てねーよ!?アレだよアレ、名前さんはその、中学の時から一緒だから・・・あーーーー、その・・・」

なんとか言い訳を探す俺を、月島が「わかりやすすぎ」と言ってニヤけてきやがった。
周りでストレッチしてた他の部員も、なんだなんだと面白がりはじめて・・・
クソ、名前さんに気付かれたらどーしてくれんだよ!


「えー?僕、苗字先輩の事だなんて、ひっとことも言ってないけど?」
「くっ・・・クソ、はめやがったな」
「フーン。コート上の王様が、苗字先輩をね。女王様かぁ、それか王様の召使いにでもつもり?」
「・・・なんだと、テメェ」

「なんだ影山、名前の事好きなわけー!?」

月島に掴みかかりそうになった瞬間、田中先輩達がすごいテンションで飛びついてきた。

「一年のクセに名前に目を付けるとか、生意気だな〜このこのッ」

田中先輩に羽交い締めにされながら俺は、違いますと必死に抵抗をする。


「まぁーでも、名前は手ごわいからな〜。」


田中先輩の言葉に、他の先輩達がウンウンとうなづく。
皆、「だよなあ」と苦笑いだ。

「だな、かなり手ごわい。潔子さんとはまた違う意味で」

・・・どういう意味だ?
聞こうかどうしようか考えていると、田中先輩が「あー!!」と叫んだ。

「もしかして・・・前に名前が潔子さんに言ってた、"特別な後輩"って影山の事じゃ・・・!?」
「え、俺らが盗み聞きしたヤツ?」

何の事かはわからなかったけど、その瞬間先輩たちの目線が一斉に俺に集まった。

「・・・聞いた時も思ったけどさ。"特別"って・・・どういう意味のだろうな・・・」
「影山見るまでは、もしや名前の好きなヤツ!?って思ったけど・・・」

先輩のその発言に、誰かが「いや、ナイナイ」と言って首を横に振る。
・・・特別な後輩?なんだ、なんの事だ。
たしかに名前さんも、俺の事をそうだと言ってくれてたけど・・・。


「・・・恋愛的な意味、ではナイよなー。選手として、なら分かるけど」
「だな。影山って見た目は良いけど、脳みそバレーの事しか無いからな」
「バレーうまいけど馬鹿だし。まさか名前が影山の事、そんなふうに好きなわけ」
「ーーーなに、呼んだ?」

褒められたような、けなされたような・・・??
よくわからないけど口々に言われ、俺が脳内にハテナマークをいっぱいに浮かべている時。
片付けをしていたはずの名前さんが、ひょっこりと顔を出した。

すると田中先輩が、ニヤニヤして俺らの事を見て聞いた。



「名前にとって、影山って特別なの?」









もくじへ