小ネタ(土妙)
2013/08/17 23:57

「近藤さんはいるか?」
ふらりと居間の縁側に現れた男は、少しも悪びれる様子を見せず妙の前に姿を現した。
妙は洗濯物を畳んでいた手を止めて、その男に鋭い視線を送る。
が、どこ吹く風と言わんばかりに男は縁側に腰をおろした。
お構いなしに煙草をくわえる。
「真選組って暇なんですか?あなたがゴリラ探し以外をしているところ、見たことないんですが」
「そうか、見せたいとも思わんから別にいいが」
「……」
嫌味さえ気にも留めない態度もいつものことだった。
ため息が漏れる。
定期的に顔を見せる真選組の面々に、正直妙は疲弊していた。
この男も例外ではない。
「お茶はもう出しませんよ」
「別にいい」
そのしれっとした態度が癇に障る。
「不法侵入で訴えてやりますから」
「好きにしろ」
わかっていた事だったが、いつものことながら何を言ってもこの男は動じなかった。
それが鬼の副長と言われる所以なのかは知らないが。
「それとも、もしかしてゴリラ探しは私に会いたい口実ですか」
「……」
土方は無言で返した。
それもそうかと妙は二度目のため息をつく。
こんな安い挑発に乗る訳がない。
そうとわかっていても、負けず嫌いのこの性格が、自らを大人しくさせてくれなかった。
煙草を吹かす土方は、言葉のやり取りに飽いてしまったのか、黙って背中を向けたままだった。
途端にこの無意味とも言っていい攻防がとても馬鹿らしく感じる。
そこに座って、ただ黙っているだけなら毒にも薬にもならない。
いてもいなくても同じだ。
妙は微かに感じる煙草の匂いに苛立たしさを感じながらも、相手にするだけ無駄だと悟り、再び手を動かした。
いや、動かそうとしたが、聞こえるか聞こえないかの土方の声に、それは中断した。
「…だったら、どうする」
「………は?」
うまく聞き取れなかった言葉に思わず声を上げると、土方はまた大儀そうに声を発した。
「口実だったらどうする」
背中ごしに問われ、なんの事かと一瞬わからなかったが、すぐに先ほどの挑発のことかと思い至る。
まさか、こんな形で応戦してくるなんて。
妙の不快感が一気に増した。
「別にどうもしません」
「だったらいいじゃねぇか」
「…土方さん、私をからかって楽しいですか?」
「そんなつもりはない」
いよいよ本気で腹立たしくなる。
「それなら、そんなこと言わないでください。はっきり言って不愉快です」
語気を強めて言うと、土方はくるりとこちらを向いた。
「事実だからな」
思いのほか力のある視線に、妙は無意識に怯む。
またすぐ背中を向けてしまった男の背を見ながら、妙の心はわずかに動揺した。
ここまでくると質が悪い。
正直、真の言葉とは思えないが、しかし、この男がこんなにくだらない事を言うとも思えない。
だから訳がわからなくなる。
その心中がまったく読めない。
妙は震えそうになる声を何とか抑えつけた。
「…意味がわからないわ」
「それならそれでいい」
「いい訳ないでしょ。貴方、私に会いに来てるって、そう言っているも同じなんですよ」
「そうか」
応える土方の声ははっきりとしていた。
まるで、心を乱している自分の方がおかしいとでも言うように。
怒りと動揺に、声だけじゃなく身体も震えだす。
「…どうして否定しないの」
「否定する理由がない」
「……何言って」
「それとも、否定しないと何か困るのか」
「……っ」
じわじわと追いつめられるような心持ちがする。
どうしてこんな事になってしまったのか。
あんな事言わなければよかったと、今さらながらに後悔する。
今すぐ消えてなくなりたい。
今日ほど頭が真っ白になった事はなかった。
悪態の一つも出てこない。
「…だって」
「………」
「困るのは、貴方の方でしょう」
自分でも驚くくらいの情けない声だった。
何を思ったのか、男はふっと小さく笑う。
「じゃあな、また来る」
不意に立ち上がった男は、苦い香りだけを残してあっという間に視界から消えていなくなった。
妙はしんと静まった部屋で、男の言葉を反芻した。
―また、来る。
その言葉に込められた意味を考えるとどうしても落ち着かない。
最後まで否定しなかったのは、どうしてだろう。
思考はそこで立ち止まる。
後日、男は本当にやって来た。
その男の雰囲気が、いつもよりほんの少しだけ優しいものになっているような、そんな気がした。

▼追記
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