第二章 此処に在る意味

今朝早く、柳宿が荷物をたくさん抱えてやって来た。行き来できない距離でないのに何故そんなに必要なのかと尋ねた翼宿を睨んで、一晩中実兄を怒鳴り散らしていたことを明かす。

「あたしが戻ってからというもの、甘え癖がついて誰が責任者か分かったもんじゃない!ちょっと泊まるだけのつもりだったけど、お陰ですっかり気が変わったわ。しばらく家出してやるわよ」

「ええ?それ、大丈夫なんかいな」

「あんたこそ山ほっぽらかしてんじゃないのよ」

「近頃は平和なもんやからなあ。しばらく閉じ籠り気味やったし少しくらい羽伸ばしって、珍しく功児が優しいこと言うねん」

「へえ……」

目を細めた柳宿に、雪が空気を変えようと恐る恐る声をかけた。

「柳宿!昨日私、鳳綺さんに会ったんだけどっ」

「あ?ああ、あんたは初めて?綺麗な子でしょう」

あたしに似て。と続ける事はないが、まっすぐな目がそう言っている。自分で言った台詞ですっかり機嫌が持ち直してしまうのは、見ていて面白かった。

「康琳って、柳宿のこと?そんな名前じゃなかったような、と思ったんだけど……」

「正確には死んだ妹の名前だけど、後宮ではその名で通ってたのよ」

成程、と雪は頷く。彼の生い立ちや家族についてはよく知らないのだが、何か少し複雑な事情があったことは察せるのだ。

「でも柳宿とそっくりの奥さんもらうなんて……星宿って実は」

「それは違うと思うのだ」

今まで黙って隣で微笑んでいた井宿が、静かにその先を制した。

「せや。もちろん鳳綺様を愛しておられるけど、あのお方は自分が一番好きや」

「翼宿も余計な事を言わないのだ」

ようやく気が抜けたのか苦笑しながら柳宿が自室にしていた部屋へ去っていき、その背を見送りながら雪は思った。

さっきも述べたように、彼が女装していた理由を雪は知らない。だが同性……例えば星宿を好きで後宮に潜り込む為だとか、そんな単純な動機じゃない。彼の本質は男だと感じているのだ。

いつからだったかなぁ、なんて。

「何ぼんやりしているのだ?お腹空いたのだ?」

「……さっき朝食食べたばっかりじゃん。肥えちゃうよ」

「いや、雪は若いから消費が早いかと」

井宿の言葉に悪意はない。そもそも彼は、食事時になると雪にあれこれ勧めて食べさせがちだ。そして雪も、大抵の場合は言われるままに食べてしまう。

若いうちにたらふく食べて力をつけておけ、なんて年寄りみたいな青年である。

「雪は……あんま変わったように見えへんのやけど、今もう十八ぐらいやんな?せやったら成長期はとっくに――」

「翼宿、雪の世界では半年しか時が進んでいないのだ」

井宿が被せた言葉に、翼宿が口をだらしなく開け放った。無理もない。そういう話はまだしていなかったはずだ。

しかし、この年頃の女性にとっての二年は大きい。本当に二年経っていたなら、見た目にもそれなりの変化が出るとは思わないものだろうか。

自分が実際二年後を迎えたとき、きちんと大人へ近付けているかは分からないけれど。

「何やと……!?ほな……井宿、ほとんど犯ざ、いーーっ!」

口の端を持ち上げられて、そこから先は言葉が繋げない。それでも堪えきれない笑い泣くような表情が、どうも井宿の癇に障っている。

「や、やめへ……こらえへつかあはい……」

「井宿、そろそろやめないと翼宿の顔が元に戻らなくなっちゃう!」

やめてあげて、と必死に言うと、井宿はぽいと手を離した。暴力はよくないがこのくらいしてもバチはあたらないと思う、と小さく呟いて。

「俺は、生まれつき素直な質なんや……」

「後先考えないのはただの馬鹿なのだ」

「俺とのほうがまだ年齢的に、いーーっ!」

今度は反対側が持ち上がる。人の顔ってやつは、案外伸びるものだ。

「まだそんなこと言う元気があるのだ?」

だから変な冗談は言わなきゃいいのに……とは思ったものの、止めるのはもう諦めた。今度こそ顔が引きつった翼宿には、雪の哀れむ視線と、井宿のひどく穏やかな微笑みだけが向けられていた。






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