第十六章 流れるままに

――見慣れないカーテンが、窓から入る風で優しく揺らいでいる。

こんな物、ここにあっただろうか。雪は目を擦りながら思い、しかしまだ微睡みの中にいる。

何だか嫌な夢を見ていた気がして寝覚めが悪い。

「……ん、」

やけに体が軋むので寝返りを打とうとすると、何かにぶつかってしまった。「何か」といっても、どうせ壁しかないのだが――。

「おはよう、目が覚めたのだ?」

「へ……ち、井宿?」

よく知ったその声で一気に目が覚めた雪は、あくびをこぼす井宿の姿に何度も大きな瞬きを繰り返す。だが夢や幻の類ではなく、彼はそこに確かに存在していた。

「どうしたのだ、そんなに慌てて」

「え、あ、いや……その。どうしてだろう……?」

そうだ。

四神天地書の世界で過ごす日々を終えて、少し前に二人の望んだ形で元の世界へ戻ってきた。宮殿の記憶と混ざってしまっていたがつまりここは、我が家である。どこからどう見てもここは住み慣れた我が家だ。

……雪はそう思い出して、自嘲気味に笑う。

「嫌な夢見ちゃったんだ」

「うん?」

「まだ天地書の世界にいてさ。井宿が私の傍から離れて行っちゃう夢だった」

「そんな馬鹿な事。あるわけないのだ」

抱き寄せられた雪は、温かさに目を伏せる。そうだ、全て済んだ事。今の井宿のように馬鹿な夢だと笑えばいい。

「よしよし。それより、今日は何か予定があったのでは?」

「あっ……。そうだ、葉月ちゃんとランチの約束!今何時だろ!?」

慌ただしく枕元を探り、目覚し時計を掴む。アラームのセットさえされていなかったらしい。

「わっ、十時過ぎ!」

「確か、十一時半の約束と言っていた気がするのだ」

「まずい。寝過ぎた!でも急げば間に合うかな、支度しなきゃ!」

いつも通りの部屋を駆け回りながら、雪は何となく違和感を覚えていた。しかしその理由は分からないし、今はとにかく急いでいる。井宿も少し寝過ぎたとぼやいて立ち上がると、朝の支度を手伝ってくれていた。――それもいつも通り、だ。

「じゃあ、行ってくるね」

「行ってらっしゃい、気を付けて行くのだよ」

「うん、夕飯までには帰るから!」

腕時計の時刻を見ると、思ったより早く済んでいたようでまだ待ち合わせまでには時間がある。ほっとしつつ歩きながら、ふと近所の店にあるショーウインドウへと目がとまった。

柳宿が見たら喜びそうな綺麗な着物。小物として添えられた扇子は翼宿の鉄扇を彷彿とさせる。値札を見たら鬼宿が黙り込みそう……。

「……ん……?」

そういえば、彼らとはどう別れてきたんだっけ?とふと考える。最後なんて一番記憶に残りそうなものだが――どうも思い出せない。つい先程まで一緒に居たような気さえしていた。

「雪、ぼんやりしてどうしたの?」

しばし唸っていると、前方から葉月が歩いてくる。

「えっ、あれ?葉月ちゃんこそなんでこんな所まで……」

「あんたがなかなか来ないから、迎えに来たの。遅刻なんて珍しいし」

「でも、待ち合わせの時間にはまだ――あっ」

慌てて見下ろした愛用の腕時計を見て、思わず言葉を切った。

「何?」

「ごめん。腕時計、止まってた……」

こないだ電池交換したばかりのはずなのに、としょんぼりしながら呟く。それを葉月は「災難ねぇ」なんて言いながら、軽く笑い飛ばしたのだった。






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