*第十四章 邂逅と選択
幼い頃から知っているあの切れ長の目には、生前の優しさなど微塵も感じ取る事は出来なかった。姿形は変わらないのに、どうして別人のように見えるのか。
悲しさと、腹の中身が鷲掴みにされるような猛烈な吐き気が同時にこみ上げる。だが例え混乱していても、頭の隅で理解はしていた。
いや、もしかしたらずっと前から分かっていたのかもしれない。ただ井宿が認めたくなかっただけで。
「飛皋、まさか……」
「こうして顔を合わせるのは随分久し振りだな、芳准。とはいえもうこの姿で会っている事、本当は覚えているんだろう」
雨の中に佇み、今は呼ぶ者もいないその名を口にした男をはっきりと思い出す。
「飛皋……どうして。お前に一体、何があったというんだ」
「とぼけた事を。自分が何をしたかも覚えているはずなのにな」
「……それは、」
「親友だったお前に殺されてずっと、ただお前を憎み恨んでこの世に留まってきた。皮肉だろう?私の身体を翻弄し命さえ奪った水や雨を、今では自在に操れるようになったのだ」
言い終わる頃、晴れていたはずの外から雨音が聞こえ始めた。耳を塞ぎたくなるような鋭い雷鳴が響き、稲光で青白い冷笑が一瞬照らし出される。
「全て……お前の仕業なのか?」
震える声が、核心にふれる。
「こういう時は世界を自分の手中に収めたい、なんて言うのかも知れないが、あいにく私が望んでいるのはお前達が生きる世界の破滅だ。じわじわとなぶり殺すように。私は都合よく彷徨っている邪心の者達の手助けをしているに過ぎない」
「飛皋……!何故っ、」
今度は声が裏返り、握った拳に力が入る。何故、よりによって飛皋が。叶うならもう一度会いたいと思った事は何度もあれど、こんな形なら再会などしたくはなかった。
「人殺しが聖人気取りか」
ぐっと息を詰まらせ、俯く。確かに飛皋には、恨まれても仕方ない事をした。だから、そんなつもりは毛頭ない。……ないのだが。
井宿がそれを言葉にしたところで、今の彼には伝わらない。
「貴様のような奴が……幸せになれるなどと考えるな」
心を抉るように尖った言葉が、井宿に次々と浴びせられる。それは井宿自身心の底にこれまで伏せていた自戒の思いでもあった。
「私はお前からすべてを奪う為に、こうして蘇った。お前が思うよりずっと前から、再会する日を待ちわびていたぞ。……さすがに四神の力が強く及んでいる間は敵わなかったのでな」
――これが本当に、あの飛皋なのか。こんなに冷たい声は、ただの一度も聞いたことがない。明るくて友達思いのあの飛皋は、もう何処にもいないのだろう。
「さて、せっかくこうして会えたのだから改めて聞いておこう。今一番大切にしているものは何だ? 失いたくないものは何だ?」
瞬時に脳裡でよぎった少女や苦楽を共にした仲間達の顔に、井宿は青ざめた。
「まあそんな顔をするな、聞かずとも分かっているからな」
「彼女達に手を出すな……!」
足が震えそうなのは、怒りか恐怖か。それでも必死に声を張り上げる。
「これは俺とお前の問題だろう!罪もない仲間を巻き込むのはよせ!」
勢い良く立ち上がるも、飛皋は相変わらず不敵な笑みを浮かべたまま腕組みをしている。負い目のある井宿が、何も仕掛けてこないと読まれているようだった。
「また同じ過ちを繰り返すのか?」
――雨は激しさを増す。近くに落ちた雷の音で、耳の奥がじんと痺れた。