第十五章 好きなのは誰?

「もう丸一日以上経つのだ、いい加減心配なのだっ……」

「どっかに匿われとるだけかもわからんやろ!ぐじぐじ泣かんと捜せ捜せ!」

「誰も泣いてなんかいないのだっ」

昨夜から今朝まで、二人は摩汗村という村の安宿にいた。疲労感が凄まじく、せめて布団で横になりたいとなけなしの金をはたいたのだ。結局、どちらもほとんど眠ることは出来ずにいたが。

夜明けから二人で村周辺を随分歩き回ったものの、全く雪の姿は見つからない。奇妙な服装の娘を見なかったか?と数人の村人に尋ねても、皆一様に首を振るばかりだった。

なんだかすぐそばにいるような気がするのに、痕跡を掴むことさえままならない。この辺りには他に、少女が一人で紛れ込めるような集落もない。そもそも負傷している彼女の足で、そう遠くまで行けるはずがないのだ。

「ったく……手間かけさせよって。大体なんであいつがいちいち気に病んどんねん」

ぶつぶつ文句を洩らしている翼宿に苦笑を返し、ついに村の端までやってきた。

「すぐそこが、西廊との国境なのだ……」

先に広がるのは、西廊国の端の街。鬼宿達も向こうで三人の到着を待っている事だろう。

「こないに近くやのになあ……」

そう言った翼宿が、はたと言葉を切って視線をずらす。

「なあ井宿、あれ」

「今度は何なのだ?」

気の抜けた声をあげて見た先には、ふらふらと歩く雪の姿があった。

「ゆ、雪……!?」

それなりに距離があるせいかこちらに気付く様子はなく、ただ真っ直ぐに何処かへ向かって歩いていく。

「一体、何処へ……!」

「おい追うで、このまま此処におったら見失う!」

下手に声をかけては逃げられるかもしれない。そう思った二人は、少し距離を縮めた後も隠れるように後をつけた。

西廊国方面へ歩いていた彼女は何故かどんどんと道筋を外し、明らかにひとけの無い場所へと向かっていく。

「……おい井宿、何やおかしくないか?道間違えて、」

「雪!」

「げっ……、おい!」

岩場から飛び出した井宿に振り返った雪は、逃げるかと思いきや、満面の笑みで駆け寄ってくる。

これは予想外であった。井宿も翼宿も、驚いて立ちすくんでしまったくらいには。

「ごめんなさいっ、二人とも……!私ずっと二人を捜してたの!会えてよかった……」

「お……おうっ……!ったく、こっちこそ捜したんやで!」

安堵したように足を踏み出した翼宿だったが、それとは対照的に目を細めた男が約一名、その場に立ち尽くしている。

「……翼宿」

腕にしがみついた雪をじっと見ながら、井宿が低く呟いた。

「あ?何やお前、まさかこれも偽モンとかなしやで?」

「ああ……随分と察しがよくなったようなのだ?君も成長したようで、オイラ嬉しいのだ」

「は……!?」

嬉しい、なんて言いながら、その声には抑揚がない。棒読みに近い状態だ。

ついていけない様子で目を丸くした翼宿は、雪と井宿をずっと交互に見比べている。

「いくら偽物でも、吹っ飛ばすのは少し気が引けるのだ……。とっとと離れてほしいのだが」

「な、なに言って……」

「その姿、いい加減やめてもらえないのだ?」

普段なら有り得ないほど冷たく言い放つ姿に、翼宿も息を飲んでいる。

だってこの娘から伝わってくる熱はやけに嫌みったらしくて、独特な気配の柔らかさもない。太一君のときと同じく、見た目や声だけなら本当によく似ていた。もしも井宿が鈍感な男であれば、完全に罠にかけられるまで気が付けなかっただろう。

もう二人を騙せないと思ったのか、無表情でゆっくりと離れた偽物は……そのまま静かに姿を消した。

「ま、幻か!?」

「遠目でまんまと騙されたのだ……。不覚なのだ。急いで戻――」

「そうはいきませんよ」

背後から聞こえた耳慣れない声に、二人が振り返る。

視線の先には派手な顔の隈取りをして、頭に長い羽根飾りをつけた奇妙な男がいた。仮装大会があれば優勝を狙えるかもしれない。

「……そ、それはないわお前……正気か?」

「第一声がそれですか?全く近頃の若い人は……」

男は僅かにむっとしたような様子だが、次の瞬間にはもう不敵に微笑んでいた。

「私は青龍七星士、氏宿」

「"氏宿"ォ……?ハッ、青龍七星士ってのは、えらいキワモンばっかりやな!」

「……こんな時にふざけてはいけないのだ、翼宿」

「……自分も笑ってるくせに、何を言っているのか」

井宿の含み笑いに気付いたらしい。だってこれは、いくらなんでも反則だろうと思った。

「この隈取りの美しさが分からないなんて可哀想な方々ですね……。いいですか?この彩りは……」

自分に酔ったように、心底どうでもいい講釈を垂れ始めた氏宿に戦意喪失した井宿達が、そっとその場を離れる。ただでさえ非常時なのに、これ以上面倒事と関わりたくなかった。

こんなのに構っている暇があるなら、一秒でも早く雪を見つけ出してやりたい。

「ですから……って、お待ちなさい!」

「どわ、気付きよった!」

「逃がしませんよ」

次の瞬間、何処からともなく伸びてきた蔦のようなものが体に絡み付いて、二人の動きが封じられる。

ひらひらと揺らした羽根をこちらに触れそうなくらい伸ばして、氏宿が歩み寄ってきた。

「うげっ……き、気色悪う……!」

「私は一気に人を殺めるのは好きではないので……じわじわとなぶり殺しにしてあげますよ」

「変……態は……見た目だけに……しとけ……!」

「やっかましいっ!」

確かに翼宿の言う通りだ……と、苦し紛れに井宿は思う。あれは強がりとかではなくて、恐らく翼宿の本心であろう。

そんな彼に目をやった氏宿が、またしてもにんまりと笑う。それから、自信たっぷりの様子で口を開いた。

「そうそう、私の術は、あんなチンケな幻を見せるだけじゃないんですよ。あなたたちとは違うんです」

……苦しくて何も言い返すことが出来ないまま、井宿はまるで眠るように気を失ってしまった。






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