*第十三章 神座宝は誰の手に
柳宿と軫宿が馬で下山するのを見送った後で、残った五人は扉に手を掛けた。
この先に、神座宝があるのか……なんとなく、この先も一筋縄ではいかなそうだが。
重い鉄の扉をゆっくり押し開けて、洞窟の内部へと歩を進めていく。当たり前だが、中は真っ暗だ。
「こりゃ扉は開けたままにしとかんと、何も見えへんで!」
張宿を連れて最後に入り口をくぐった翼宿がそう言った瞬間、背後で扉は大きな音をたてて閉じてしまった。雪が驚いて大きく肩を揺らすのと、井宿がその身体を捕まえて振り向くのはほぼ同時だった。
「だあ!?」
「オメーは、自分で言ったそばから!」
「わわっ!何もしてへんで!よっしゃ、今火ィ焚いて……」
鉄扇の松明で、洞窟内はぼんやりと明るくなった。翼宿は再び、扉を手で引いたり押したりしてみる。
「……あかん。開かん」
「あ?シャレか?」
「ちゃうわ、ボケ!」
振り向きざま、翼宿が鉄扇を前へ向ける。と……一同の視界に浮かび上がったのは、地面に転がる無数の人骨だった。綺麗な頭骨から、なんだかよく分からない骨まで、とにかくあらゆる部位の骨が散らばっているのだ。
「ひ……!」
「この辺りとか……結構新しいですよ」
ごくりと喉を鳴らして、張宿が眉をひそめた。
「……躓かないようにするのだ、雪」
「そんな事言ってる場合なの……?」
井宿の袈裟を握りしめ、雪はゆっくりゆっくり進んでいく。視界が悪いため途中で何度も蹴躓いて、小さく悲鳴のような声が聞こえていた。何に躓いているのかは確認しないほうがいいだろう。
「……おい、あれ何や?」
遠目に見えるのは、二つの薄ぼんやりした光だ。
まさか奥で外と繋がっているのか?などとこぼしながら、五人は目を凝らす。
「ひ、人……ですか?」
「はぁっ? こないな所に、誰がおるって……」
言い切らぬうちに冷たい風が吹き付け、鉄扇の火が消える。突き刺さるような冷気だ。
続いて洞窟内が手前から順に薄明るくなり、目の前に二人の青年が立ちはだかった。
若い方の青年が、弓矢を構えて睨み付けてくる。
「貴様ら、何者だ」
「お前らこそ何やねん!青龍の仲間か!?」
「青龍……? 俺は斗宿」
「俺の名は虚宿! 玄武の巫女の神座宝を守護する者――」
井宿が出発前になんとなく頭に入れておいた北甲国の情報。それから、現地で少しずつ集めた情報。そのどれかに、どうも引っかかるような名だった。
「"斗宿"に、"虚宿"……!?」
「ま、まさか」
同じく引っかかりを覚えたらしい張宿が、信じられないといったように眉を寄せた。
「北方玄武七星宿!」
怒鳴るような大声と共に、氷の矢が放たれた。
井宿の結界に弾かれたそれは、洞窟の壁に突き刺さって止まる。
村で聞いた話によれば、玄武七星士が存在したのは二百年前のはず……なのに、どうして此処に彼らは存在しているのか。それもこんなに、まるで当時のまま時間が止まっているような、若々しい姿で。
「ちっ……。妙な術使いやがって」
「ちょっと待てよ! 話を聞いてくれ、俺達は朱雀七星士だ!」
「朱雀七星だと……?」
「斗宿、まともに話を聞くなよ。どうせこいつらもただの盗人だ」
虚宿がそう言い放ち、こちらを睨み付ける。
「ほ……本当なんです!私達、神座宝が無いと……」
「神座宝を狙う不届き者ならば、生きて帰す訳にはいかない。此処で朽ち果てるがいい」
「話の通じん連中や!玄武七星士だか何だか知らんけどやな!朽ち果てるのはそっちや!たま、行くで!」
駆け出した翼宿と鬼宿が、ほぼ同時に二人をそれぞれ攻撃する。
「……だ……っ!」
「井宿さん、あれは一体……!」
炎に包まれたはずの斗宿が目の前に無傷で現れ、殴りかかった鬼宿の拳は、虚宿を綺麗にすり抜けていた。
「……悪いが、効かないな」
間違いない、彼らは――。井宿が目を細めて言った。
「残留思念……霊魂、なのだ」
その声に、辺りは一瞬しんと静まり返る。
「そう。我々の肉体は二百年前に既に滅びている」
「だからテメェらのちんけな攻撃なんざ、効かねえってんだよ!」
「ぐっ……!」
虚宿が手をかざすと、鬼宿の肩を氷の棘がかすめた。どうにか避けてかすり傷で済んだものの、もしどこかに直撃していたらただでは済まなかったはずだ。
「こ、これでは勝ち目がまるでないのだ……!」
「物理攻撃が効かなければ、僕達には何もっ――」
その時、今までずっと黙っていた雪が駆け出して、井宿の守備範囲を躊躇いなく抜けた。あまりに突然だったため、手を伸ばしても捕まえる事ができなかった。
「雪!」
「ばっ、馬鹿!戻れ、雪!」
「お願いします!このままじゃ朱雀を呼び出せない!手ぶらで紅南には帰れないんです!私、何でもしますから……この通りです……」
お願いします、ともう一度言って地面に膝や手をつき、頭を下げる。
攻撃が駄目なら、説得しかない。そういうことだろう。いかにも彼女らしい発想ではあるが、通用するかどうかが問題だった。