第十二章 玄武の国

温暖な紅南とは全く違った気候……とても冷たいその風が、異国に来たことを感じさせる。

しっかり上着は持ち出してきていたものの、それだけではまだ寒い。こんなにも刺すような北風が吹くとは知らなかった。

「寒ーっ……!」

「本当ねえ。大丈夫?雪」

「ん、うん。何とか――は……ひっくしゅん!」

「あらあら大変。ねぇちょっと翼宿!鉄扇で火ィ焚いてよ!」

「そ、そんなしょうもない事に使えるかい!」

井宿はそんな光景を一瞥して、苦笑する。

「……って言いつつ、やってるのだ」

いつもなんだかんだ文句を言いながら、最後はやってやる。無茶な事を言われた時でさえも自分なりの最善策をとろうとする。翼宿はあれでいて、結構お人好しだし面倒見が良い男だなと思う。調子に乗ると嫌なので絶対に言わないけれど。

「翼宿も雪には甘いんだよ。しっかしだだっ広いトコだなぁ!」

「んー。確か北甲国は、国土が紅南の三倍あるのだ」

「げ!三倍ィ!?そんなんで見つかるのかよ、神座宝……!」

「まあ探すしかないのだ。って、あれは……」

井宿が指差す先には、一頭の暴れ馬がいた。その背には幼い少年が必死でしがみついて泣いている。

子供の握力では、恐らくそう長くはもたないだろう。

「やっべ……、振り落とされんぞ!」

鬼宿が駆け出し、滑り落ちた子供をどうにか抱きとめた。あまりの素早さに呆気に取られていた井宿と軫宿が、遅れて二人のもとへ向かう。

こういう時に咄嗟に身体が動く鬼宿もまた、素晴らしい男だと思った。旅をすると仲間の色んな部分が見えてくるものだ。

……とりあえず今はまず、二人の様子をちゃんと見てやらなくてはならない。

「だっ……、平気なのだ?咄嗟に動けなくてすまなかったのだ……」

「坊主、鬼宿。怪我は無いか?」

「あー、どっちも平気平気。お前も、体大丈夫そうだな?」

ぐしゃぐしゃに顔を崩した少年が声も出せず何度も頷くのを見て、ほっと息をつく。

あの勢いで落馬してしまったら、吹っ飛ばされてきっとただでは済まなかっただろう。

「家は何処だ?連れてってやるよ」

「ありがとう、お兄ちゃん……」

「流石に鬼宿は、子供の扱いが上手いのだな」

「まぁ慣れてるからな!よし、行くぞ」

どうやらこの事故をきっかけにして、一行も動き出すことができそうである。

「オイラ達も行こう。此処でぼんやりしてる訳にもいかないのだ」

遠くで状況が分からなかったらしい雪達を呼び寄せ、全員で少年の住む集落へ向かって歩き出した。どんな小さな村でもいい、地元の人間と話す機会が出来れば、それが国の事を知る糸口になるかもしれない――と、井宿は考えていた。






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