*第十二章 玄武の国
広い平地に張られた天幕の数々。地理の教科書で見たどこかの遊牧民みたいだ、と雪が言った。井宿にその言葉の意味は半分も理解出来なかったのだが、たぶん、向こうにもなにか似たような民族がいるのだろう。
「この度は、うちの息子を助けていただいて本当に感謝しています!どんなお礼をしたらよいやら……」
「え、お礼なんて……じゃあ、金五十……」
「だ!できたら、今夜一晩泊めていただきたいのですが……」
唐突に欲望を丸出しにしてきた鬼宿を手刀で押し留め、井宿はそう言った。結局徹夜になってしまったので、さすがの彼も疲れてへとへとなのだ。
「まあ、そんなことでよければ喜んで!お食事もたくさん用意しますわ」
終始にこやかで気前のいい少年の母親は、雪達にゆっくりしているように告げて、台所へと引っ込んでいった。
よほど気に入られたらしく、少年は鬼宿にべったりくっついて離れようとしない。鬼宿も幼い弟妹達を思い出しているのか、なんとも微笑ましい光景だった。
「さすが鬼宿だ、もうしっかり懐かれてるね」
「子供にはよく懐かれんだよ。お前も初めて会った時、こんなんだったじゃねえか」
大袈裟に笑いながら茶化すと、雪は真っ赤になって反論する。
「だ……だって、右も左も分かんないのに置いてけぼりにしようとしたんじゃん!っていうか私は小さな子供じゃないし!」
「ははは!まぁまぁ落ち着けって、冗談だよ冗談」
一頻り笑った後で、彼は少年と共に外へと出ていった。逃げた訳ではなさそうだ。
「……もう。鬼宿ってば、いらんことばっかり言う」
「大体の予想はつくのだ」
「あー!井宿まで笑うなんてひっどい……!」
「だってオイラも……初めて会った時は正直、子供みたいな娘だと思ったのだ」
つい最近の出来事なのに、早くも懐かしく感じてしまうあの日を思い返して、井宿がくつくつ笑う。彼女は井宿が見てきた同世代の誰よりも幼く、それでいて変な所ばかり大人びていると思うのだ。
「ふんだ、どうせ私はお子様ですよ」
「ま、君はそれで良いのだ!ほら雪、何かいい匂いしてきたと思わないのだ?」
「ん? あ、本当だ。ご飯楽しみだねえ、この辺りはどんな料理があるのかな?」
さっきまで膨れていたくせに、もう顔を崩している。落差のすごさが可笑しかったが笑うのはぐっと我慢して、入り口の方へ視線を向けた。
鬼宿や少年ではなく、何か別の人間の気配がしたのだ。