*第十一章 その国の名は
「うわー!すごいすごい!おっきーい!」
港につけられた大きな船に、少々興奮気味の雪が目を輝かせる。
「お前達の為に用意した船だ。自由に使うといい」
「ありがとう星宿!さっすが皇帝陛下だ!よっ、お金持ち!」
背を叩かれて、星宿は少しだけ呻き声をあげた。多分それなりに痛かったのだろう。
紆余曲折を経て今日ようやく北甲国へ旅立つ事になった一行は、そんな微笑ましい光景を横目にせっせと荷物を運んだり、準備を進めている。
「雪、あんたの荷物もう全部積んだのー?」
「うんっ、井宿が運んでくれたから!」
井宿は丁度、荷物を積み終えて一度降りてきたところだった。雪の荷物なんて大した量ではなかったので、準備は男に任せて存分に挨拶してこいと言ったのだ。
「雪、もう少ししたら出発なのだ」
返事の代わりに軽く手を振った雪は、背筋を伸ばして再び星宿に向き直る。
「待っててね、神座宝は必ず見つけてくるから!」
「ああ……本当なら私もついて行きたいのだが。そうだ、雪。私の代わりにこの剣を持っていくといい」
「え? でもこれ、太一君から貰った大事なやつじゃないの?」
物凄い高級品を見るような目で、少し体を引き気味にしている。割れ物でもあるまいし、そんなに恐る恐る持つものではないのに。
「この神剣の力を、蠱毒騒動の時その目で見たろう?今回は私の気もしっかり込めてある。いざという時、遠く離れたお前を護ってくれるようにと」
「ありがとう……。あ、大事に扱うから心配しないで!弁償できる気がしないし……」
冗談交じりに明るく微笑んで、星宿に手伝ってもらいながら剣を背負う。
それは小さな体にはやや不釣り合いで、何とも可笑しい。重みでよろりとよろけては、すぐ後ろに来ていた井宿にぶつかる始末だ。
……そのうち荷物を運び終えた七星士達もぞろぞろと集まりはじめて、星宿の前に並んだ。
「では頼んだぞ、皆」
「大丈夫、すぐに戻りますわ」
「全員揃ったのだぁ? ……ん?翼宿は?」
井宿の呟きに皆が辺りを見渡すと、少し離れた場所で真っ青になっている翼宿の姿を見つけた。
「翼宿ぃ?」
「なっ……、なんや!」
「なんやじゃないわよ、あんた大丈夫? こっちが気持ち悪くなるぐらい真っ青だけど」
つかつかと歩み寄った柳宿が、彼の首根っこを掴んで引きずってくる。
「は、離せ! 俺は……っ」
抵抗しても無駄なのに、翼宿は子供のように腕をじたばたと動かした。そういえばさっき船に荷物を運ぶ最中に、中で彼の姿を見ただろうか。
「ははーん……?さては貴様、カナヅチだなあ?」
「な……!」
どうやら図星のようで、青くなったその顔から今度は汗まで吹き出した。これだけ怖がるのだから、やっぱり船に近付いてもいなかったのだと思う。
「な、何を言うんだい鬼宿くん……。この僕が泳げないなんていうことは……っ、ぎにゃーっ!やめてー!すんまへーん!」
「あーあ。翼宿ったら、あんなにはしゃいで……」
「井宿、本当にそう見えてる……?」
鬼宿が水際で翼宿を担いで遊んでいる間、残りの四人は星宿に別れを告げ、船に乗り込んでいく。念の為ということで数人の兵士も伴った。
長く、辛い旅になるかもしれない。だけどせめて、なにもない時は楽しく過ぎればいい。――井宿は静かに深呼吸して、青い海を見据える。
「面舵いっぱーい!」
「やめっ、揺らすのんやめてくれー!」
きっとこの世で一番騒がしい船が、北甲国を目指してゆっくりとその巨体を動かし始めた。