*第六章 奪還、そして
「だ……。いや、あまりにも静かすぎて怖いのだ。雪ちゃん、出来るだけそばを歩いてほしいのだ」
「あ……うん」
そう言うけれど、そもそも離れてもいない。二人の間を、雪はずっと挟まれるようにして歩いている。
四方に注意を巡らせてようやくたどり着いた木の下は、誰かが潜んでいる気配もないし、鬼宿の気配も同じくだ。
ただ静かで、息苦しいほど不気味な空気が漂う。
「鬼宿、いないね。何かあったかな……」
「まだ来たばかりだし、もう少し待ってみるのだ」
そんなことを言っていると、がさごそと植え込みが動くのが見えた。それは遠くから、段々と三人の方へ近付いてくる。
「誰やっ!」
雪を庇えるように一歩前進して鉄扇を抜き、構えたのは翼宿だ。
「ぶはっ……! おめぇこそ誰だよっ」
「た……鬼宿!?」
訝しげだった彼の目つきが変わり、すぐに植え込みから出て来て、雪に手を振る。
無傷でぴんぴんしている姿を直に見る事で、黙ったままの井宿も心底ほっとしていた。
「なんや? お前が鬼宿やってんか」
気の抜けた声で言うなり、鉄扇を肩に担ぎ直す。
「鬼宿、翼宿だよ。おんなじ七星士」
「よろしく……、けどお前、その恰好で誰にも見つからなかったか?」
「やっかまし!どいつもこいつも!」
「あー!二人とも、喧嘩は後なのだ!鬼宿も戻った事だし、早いところ退散……」
袈裟を引き抜こうとしたその手が止まった。止めた――ではなくて、本当にぴたりと止まってしまったのだ。
「……随分なめた真似をしてくれたな」
ぞくりと背筋が凍る、聞き覚えのある声。張り詰めた空気が、息苦しさをより倍増させていく。
「心宿か……。しまった……」
鬼宿がぎゅっと拳を握りながら、顔をしかめた。
相変わらず鎧と衣で全身を覆い隠したその男は、唯一見える青い瞳でこちらを睨み付けている。
その背後には武器を構えた屈強な兵が数人控えていて、下手に動けば厄介そうだ。
ある程度織り込み済みだったとはいえ、やっぱりいざとなると焦ってしまう。
「後を尾けられている事にも気付けないとは……鬼宿。お前達が動き始めていた事など、こちらはとっくの昔に気付いていた」
「ちっ。何じゃ、お前が見つかっとるやんけ、鬼宿!俺ははよ帰りたいねん。まとめて燃やしたるわい、覚悟せえ!」